第13話 早朝の出来事

 朝、目が覚めると隣にレオンハルトがいなかった。

(鍛錬にでも出かけたのかな)

 あくびをしながらミモザは思う。そしてベッドから起き上がると大きく伸びをした。

 レオンハルトは毎日の鍛錬を日課としている。時間帯は何か用事でもなければだいたい早朝だ。仕事が休みの時はミモザも付き合うのだが、仕事があったり前日忙しそうにしている時はレオンハルトはミモザのことを起こさず一人で行ってしまう。今は旅行中ではあるが色々と課題が積み上がっている状態のため、仕事中と見なされたのだろう。

 正直、寝汚いミモザとしてはありがたい気遣いである。

 ちなみに休日だと問答無用で引きずって連れて行かれる。弟子が怠けることを許さない、なんとも勤勉な師匠だ。

 ふとミモザは窓の外が騒がしいことに気がついた。がやがやと人の声が聞こえてくるのに、伸びをしたままの姿勢で窓の外を覗き込むと、

「……何やってるんですか?」

「解体している」

 騒ぎの中心にくだんのレオンハルトがいた。彼は言葉の通り、やたらとでかい狼型の精霊の皮を剥ぎ、解体している途中らしい。

(なぜ街中で……?)

「兄ちゃんすげぇなぁ! あんた今すぐにでもうちに来いよ!」

「猟師になったら荒稼ぎできるぜ!」

「いやぁ、こんなん出てきた時はどうしようかと思ったけど兄ちゃんがいて助かったわ」

 その疑問は黙々と解体作業を行うレオンハルトに話しかける男達のおかげで氷解した。どうやら鍛錬に出かけた先で地元の猟師達が襲われかけている所に出くわして助けたようだ。

 ちなみに話しかけられている間、レオンハルトはガン無視である。

 聖騎士ではなくなったため表向きの愛想ももはや不要とかなぐり捨ててしまったレオンハルトは、作り笑いどころか相槌すらも興味がなければうたないことがある。それでも猟師のおじさん方はあまり気にしない性格なのか、何かと話しかけて賑やかにしている。

 その様子を街の人々も少し遠巻きにではあるが珍しい光景に興味深そうに眺めていた。

(目立つ人だなぁ)

 その光景を眺めながらミモザはぼんやりと思う。レオンハルトは愛想はないし本人は他人に興味がないとうそぶく。それは嘘ではないのだろうが、それとは別にお人好しな傾向があることもまた事実だった。少なくともミモザの知る限りで野良精霊に襲われていたり暴漢に絡まれている人を助けなかったことはない。

 彼はどこかで誰よりも強い自分は周りを助けなくてはならないと思い込んでいるふしがある。

 だから理不尽な理由で暴力は振るわないし、規律を遵守する。嫌っているアベルのことも恨んでいる父親のことも正当な理由なく責めることもなければ虐待もせず、相手が道理に反することをして自滅した所に乗っかったり、自堕落に落ちぶれるのをただ見守るなどという回りくどいやり方でしか報復もできない。

(まぁ、身内とみなした相手のためなら多少のルール違反は厭わないみたいだけど……)

 過去、殺人を疑われて遺体遺棄の協力を申し出られたり監禁されかけたミモザは「振れ幅がでかいんだよなぁ……」とぼんやり思う。

 そういった規律を守るといった側面は、彼本来の性質というよりは、誰よりも強い彼が周囲と衝突せずに共存していくための一種の処世術なのだろう。

 強すぎる存在は脅威だ。恐怖心から遠ざけられ、忌避されてもおかしくはない。

(難儀な人だ)

 誰よりも強くてなんでもできるのに、誰よりも強くてなんでもできるからこそ不自由を強いられている。

 しかしその不自由を受け入れてでも社会に混ざって生きていこうと決めたのは確かに彼自身の意思なのだろう。

 ほんのちょっと何かがずれていれば、彼はそれこそ保護研究会なりその他の犯罪集団に両手を上げて歓迎されていたはずだ。

 その想像にミモザはぶるりと身を震わせた。

(敵じゃなくて良かった。本当に……)

 ふぅ、とため息をつく。そろそろ間に入った方が良さそうだ。カフェの目の前で解体ショーを行われて目を白黒させているダグが可哀想である。

 ミモザはカーテンを一度閉じるとのんびりと着替え始めた。


「大きいですね」

「そうだな、この辺りではなかなか珍しい大きさだ」

 レオンハルトが解体した野良精霊をミモザは感心してまじまじと見つめた。

 その大きさはレオンハルトより一回り大きいくらいだ。騎士として討伐してきた中にはこの程度のものはざらにいたが、初心者向けの第1の塔の近くの森に出たにしては大き過ぎる。

「狂化していた」

「…………っ!?」

 レオンハルトのその言葉にミモザは弾かれたように顔を上げた。彼はそのミモザの視線を受けて肯定するようにゆっくりと頷く。

「……そうですか」

 ミモザは考え込むように顎に手を当てた。

 狂化とは精霊や人が感情のままに暴走してしまうことをさす。それ故に国や教会からは取り締まりの対象となっている。見分け方は簡単で目が紅くなり、通常は白いはずの魔力のオーラに黒い塵が混じっていれば狂化している。かく言うミモザとレオンハルトも実は狂化していたりするのだが、二人は理性で狂化を抑え込んでいるため暴走しておらず、そして狂化の特徴も幻術を見せる魔道具で隠している。しかし野良精霊には理性で狂化を抑えることなどは困難だろう。

 そして狂化といえばもう一つ、恋の妙薬やそれに類似するステラの毒の存在がある。それらの薬物は惚れ薬として作用するが、その強制的に惚れるという行為のストレスとして野良精霊を狂化させてしまうことがあるのだ。

「………ステラでしょうか?」

 ミモザの問いにレオンハルトは肩をすくめて見せた。

「さてな。しかし可能性は否めない」

「…………」

 ステラが狂化させた可能性があるとはいえ、狂化させる目的はわからない。もしかしたら以前同様にうっかり毒を振り撒いてしまったのだろうか。

「すみません」

 ミモザは解体された野良精霊の周囲を囲んでやんややんやと言い合っていた猟師達に声をかけた。

「ん? おお? どうした嬢ちゃん」

 血肉が流れる解体現場には似つかわしくない清楚なワンピース姿だからだろう。彼らはちょっと驚いた顔でミモザの方を見る。それにミモザはにこりと微笑みかけた。

「そこにいる彼の妻のミモザと申します」

 彼、とレオンハルトを示して言うと、猟師達はどよめいた。「妻がいたのか」「俺の娘にどうかと思ってたのに……」という残念そうな声が上がる。

 それを無視してミモザは淡々と「僕に似た人を見かけなかったでしょうか?」と問いかけた。

「実はいなくなった身内を探しているのです。僕とそっくりの容姿をしているのですが、見ませんでしたでしょうか?」

「いやぁ……」

 彼らは顔を見合わせて首をひねると、代表して一際身体の大きい男が答えた。

「見てねぇな。捜索届け出すかい?」

「……そうでしたか。いえ、実はもう騎士団には知らせはいっていて、公開捜査になるかどうかは検討してもらっているんです」

 嘘は言っていない。騎士団はステラの脱獄を知っているし、指名手配するかどうかを検討中だ。

「そうかい、そりゃあ大変だ」と彼らは同情するように言った。それにミモザは曖昧に微笑んで見せる。

「見かけたら知らせてやるよ」

「ありがとうございます」

 ミモザは丁寧に頭を下げた。

(また空振りか……)

 ここまで目撃情報がないということは、そろそろステラはこの街を訪れていないのだと考えるしかない。エオとロランの目撃情報もステラ脱獄前のもので王都へ向かう姿が最後だ。王都以降の足取りは掴めていない。

(手がかりが途絶えてしまった……)

 ミモザは歯噛みする。せめてゲームの内容をもっと思い出せればエオ達の行動も読めるかもしれないのに。

 その時、ぽん、とミモザの肩に手が置かれた。振り返るとそれはレオンハルトの手だ。

 彼はミモザを安心させるように軽く肩をさすると、「この野良精霊はどうするかな」と話を変えるようにつぶやいた。

 それにミモザも頭を切り替える。確かに阿呆のように出来ないことを嘆いたところで仕方がない。今できることを積み上げて行くしかないだろう。

 ここ最近はここまでの無力感を感じる出来事があまりなかったため感覚が麻痺していたようだ。この程度の『うまくいかなさ』など以前は日常茶飯事だったというのに。

(クソゲーめ……)

 ミモザは内心でちぇっと舌打ちをする。これでこの件に関する後悔はおしまいだ。

 いつだってそうやって悪態をつきながらミモザはここまでやってきたのだから。

「とりあえず売れそうな物は売りましょうか?」

「はいはい! 買うから安く売ってくれ!」

「俺毛皮!」

「俺頭!」

「いいとこ持ってこうとするな! 俺は爪!」

 ミモザの言葉に猟師達は喜び勇んで飛びついた。どうやらずっとタイミングを伺っていたようだ。

 ミモザはレオンハルトを見る。彼は呆れたように肩をすくめて見せた。

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