第6話

 祠は街道から外れた森の奥にあるらしく、セイルとリフィはガッジと他二名の案内で森の中を進んでいた。


 森の奥へと進んでいくと大きな岩が見えてくる。


 二つの大きく平たい岩が組み合わさってできた穴の中に石の祭壇が置かれている。どうやらこれが祠のようだ。祭壇が置かれている穴は小柄な女性が立って入れるぐらいの大きさだった。


 セイルはその岩の祠の近くに行くと静かに目を閉じて手を組み簡単な祈りを捧げる。それから祠の奥をのぞき込み、祠の壁に刻まれている紋章を確認する。


「見たことのない紋章だ。少なくとも六大神の紋章じゃない」


 祠の周りには雑草が生い茂り、周囲を木々が囲んでいる。しかし祠の穴の前は少しだけ草が刈り取られている。この場所を発見した人物が刈り取ったのだろう。


 この祠が何を祀っているのか気になる。だがまずは周囲の掃除をしなくてはならない。もしかしたら掃除をしてきれいにすれば何か手掛かりが見つかるかもしれない。


「とりあえず草刈りから始めるか」

「おうよ。みんな魔物に気を付けて作業しろよ」


 セイルたちはガッジの指示に従い周囲の草刈りや木の伐採を始める。鎌や鉈で草を刈り取り、斧で木々を切り倒していく。


 そんな作業を二時間ほど続けていると、とりあえず岩の周りは一通りきれいにすることができた。


 周囲の整備を終えたセイルたちはそこで一旦休憩をとる。


「勇者ってのは疲れないんじゃなかったのかい?」

「俺は特別なんだよ。すごいだろう?」


 セイルは冗談を言って笑う。それを聞いたリフィは少し悲しそうな表情を浮かべる。


「さて、休んだら次の仕事を始めようや」


 休憩を終えたセイルたちは刈り取った草や木を片付ける。ここで燃やせば火事になる可能性もあるため、一か所にまとめておく。


 それから祠の中の掃除に取り掛かる。しかし、祠の中は思っていたよりもきれいでほとんど掃除する必要がないほどだった。


 セイルは祠の中を軽く掃除してから改めて中の様子を確認する。祠の中には石の祭壇があり壁などには複雑な紋章がびっしりと刻まれている。そしてその岩の穴のさらに奥には岩が積みあげられた小さな塔のようなものが置かれていた。


「やはり、見たことが無い」

「六大神の眷属が祀られているわけではない、ということですか?」


 祠の中をのぞくセイルの横からリフィも中を覗き込む。


「六大神でなければ『時の三女神』か『原初神』だとは思うが」

「まさか『邪神』じゃないですよね?」

「さすがにそれはないだろう」


 セイルは祠の中をぐるりと見渡して何度も確認する。しかし何度確認しても何を祀った祠なのかまったくわからなかった。


「ただこの祠はまだ生きている。まったく穢れていないし、これなら浄化の聖句はいらないだろうな」


 セイルはその祠から力を感じていた。微かにではあるが神殿で感じるような神の気が感じられる。


 ただ、その力の気配も今まで感じたことのない物だった。しかし、悪い物ではなさそうだ、とセイルは感じていた。


「詳しく知るには神官を呼んでこないとな。まあ今日のところはとりあえずお供えをして聖句を捧げよう」


 ガッジは持ってきたお供えを祭壇に供える。野菜や果物、パンにお酒、そして今朝獲れたばかりの魚を祠にお供えする。


 それからセイルは祠の前で聖句を唱える。地面に片膝をつき、胸の前で手を組んで目を閉じて静かに言葉を紡ぐ。


 唱えたのは祈りの聖句だ。


 セイルは静かにゆっくりと聖句を唱える。すると祠の内側に刻まれた紋章が淡い光を放ち始める。


「……これでよし」


 しばらく聖句を唱え続けていたセイルはゆっくりと目を開ける。


「あとは神官に頼んでくれ。俺ができるのはこれぐらいだ」


 セイルは祠の中を見て異常がないことを確認すると立ち上がる。


「さて、帰るとしようか」


 セイルたちはもう一度全員で祠に向かって簡単な祈りを捧げる。


 そのときだった。


「……ありがとう」


 どこからか声が聞こえて来た。


「ガッジ、何か言ったか?」

「ん? なんのことだ?」

「いや、今、声が聞こえてきたような」


 セイルは周囲を見渡す。しかし目に入るのはきれいに整備された祠とそれを取り囲む森の木々だけだった。


「神か精霊の声でも聞いたんじゃないか?」

「いや、おれはそこまでの繋がりはない。神官でもない限りは神の声は聞こえないはずだ」


 神官は神の声の代弁者とも言われている。彼らは修行により六大神や精霊などの声を聞き、神や精霊と対話し、その力を借りることもできる。


 しかし、セイルは神官ではない。一応、聖句は唱えられるがちゃんとした修行を積んだわけではない。


「まあ、なんにしろ一旦帰ろうや」

「ああ、そうだな。そうしたほうがいいかもしれない」


 見たこともない紋章が刻まれた祠。もしかしたら危険なものかもしれない。


「そもそも、なんでこんなところに……」


 セイルは改めて周囲を確認する。そこは森の中で街道からはかなり離れた位置にある。


 普通、祠は道中の安全を守ってくれる存在として道沿いに置かれていることがほとんどだ。他には木こりや漁師が仕事の安全を祈念して祠を建てることもあるが、その場合は木こりや狩人なら森や山の精霊、漁師や船乗りなら海や風の精霊を祀るはずだ。


 よくわからない謎の何かを祀る森の中の祠。危険な物は感じないが、このままにしておいていいのか疑問ではある。


 いろいろと気になることはある。だが、専門家ではないセイルたちにはどうしようもない。


「また明日、神官を連れてくるとしようか」


 こうしてセイルたちは一度戻って翌日また来ようということとなった。


 そして翌日、神殿から神官を一人連れて祠へと向かった。


 だが、そこに祠は無かった。


「……ない。確かに昨日はここに」


 セイルたちは道に迷わないようにつけた目印を頼りに祠へと向かった。前日と同じ道を辿ってである。


 しかし、祠は無くなっていた。場所を間違えたわけではない。その証拠にその場所は草が刈られ邪魔な木々が取り除かれており、その草木が一か所にまとめて積み上げられていたのだ。


 セイルは草木が取り除かれて開かれた場所の中央に目を向ける。その広場の中央、祠があった場所は土がむき出しで草の一本も生えていなかった。


「一体、どういうことなんだ……」


 そのあと、全員で周囲を調べたがやはり祠らしきものはどこにも見当たらなかった。

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