第9話
勇者の力の強さは個々でかなりの差がある。現在、大陸にいる9人の勇者の中で一番強いと言われているのが火の勇者の一人ザックハインだ。
そして一番弱いのがセイルだ。勇者になったばかりの頃は大体真ん中ぐらいだったが、今の弱まった力では一番下が妥当だろう。
エリッセルの力は三番目ぐらいだろう。実際に力比べをしたわけではないが、実力や実績から判断するとそれぐらいだ。
「本当に、衰えているのね」
「はっきり言われると思ったよりも傷つくな」
「……ごめんなさい」
「謝る必要はないよ。勝手に傷ついているだけだ」
エリッセルが港町に来た翌々日、セイルは彼女から稽古相手を頼まれた。その頼みをセイルは渋々引き受けた。
正直、あまりやりたくはなかった。負けることがわかっているからと言うことではなく、今の自分ではエリッセルの相手にならないからだ。弱い相手と稽古をしてもエリッセルのためにならない。
そして実際そうなってしまった。セイルとエリッセルの実力の差は明らかで、セイルは彼女にまったく歯が立たなかったのだ。
戦闘経験はセイルのほうが上だろう。長い旅の中で様々なことを経験して来たセイルはエリッセルよりも戦い方を知っている。
しかし、その経験など無意味にするほどの力をエリッセルは持っている。彼女の持っている勇者の力はセイルの技術も経験も無にするほどに強力だった。
「以前のあなたなら、いい勝負になったと思うわ」
「そうでもないぞ。多少は勝負になっただろうが、結果は変わらないさ」
「それでも」
「いいんだよ。それに、あんまり慰められると余計に惨めになる」
「……ごめんなさい」
ボロボロになった体を眺めながらセイルは複雑な顔をしている。エリッセルはそんなセイルを寂し気に見つめていた。
「さて、もうわかっただろう。相手なら他を探してくれ」
「セイルさん、回復しますね」
「ああ、頼むよ」
リフィは傷だらけになったセイルに駆け寄ると回復術でセイルの傷を癒す。傷はすぐに消え去るが、服はボロボロのままだった。
「本当に、あと二年なのね……」
セイルはエリッセルに稽古に誘われたとき彼女に自分の現状を話した。勇者の力が衰えていること、その力もあと二年もすれば完全に無くなってしまうこと。しかしその話を聞いてもエリッセルはそれでもセイルと剣を交えたいと言った。
「ねえ、セイル。力が消えてしまった後は、どうするつもりなの?」
「さてな。まだ考えてない。まあ、ただの冒険者に戻るとしたらよくてC級ぐらいなもんだろうな」
冒険者。彼らは大陸各地を旅しながら様々な仕事こなして生活する者たちだ。それをまとめ上げ管理しているのが冒険者ギルドである。
そんな冒険者たちにはその実力や実績に応じてランク分けがされている。一番上がS級、一番下E級だ。C級はその真ん中あたりのランクである。
「勇者の力がなければ俺はそんなもんさ。いくら鍛錬を積んでも、俺には才能がないからな」
事実だ。セイルには才能がない。そもそもなぜ自分が勇者に選ばれたのかもよくわかっていない。
勇者とは人を超えた存在のことだ。神に選ばれた者たちだ。
セイルは良くも悪くも凡人だった。冒険者としてはそこそこの実力はあるし経験もそれなりに豊富と言えるが、そんな人間は掃いて捨てるほどいる。
「キミがうらやましいよ、エリッセル。きっとキミなら勇者の力を失っても十分やっていけるだろうから」
「……あなたは冒険者をやめてしまうの?」
エリッセルはセイルに歩み寄るとその瞳を真っ直ぐ見つめる。
「わからん。本当に何も決めてないんだ」
「故郷には」
「故郷はない。魔物にやられてなくなってしまったからな」
「ごめんなさい、私、何も知らなくて」
「いいんだよ。気にしてないって言ったら嘘だが、俺ももういい大人だからな」
様々な経験をしてきた。自分と同じように故郷を失くした人間をセイルはたくさん知っている。自分はその中の一人でしかなく、自分と同じかそれ以上の悲しみを抱えている人間がいることも理解している。
だが、もし今でも村が無事だったら、と考えてしまうこともある。帰る場所がある人間をうらやましく思うこともある。
しかし、考えてもうらやんでも意味がない。嘆いても故郷は戻ってこないし、村がもとに戻ることはない。
「ねえ、セイル。もしよかったら、私の故郷に」
「セイルさん! そろそろお買い物に行きませんか?」
「ん? まだ早いんじゃないか?」
「服もボロボロですし」
「まあ、そうだが……」
セイルとエリッセルの会話を無理矢理遮ったリフィはセイルの背中を押す。
「ではエリッセルさん、また後程」
セイルの背中を押して歩き出したリフィは後ろを振り返り、エリッセルを見てにこりと笑う。
だがその笑顔はすぐに消え、リフィはすっと真顔になり、ぼそりと何かをつぶやいた。
「……邪魔しないでください」
ぼそりとそう呟いたリフィはすぐに笑顔に戻り、ぐいぐいとセイルの背中を押してその場を去っていった。
そんなリフィを見てエリッセルはなぜだか悔しそうに唇を噛んでいた。
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