第7話

 勇者が来た。ギルドのロビーにいた者たちはその姿を見てざわめき始める。


「……久しぶりだな、エリッセル」


 セイルはギルドにやって来たエリッセルに声をかける。少し強張った笑みを顔に張り付けて、ぎこちなく呼びかける。


 一度は逃げようと考えた。けれど、やはりそれは不義理と言うか、しっかりと話をしなくてはと思い直し、セイルは彼女と会うことにした。


 セイルは冒険者ギルドで彼女を待っていた。そして予想した通り彼女に会うことができた。


 だが、様子が少しおかしかった。


 エリッセルの見た目は四年前と変わっていない。長く美しい青い髪、冷たい光をたたえた宝石のような青い瞳に凛々しく美しい顔立ち。手足が長くすらりとした長身の氷の彫像のような完璧な美女がそこにいる。


 彼女の装備は軽装だった。それもやはり依然と同じだ。エリッセルの戦闘スタイルは防御よりも機動力を重視するタイプで、動きやすいように鎧などの重い装備は最小限にとどめている。


「久しぶりね」

「げ、元気そうだな。うん」


 エリッセルは港町のギルドに顔を出した。勇者は町などに滞在する場合、そこのギルドに挨拶をするのが決まりだ。ギルドマスターに話を通し、彼らから勇者でしか解決できない仕事の依頼を受けたり、滞在する際の宿の手配やそれ以外のサポートを受けるためだ。


「話はあとにしてくれるかしら」

「あ、ああ。そうだな。うん」


 相変わらずだな、とセイルはエリッセルの後姿を見送る。その後ろには誰もついてきていない。


「……何かあったのか」


 まあ、人のことは言えないか。とセイルは苦笑いを浮かべる。


 エリッセルには仲間がいた。少なくとも四年前にはいたはずだ。


 その中にロイと言う男がいたはずだ。エリッセルが勇者になる前から一緒に旅をしていた彼女の仲間だ。


 しかし、今のエリッセルには仲間の気配がどこにもない。ロイの姿も見えない。


 セイルはしばらくロビーで待つことにした。そして一時間もしないうちにエリッセルはギルドの奥から戻って来た。


「……や、やあ、エリッセル。元気そうだな」

「さっきも聞いたわ。同じことしか言えなくなったの?」

「あ、いや、その……」


 改めてエリッセルを呼び止めたセイルは冷たい視線を向けてくるエリッセルに深く頭を下げた。


「悪かった。あの時は少し言い過ぎた」

「……意味が分からないのだけれど」


 あの時、それは四年前だ。四年前、共に仕事をしたとき口論になり、そのまま喧嘩別れしてしまった。


 それがセイルの心に引っかかっていたのだ。


 セイルは頭を上げるとエリッセルの目を真っ直ぐ見つめる。


「四年前、キミは勇者にふさわしくないだの、人の心がないだの、言っただろう」

「ああ、あれね」

「本当にすまなかった」

「別に、気にしてないわ。あなたの言う通りになったのだから」


 エリッセルは気になることを口にした。


「それで、あなたは一人?」

「いや、キミと二人で話がしたいと言って外で待ってもらっている」

「そう」

「……あの」

「ねえ、今日は暇かしら」

「ああ、まあ特に仕事の依頼は」

「なら、付き合って。あなたの仲間も一緒に」


 エリッセルはセイルの目を見つめている。その目を見たセイルは気が付く。


 四年前のエリッセルはとても冷たく厳しい女性だった。けれど今のエリッセルの目には相手を突き放すような冷たさをあまり感じなかったのだ。


「行きましょう。見世物になるのは御免よ」


 セイルはあたりを見渡す。ギルドのロビーにいる者たちの視線が二人の勇者の方に向けられていた。


 セイルとエリッセルはギルドの外に出る。外に出るとすぐにリフィが声をかけて来た。


「初めまして、あなたがエリッセルさんですね。私はセイルさんの仲間のリフィです。よろしく」


 初対面。そう言えばリフィは初めてなのか、とセイルは思い至る。


「三年前に仲間になってくれたんだ」

「はい、三年前からずっと一緒です」


 リフィはニコニコ笑ってる。しかし、なんとなくその目は笑っていないような気がする。セイルの気のせいかもしれないが、なんだか、怖い。


 リフィとエリッセルはしばらく見つめ合う。というか、睨み合う。


「な、なあ、立ち話もなんだしどこかに移動しないか?」

「そうね」

「ならいい場所を知ってますよ。少し行ったところに喫茶店があるんです」


 ということでリフィの案内で喫茶店へ行くこととなった。


「……なんで空気が重いんだ?」


 威圧感。リフィはセイルとエリッセルを先導するために前を歩いているが、どういうわけかリフィの背中から鋭い視線を感じる。お前たち変なことをするんじゃないぞ、と警告しているようだ。


「ここです。ささ、中に」

 

 しばらく歩いて辿り着いた三人は喫茶店の中に入る。そして店の一番奥のテーブル席に腰を下ろす。


「注文は何にしましょう?」

「なんでもいいわ」

「なら適当に頼んじゃいますね」


 セイルとエリッセルは向かい合って座っている。そのセイルの横、通路側にリフィが座り店員に声をかけて注文を伝える。

 

 頼んだのは紅茶と甘味のセットだった。それが来る前にセイルたちは話を始めた。


「元気そうだな」

「三回目。それしか言えないの?」

「嬉しいんだ。無事に再会できて」

「……そう」

「あ、来ましたよ。お二人ともどれにします?」


 注文した物が運ばれてくる。セイルもエリッセルも特にこだわりはなかったため、リフィに選んでもらった。どうやら三つとも甘味の種類が違うようだ。


「……ところで、その、なんだ」

「一人よ。パーティーは解散したの」

「……そうか。俺と同じだな」

「同じじゃありません。私がいます」


 リフィは焼き菓子を食べながら不機嫌そうに少し顔をしかめる。


「ああ、そうだな。悪かった」

「いいわね。あなたは、ついてきてくれる人がいて」


 エリッセルは向かいに座る二人を見てからカップの中に視線を落とす。


「あなたの言ったとおりになったわ」

「それは、どういうことだ?」

「見限られたのよ。自業自得」


 やはり何かあったんだな、とセイルは悟る。しかし、その内容を問い詰めることはしない。


「……聞かないの?」

「聞いてほしいのか?」

「……嫌味な人」

「話したくなければ話さなくていいさ。そう言うことは誰にでもある」

「あなたは?」

「俺か? 俺はただ負けただけだ」


 セイルはリフィと二人だけになった理由をエリッセルに説明する。


「そう、新しい勇者はあなたの仲間だったのね」

「そうだ。そいつに負けて逃げて来た」

「違います。セイルさんは自分から身を引いただけです」


 リフィは少し怒った様子で紅茶を飲み干すと店員にお代わりを要求する。


「で、エリッセルさんは何があったんですか?」

「おい、リフィ」

「不公平ですよ。こっちは話したのに」

「そうね、確かに不公平ね」


 エリッセルは紅茶を一口飲む。そして、それからゆっくりと話し始める。


「負けたのよ、私も。暗黒竜に」


 そう言うとエリッセルは今の自分の状況を話し始めた。

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