第10話
リッセルク。この町は本当にいい港町だ。活気があり人々も優しくセイルはとても居心地がよかった。
けれどいつまでもここにいてはいけないような気がしている。それに気になることもある。
あの祠だ。見たことのない紋章が刻まれた謎の祠である。セイルは突然消えてしまった祠のことがずっと気になっていた。
一応、神殿の神官にも確認した。祠に刻まれていた紋章を思い出せるだけ思い出して描き出し、それを神官に見せたんだ。
けれど、神官もわからないと言った。それどころかセイルの見間違いではないかとまで言ったのだ。
見間違いではないとセイルは確信している。今までいくつもの祠の掃除や修繕を行ってきたのだ。六大神やその眷属たちの紋章を見間違えるわけがない。
あれは本当に見たことが無い紋章だった。セイルはその紋章が何なのか気になって仕方がなかった。
もっと大きな町へ行けばわかるかもしれない。
セイルの旅の目標は今のところ定まってはいない。自由気ままな旅である。
なら消えてしまった祠の謎を追及する旅でもいいじゃないか、とセイルは考えていた。
と言う話をリフィとエリッセルに話した。するとエリッセルはどういうわけか乗り気だった。
「私も同行していいかしら。いいえ、一緒に行かせて」
エリッセルとはなんとなく和解できた気がしていた。少なくともセイルはエリッセルに対して悪い感情は持っていない。
だが、一緒に旅をするというのは話が違ってくる。なにせエリッセルは現役の勇者でも上位の実力者なのだ。そんなエリッセルを自分の下らない旅につき合わせていいのか、とセイルはそう思ったのだ。
「あのですね、一つのパーティーに勇者は二人もいらないんですよ。そのせいでセイルさんは自分から身を引くことになったんです」
「なら、私は勇者を辞めるわ」
「おいおい、何を言ってるんだ。冗談はやめろ」
「私は、本気よ」
セイルは困惑していた。エリッセルがトチ狂ってしまったのかと思った。
「この一年と半年、一人で旅をしてわかったの。仲間の大切さと、自分の未熟さを。だから、私を仲間にしてほしいの。あなたなら、信頼できるから」
エリッセルは本気のようだった。その思いが伝わったのか、セイルは少し悩んでいたがエリッセルを仲間にすることを決めた。
「わかった。ただし、勇者は続けてくれ。キミが勇者を辞めたら、周りから何を言われるかわからんからな」
現役勇者の中でも上位の実力者であるエリッセルが勇者を辞めたとなったら大きな騒ぎになるだろう。その原因が自分だと知れたら、と思うとセイルは気が気ではなかった。
「リフィ、それでいいか?」
「セイルさんが、いいというなら、いいですよ」
リフィは納得いっていないようだったが了承してくれた。こうしてエリッセルは正式にセイルのパーティーに加わったのだ。
「よろしくお願いしますね、エリッセルさん。ああ、言っておきますけど私の方がセイルさんと付き合いが長いので、先輩なので、そこのところは」
「よろしくね、リフィ先輩」
リフィはニッコリと笑う。エリッセルも静かに笑顔を見せる。しかし、二人の目は笑っていない。二人は笑顔を見せながら互いをけん制するように睨み合っていた。
「……仲良くしてくれよ、頼むから」
セイルは鈍いわけではない。二人が何かで張り合っているのを感じてはいた。
だが何で張り合っているのかまではわからなかった。まさか自分のことで張り合っているとはセイルは気づきもしていない。
「セイルさんは、私の、勇者ですから」
「そうね。今は、ね」
二人の間にバチバチと火花が散る。そんな幻が見えるような気がする。
「仲良くしてくれよ。本当にさ」
二人がどうして火花を散らしているのかセイルにはさっぱりわからなかった。仲が悪くなるようなことはなかったはずだし、そもそも二人が顔を合わせたのはつい最近のはずで、その間に不仲になったとは思えない。
もしかしたら過去にかあったのか、とセイルは勘ぐる。自分の知らないところで二人が出会っていて、そこで何かあったのではとそう考えたのだ。
「……まあ、二人の問題だな。これは」
自分が口を挟む問題ではないかもしれない。ならもう少し様子を見てからにしよう、とセイルは思った。自分が首を突っ込んで余計にこじれたらそれこそ厄介だ。
「よ、よし、ならこれからの計画を建てよう。そうしよう、うん」
仲間が増えた。セイルのパーティーに水の勇者のエリッセルが加わった。明らかにエリッセルのほうが実力が上だが、セイルの下についてくれるようだ。
複雑である。正直、自分のほうが下につきたいくらいだ。その方が納まりがいいし、周囲も納得してくれるだろう。
しかし、どうもそれを了承してくれる雰囲気でもない。理由はわからないがエリッセルは自分のパーティーに加えるのではなくセイルのパーティーに加わりたいらしかった。
「その謎の紋章がなんなのか調べたいのね。なら、大きな町の神殿に行けば何か手掛かりがあるかもしれないわ。神殿の書庫になら勇者の特権で入ることができるだろうし」
「そんなことセイルさんなら当然わかってますよ、エリッセルさん。自慢気に言わないでください、エリッセルさん」
二人はバチバチと火花を散らしている。そんな二人を見て、さてどうしたもんか、とセイルは頭を抱えていた。
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