第11話
旅立つことを決めたが、その前にどうしても気になったセイルはもう一度祠があった場所へ向かうことにした。一人で行くつもりだったが、危ないからと言ってリフィとエリッセルもついてくることになった。
「……やはり、何もないな」
祠があった場所に来たセイルは改めて周囲を調べてみるが、どこを見ても祠は見当たらなかった。
ただ、確かにそこに何かあったのは確かである。森の中にある人の手で切り開かれた空間、その地面には短く刈られた草が生えている。そして、その場所の中心には土がむき出しの場所がある。その場所に何かが存在していた証拠だ。
セイルはそのむき出しの地面の側に膝をついて手で触れてみる。
「力を感じる。しかし、何の力だ、これは」
そんなセイルの横にエリッセルもしゃがみ込んで地面に触れる。
「何も感じないわ。あなたはどうかしら?」
「……何も感じませんね」
なぜか不機嫌そうな顔でリフィも地面に触れる。どうやらセイル以外は何も感じていないようだ。
「本当にここに祠があったのなら、移動したことになるわね」
「あんな大きな物一晩で移動させるなんて相当な怪力ですね」
「もしくは、転移の魔法でも使ったか」
「転移の魔法なんて超高等魔法じゃないですか。そんな魔法が使える人間がこの町にいるとは思えません」
「なら、自分で移動したのかもな」
「自分でって。あの祠が生きてたとでも言うんですか?」
三人ともむき出しの地面を眺めながら考えをめぐらす。しかし、考えても何が起こったのかなどわかるわけがない。
「帰りましょう」
「なんであなたが仕切ってるんですかねぇ」
「ならどうするの? 日が暮れるまで調べる?」
「ケンカするな。エリッセルの言う通りだ」
調べても何もなさそうだ、と判断したセイルはエリッセルの言う通り町へ戻ることにした。リッセルクを旅立つ前に何かないかと来ては見たが、期待通りとはいかなかった。
「本当に一緒に来るんですかぁ? あなたほどの実力者なら仲間になりたいって人は他にいっぱいいると思いますけど」
「でしょうね。でも、今はセイルの仲間でいたいの」
「別にこっちは望んでないんですけど」
祠があった場所に背を向けた二人は言い合いを始めて睨み合う。
「あなた暗黒竜に負けたんですよね? 悔しくないんですかぁ? こんなところをうろうろしてないで修行にでも出たらいいのでは?」
「確かにあなたの言う通りね。でも、今はその時じゃないわ。今は自分を見つめなおすためにセイルと一緒に旅をしたいの」
「一緒じゃなくてもいいと思いますけど?」
「一緒じゃいけない理由が何かあるのかしら?」
二人の不毛な言い合いが続く。そこでふと二人はおかしなことに気が付く。
二人が言い合いをしている。けれどセイルが何も言わない。セイルなら、いい加減にしないか、と言って二人を止めるに入るはずなのに。
「……セイルさん?」
二人は振り返る。後ろにいると思っていたセイルがいない。
二人は周囲を見渡す。しかしセイルの姿はどこにもない。
「セイルさん!」
「セイル!」
二人は大声でセイルの名前を呼ぶ。しかしその声は森に反響するだけで返事はどこからも聞こえてはこなかった。
「セイルさん! セイルさん!」
「落ち着きなさい」
「落ち着いてなんて」
「彼は衰えていたとしても勇者よ。そう簡単には死なない」
「でも」
「それよりもまずは自分の身の安全を考えなさい。もしセイルが何者かに連れ去られたのだとしたら、まだ敵が近くにいるかもしれないのだから」
エリッセルは鋭い視線を周囲に走らせる。気配を探り、魔法が使われた痕跡がないかを確認する。
「わずかにだけれど、あそこに魔法の痕跡が残っているわ」
あそこ、とエリッセルが視線を向けたのは先ほどまで調べていた場所だった。祠があったはずの場所である。
「でもこれは、いったいなんの魔法なの……」
魔法使いが魔法を使うと痕跡が残る。一流の魔法使いは自分の魔法を解析されないようにするため痕跡を残さないように注意を払うが、どんなに注意をしても痕跡を完璧に消すことはほぼ不可能だ。
エリッセルはわずかに残った魔法の痕跡からどんな魔法が使用されたのかを調べようとした。だが、それはエリッセルには理解できない物だった。
「転移? いや、違う。これは分解? それから、再構成。でも、一体何を」
複雑怪奇な魔法の断片。複雑に組み合わされた魔法術式の残骸からエリッセルは必死に何が使われたのかを読み取ろうとする。もし転移の魔法だとしたら、断片から全体を復元して追跡できるかもしれないからだ。
けれど、それは明らかに転移の魔法とは違う物だった。
「生物、人体、生命。分解、解体、再構成――。人間を、人間」
断片を解析していたエリッセルの表情がどんどん青くなっていく。リフィは不安な様子でそんなエリッセルを黙ってみていた。
「まさか、そんな。有り得ない。こんなの、人間が扱える物じゃ」
「な、何があったんですか」
「わからない。わからないわ。でも」
「でもなんなんですか!」
術式の断片からわかる情報は少ない。一部から全体を判断するのは難しい。
しかし、断片を解析したエリッセルはある魔法が頭の中に浮かんでいた。
「あれは、転生の魔法」
「転、生……?」
魔法の断片しか残っていない。その断片には人間を分解しそれを再構成して別の存在に作り変えるための術式が刻まれていた。
「転生って」
「確実なことは言えない。だから落ち着いて」
「セイルさんは、セイルさんはどこに行ったんですか!」
リフィは錯乱しそうになっていた。そんなリフィを落ち着かせようとエリッセルは声をかける。
「落ち着きなさい!」
「落ち着いてなんていられるわけないじゃない!」
リフィはセイルが消えたと思われる場所に近づこうとする。だがエリッセルはリフィの腕を掴んで引き留める。
「離して!」
「何が起こるかわからないわ! あなたももしかしたら」
「そんなのどうだっていい! セイルさんが、セイルさんが!」
リフィはエリッセルの手を振りほどこうと暴れる。だがリフィには勇者であるエリッセルの力をどうすることもできなかった。
そんな時だった。雷鳴が響き、まぶしい光があたりを包んだ。
「な、何が」
二人は手で目を覆う。激しい光に一時的に視力を奪われ、しばらく何も見えなくなる。
そして、その視界がはっきりとしてきたとき、二人の目にはむき出しの土の上に倒れる一人の7歳ぐらいの少年が目に入った。
「う、うう……」
少年は生きているようだった。仰向けに倒れたまま呻き声をあげていた。
その少年は素っ裸だった。そしてその少年の髪色は灰色だった。
「まさか……」
「セイル、さん……?」
一体何が起こったのか、どういうことなのか。
しかし、二人にはそんなことなどどうでもよかった。
「セイル!」
「セイルさん!」
二人は倒れている少年に駆け寄るとその体をゆすり何度も名前を呼ぶ。すると少年はゆっくりと目を開けた。
「り、ふぃ。えり、っせる」
少年は口を開く。うつろな目で二人の顔を見ている。
そのうつろだった目が次第にはっきりとしていく。そして、少年は慌てた様子で起き上がった。
「お、俺は、俺はどうなったんだ?」
起き上がった少年は自分の体を確かめる。
「リフィ、エリッセル。俺は、俺は一体」
混乱する少年。そんな少年を見てリフィとエリッセルは目に涙を浮かべていた。
「セイルさん!」
「セイル!」
「お、おい、どうしたんだ? 二人とも何が」
リフィとエリッセルは少年に、小さくなったセイルに抱き着く。小さくなったセイルは二人の体の間に埋もれ、苦しそうにもがくのだった。
「く、苦しい……」
一体何が起こったのか。どういうことなのか。
そんなことは今はどうでもいい。リフィもエリッセルもセイルが生きていたことが心の底から嬉しく、その喜びを小さくなったセイルに思い切りぶつけていた。
「つ、潰れる。は、はなし」
二人は力いっぱいセイルを抱きしめた。そんな二人の間でセイルは気を失った。
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