第8話
氷晶刃のエリッセル。水の神に選ばれた勇者だ。彼女は現在9人いる勇者の中でも上位の実力者であり、その戦闘スタイルは氷魔法による大規模攻撃と、卓越した剣技と機動力を生かした近接戦の両方を得意とする万能型の魔剣士だ。
そんな彼女が1年半ほど前、一匹のドラゴンに遭遇した。
暗黒竜ゼルエンデス。生きる災害と呼ばれる凶悪な黒く巨大なドラゴンだ。
エリッセルは暗黒竜に戦いを挑んだ。そして、敗北した。
その際、ロイと言う彼女の仲間が瀕死の重傷を負った。何とか逃げ延びたエリッセルだったが、判断を誤り仲間を危険にさらしたことを仲間たちに咎められた。
そして、それまでのエリッセルの行いもあり彼女は仲間に愛想をつかされパーティーは解散。唯一彼女を擁護したロイも一命をとりとめたはいいが、その怪我はかなり深刻で彼は冒険者を引退するしかなくなってしまった。
その後、エリッセルは負傷したロイを彼の故郷に送り届け、それからは一人で各地を転々としている。
「自分の行いが返って来たのね。あなたの言葉通りになったわ」
エリッセルは自嘲する。呆れたように小さく笑う。
「大変だったな。それでロイは」
「田舎に帰って実家のパン屋を継ぐと言っていたわ」
「そうか。よかった」
「……笑わないの?」
「なぜ?」
「馬鹿な奴だと、思うでしょう」
確かに4年前のエリッセルは人としてどうかと思う部分もあった。けれど、勇者としての仕事はきっちりとこなし結果を出していたのは事実だ。セイルと共に戦った時も味方を巻き込んでまで魔物を討伐したことはあるが犠牲者は一人も出していない。
やり方は少々過激ではあった。正しいやり方か、と言われるとセイルは同意できない部分もある。
だが結果は残しているのだ。それは否定できない。
それに、とセイルは考える。エリッセルが自分の実力を見誤るとは思えないのだ。
「暗黒竜と戦ったのにも理由があるんだろう?」
「……確かに、あの時戦わなければ近くの村が襲われていた。でも、それは言い訳でしかない。ロイを危険にさらして冒険者を引退させてしまったのだから」
「ロイはキミを責めたのか?」
「……彼は、優しいから」
「村は?」
「無事だったわ。暗黒竜は撃退できたから」
「そうか。ならいいじゃないか」
ロイは冒険者を引退しなくてはならないほどのケガを負ったが命は無事だった。暗黒竜も撃退することに成功し、近くの村も無事だった。
「良くないわ。ロイに怪我をさせ、他の仲間たちは馬鹿な私に愛想を尽かして出ていった。結果がすべてよ。この世界は」
弱弱しく肩を落としうつむくエリッセル。その姿には昔のような覇気がない。
「無様よね、本当に。因果応報、ね」
「自己憐憫は自分を腐らせるだけだぞ」
うつむいていたエリッセルはハッとして顔を上げる。そのエリッセルの視線の先には厳しい顔つきのセイルがいた。
「キミは自分を憐れんでいるだけだ。情けない自分に酔っている。弱い自分に甘えている」
「……なら、どうしろって言うの」
「知らん。自分に聞いてくれ」
セイルは突き放す。と言うか、なんと言っていいのか正直セイルにもわからなかった。ただ慰めるのも違うし、かといって責め立てるのはもっと違う。
「キミを責める権利があるのはロイだけだ。そのロイが何も言っていないのならこの話はお終いだ」
「でも」
「後悔しているんなら強くなればいい。勇者とはそう言うものだろう」
セイルはエリッセルにそう言うと、紅茶をグイっと飲み干してから大きく息を吐いた。
「まあしかし、愚痴はぐらいは聞くさ。同じ勇者なんだからな」
「……ありがとう、セイル」
「礼はいい。ほら、これでも食べて早く元気を出してくれ。落ち込んでるキミは、なんだか気味が悪い」
「ふふ、ひどいわね」
セイルはエリッセルにまだ手を付けていない自分の焼き菓子を渡す。そんなセイルを見たエリッセルの表情が少しだけ明るくなる。
「ねえ、セイル。もしよかったら一緒に」
「あのエリッセルさん。あなたはどうしてこの町に?」
何かを言おうとしたエリッセルの言葉をリフィはにこやかに遮る。
「この町に何か用事でも?」
「そ、それは、特には」
「なんとなく気分で?」
「そう、ね」
「セイルさんがいるから、とかではないですよね?」
「……ちが、うわ」
「そうですか。それならいいんです」
エリッセルの表情はあまり変わらないがその声は動揺しているのか少し震えていた。そんな様子のエリッセルにリフィはにこやかな笑顔を向けていた。
「変なことを言うんじゃない。エリッセルが俺なんかに用があるわけないだろう」
「わかりませんよ。何か裏があるのかも」
「馬鹿なことを言うんじゃない」
「ふふふ、ごめんなさい」
リフィは終始にこやかだった。だが、よく見るとその目は笑っていなかった。
「エリッセル。この町にはどれぐらい滞在するんだ?」
「まだ、決めていないわ」
「そうか。なら何かあれば声をかけてくれ。力になる」
「ありがとう」
「……ありがとう、か。なんだか少しこそばゆいな」
「そうね。感謝の言葉なんて、あまり口にした覚えがない気がするわ」
エリッセルは変わった。セイルはそう感じていた。以前のような厳しさや力強さは薄れだいぶ柔らかくなっている。
だが、ただ柔らかいだけではだめだ。今のエリッセルは心が弱り軟弱になっているだけなのだ。
「しっかり食べて元気を出せ」
「そんな単純じゃない。あなたじゃないんだから」
「腹いっぱいで気分が良くなるならそれはそれでいいだろう」
「まあ、そうね。簡単でいいかもしれないわね」
エリッセルはセイルから差し出された焼き菓子を口に運ぶ。
「おいしい」
「そうか。そいつはよかった」
セイルは少しだけ明るさが戻って来たエリッセルを嬉しそうに眺めている。その横でリフィが嬉しそうなセイルの横顔を無表情でじーっと見つめていた。
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