第12話
宿に戻った三人は部屋にこもる。とりあえず裸だったセイルは大人用の服を着ている。サイズが合わずダボダボだが服を買いに行くよりもいろいろと確認するのが先だということで、宿に戻ってきたセイルはリフィとエリッセルに何が起こったのかを説明した。
「神に会ったんだ」
セイルは神に会った。普通、声しか聞こえないはずの神の姿をその目で見たという。
「神祖、と言っていた」
「神祖?」
「それは、何の神さまなんですか?」
「原初の二大神の、上だそうだ」
セイルの言葉を聞いた二人は驚いた顔をする。なにせ、そんな神は聞いたことが無いからだ。
この世界には神が存在している。この世界を創ったと言われている『秩序の六大神』。過去と未来と現在を司る『時の三女神』。それらの神々を生み出したすべての始まりである『原初の二大神』。人に魔法を伝えたという『十三魔神』。そして、すべてを破壊し世界を原始の混沌へ回帰させようとする『邪神』。
この世界は神が創り出し、神が管理し、神が破壊しようとしている。それがこの世界の神話だ。
しかし、その神話の中に神祖と言う存在はいない。少なくともセイルたちは聞いたことが無かった。
「俺はその神祖に出会った。あそこがどこなのかはわからないが、とにかく見たんだ」
「で、何をされたの? どうして神祖はあなたを?」
「どうやら、俺たちが見た祠には神祖が祀ってあったらしい」
祠は道端や町中に存在している。そこには様々な神や、神の使いである精霊や聖獣が祀られている。人々はその存在に祈り、自分たちの生活や旅路の安全を祈願する。
消えた祠には神祖が祀られていた。セイルたちが今まで存在すら知らなかった神が祀られていたのだ。
「神祖は自分のことを忘れられた神だと言っていた。そのせいで力を失い、消える寸前だったらしい」
「神は人の信仰を糧として力を増す。でも、それがなくなったとしても消えるとは思えないわ」
「破壊神との戦いで力を使い果たした、と言っていた」
「破壊神? なんですかそれ」
「邪神の本体だ」
リフィとエリッセルは先ほど以上に驚く。
「神話に出てくる邪神は破壊神の一部だそうだ」
「じゃあ、その破壊神は邪神以上の力を持っているってことですか?」
「そう言うことになるな」
リフィは信じられないと言った顔をしていた。エリッセルは真剣な表情でセイルの話を聞きながら何かを考えこんでいた。
「神話で邪神は六大神が総出で封印したと伝わっています。もしそれよりも強いとしたら」
「まあ、神祖が言うにはすでに滅ぼされているらしいが」
安心、できるのかはわからない。その神祖と言う存在が真実を言っているのかリフィもエリッセルも、そして神祖に直接会ったセイルでさえも半信半疑だった。
「とにかく俺は神祖に会ったんだ。で、感謝された」
「感謝?」
「ああ。祠を掃除してくれてありがとうってな」
「……いい神さま、みたいですね。その神祖という神さまは」
神祖がどういう神なのかわからない。おそらくは善神なのだろうとは思うが。
「で、どうしてそんな姿に」
「神祖は、力を欲していた。自分の存在を保つための力だ。で、俺は残り少ない勇者の力をすべて神祖に渡した」
「渡した!? 渡しちゃったんですか!?」
「ああ、渡した。だからもう俺は勇者じゃない」
リフィは呆れた様子で口をあんぐりと開けている。エリッセルも呆れた顔で目を見開いている。
そして、セイルはと言うと平然としていた。と言うかむしろスッキリしているようだった。
「最後に役に立てたんだ。満足だよ、俺は」
二年。あと二年間、力が尽きるまで勇者を続けるか、それとも力を渡して普通の人間に戻るか。セイルは人間に戻るほうを選択した。
「迷わなかったと言えば嘘になる。でも、考えたんだ。このままだらだらと力尽きるまで勇者を続けるよりはずっといいんじゃないかって」
セイルは神祖に勇者の力を譲り渡した。そして、力を少しだけ取り戻した神祖は消滅の危機を免れた。
「で、どうして小さくなったんですか? まさか、その神祖の呪いとか」
「んー、わからん」
セイルは、うーん、とうなりながら困った顔で頭をかく。
「神祖が言うには神の世界ってのは人間の世界と次元が違うらしい。人間が神の世界に行くには、一度存在自体を分解してあちらで再構成する必要がある、とかなんとか」
「なるほど。あの魔法はそう言うことだったのね」
神祖の祠があった場所に残っていた魔法術式の断片。確かにそこにはそれらしきものが残ってた。
「もしかして、こちらにもどるために行なった再構成に失敗したのかしら」
「わからない。というか、今気付いたんだが、勇者の力だけでなく魔力も持っていかれたみたいだ。もしかしたら、体も持っていかれたのかもしれん」
「それって、大丈夫なんですか?」
リフィの心配はもっともだった。勇者の力に魔力に体まで持っていかれたとしたら、普通はなにか不具合が出るはずだ。
「今のところ何ともないな。むしろ気分がいいくらいだ」
「それなら、いいんですけど……」
本当にいいんだろうか、という疑問は残る。しかしそれよりも気になることがある。
「もとに、戻れるの?」
「わからん。さっぱりだ」
「なんだか他人事みたいですね」
「戻りたいとは思うさ。でもなぁ、どうすればいいかまったくわからん。なら、落ち込んでいても仕方ないだろう」
前向きである。セイルらしいと言えばらしいが、普通はこんなに気楽に構えられないだろう。
「で、それ以外に何か変化は?」
「あー、御礼がどうとの言っていたが」
「御礼? 何を貰ったんですか?」
「わからん」
「わからん、て」
「そもそも俺は人間だ。神の言葉が全部わかるわけがないだろう。一応、説明はされたが、あれは現代語でも古代語でもなかった」
「本当に何もわからないんですね……」
リフィは頭を抱える。神の御業と言うのは人間には理解しがたい。
「まあ、とにかく俺は生きてる。戻っては来れた」
「そうね。今はそれだけで十分」
エリッセルはセイルを抱きしめる。
「あー! なにしてんですか!」
「騒がないで。セイルは戻ってきたばかりなのよ」
「ぐぬぬ……」
エリッセルはセイルを優しく抱きながらその頭を撫でる。
「でも、本当によかったです。本当に」
「悪かったな、心配をかけたみたいで」
「そうね。本当に、心配した」
エリッセルに抱き着かれるセイルを見てリフィも安堵の表情を浮かべている。だが、問題はまだ何も解決していない。
「でも、これからどうするつもりなの?」
「そう、なんだよなぁ。さて、どうしたもんか……」
エリッセルに抱かれながらセイルは自分の手を見る。小さくなってしまった自分の手を見つめながら手を動かしてみる。
「なにをされたのかわからんが、この体じゃあ、もう冒険者は無理かもな」
本当にどうしよう、とセイルは悩み深いため息をつく。子供の姿で冒険者を続けるのは難しいだろう。
「……エリッセル、そろそろ離れてくれ。さすがに、恥ずかしい」
「ご、ごめんなさい。つい、可愛くて」
「やめてくれよ、一応中身は大人なんだ……」
エリッセルはセイルから離れる。二人の間になんだか気まずい空気が流れる。
「あ、そうだ。私のことはリフィお姉ちゃんて呼んでください」
「いきなりなんだ?」
空気を読んだのか、リフィが唐突にそんなことを言い出した。
「だってその方が自然じゃないですか。いっそのこと姉弟と言うことにしておいたほうが何かと都合がいいかと」
「な、なら、私もエリッセルお姉ちゃん、と」
「エリッセルも乗らなくていい。こんな変な冗談に乗るような奴じゃないだろう、お前は」
「ほら、言ってみてください。リフィお姉ちゃん、って」
「言わん。絶対に嫌だ」
セイルは頑なに拒む。しかし、それもいつまで持つのやら。
「ほーら、セイル。お姉ちゃんですよぉ」
「ふざけるのもいい加減に」
「お、お姉ちゃん、ですよ……」
「エリッセル……」
神祖になにをされたのかはさっぱりわからない。わからないがセイルのこれからの生活が大変な物になることはほぼ確実だった。
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