第14話 分配交渉

 猟師達が欲しい部位を巡って争っているのをぼんやり眺めていると、背後から視線を感じてミモザは振り向いた。

 そこにいたのはアイクだ。

 彼はカフェのドアに隠れるようにしてこちらを覗いていたが、ミモザに見つかったと気づくとすぐに店内に引っ込もうとした。

「アイク」

 ミモザはそれを呼び止める。

「気になるんでしょ、おいで。近くで見なよ」

 彼はおずおずとミモザの近くへと寄ってきた。怖い気持ちはあるものの、やはり男の子だからなのかかっこいい物に興味はあるらしい。野良精霊を見るその茶色い瞳はきらきらと輝いている。

「何か欲しいのある?」

「え?」

「今ならもらえるよ」

「というか今言わないとあいつらに全部むしり取られるな」

 レオンハルトの言葉に再び精霊の遺体を見ると、彼らはめいめいに毛皮や牙などを手に雄叫びをあげていた。

 突然のことに戸惑うアイクを見下ろしてレオンハルトは「何が欲しい」と無表情に尋ねる。これまでレオンハルトのことは怖がってあまり近寄らなかったアイクは、若干怯えながらもおずおずと「つ、爪……」と希望を口にした。

「そうか」

 レオンハルトはやはり無表情に頷くと、そのまま騒いでいる猟師達の中へと分け入り爪を一つひょいと奪う。

「あ、それはっ」

「倒したのは俺だ。どうするかの権利はまだ俺にある」

 そう言われては何も言えないのだろう。猟師達の中で爪を勝ち取ったらしい男はぐぬぬ、と唸りながらも引き下がった。

 レオンハルトはその爪でアイクが怪我をしないようにと小刀を取り出すと尖ったところを軽く削った。そしてアイクに歩み寄るとそれを落とすようにしてアイクに渡す。

 手の中に落ちてきたそれをアイクはきらきらとした目で見つめた。その頬は興奮に赤く色づいている。

「軽く水で流しはしたが、後でもう一度洗ったほうがいい」

「は、はい!」

 レオンハルトの言葉に勢いよく頷くと、彼はレオンハルトのことを見上げた。

「あの、あのっ! ありがとうございます!」

 その目に宿るのは羨望と尊敬だ。

「かまわないよ」

 やはりレオンハルトは淡々と、無表情に言葉を返した。しかし悪い気はしていないのだろう。わずかに口元が緩んでいる。

「アイクにくれるのはありがたいが、店の前で騒がないでくれぇー……」

 その時ほとほと疲れ果てた声が聞こえてきた。ダグだ。

 彼は可愛い弟が喜んでいるのは嬉しいが店の前を血で汚されるのは困ると複雑な表情で佇んでいた。

 今回一番の被害者である。

「精霊の頭いります?」

 とりあえず一番良い部位をミモザは提案した。頭を持って勝利の雄叫びを上げていた猟師はその言葉にびくりと身を震わせる。

「頭もらってどうするんだよ……」

 ダグが嫌そうにするのに猟師は再び精霊の頭を掲げて歓声を上げる。

「剥製にして店に飾るといいですよ」

「うっ、それはちょっと魅力的だな」

 ダグのカフェは煉瓦造りで暖炉などもある雰囲気のある内装をしている。立派な狼の剥製を飾ったら狩人の住む洋館のような雰囲気が出そうだ。

「でも剥製の仕方がわかんねぇよ」

「そこはそれ、プロに頼みましょう」

 ミモザはにやりと笑って精霊の頭を持っていた猟師のことを見た。

 彼は泣きそうな顔で渡したくないと主張するようにぶんぶんと首を横に振った。


 なんとか剥製にする製作費用の折り合いがつき、その他の部位を譲る値段の交渉が成立したところで、猟師達やミモザ、レオンハルトは店の前を片付け始めた。まだ朝も早い時間帯であったため、なんとか開店前には綺麗になりそうだ。

 ふとミモザは視線を感じて顔を上げる。するとそこには若草色の髪に目をした少年がこちらを恨みがましそうな目で見ていた。

「………? 君……」

 声をかけると彼はさっと身を翻して逃げていってしまった。

「どうした?」

「いえ……」

 レオンハルトが尋ねてくるのにミモザは首をひねりながら、

「なんでもありません」

 と返した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る