第11話 攻略対象
「………申し訳ありません、ただの立ちくらみです」
思い出したゲームの記憶にくらくらしながらミモザはなんとかそう言葉を返した。ゆっくりと顔を上げると彼は心配そうにこちらを覗き込んでいる。
「そうか、ならいいが……。念のためそこのベンチで休むといい」
「いえ、歩けますので……」
このまま帰ります、と言おうとして思いの外強い力で腕を掴まれる。驚いて見上げるとルークはその優しげな面立ちを険しいものへと変えて「休んだほうがいい」と強く主張した。
思わず呆気に取られてその顔を見上げていると、彼も語気が強かったことに気がついたのか慌てて手を離す。
「すまない。けど無理は良くない。……私の母も体調が悪くても最初はなかなか言い出さなかったんだ」
そのまま彼は気まずそうに俯いた。その表情は暗くかげり、儚げな印象を与える。
(なんかジメジメしてるな、この人……)
その様子を見てミモザは思った。
物理的な話ではなく、メンタルの話だ。家族のことを気に病んでのことなのだろうが、全体的に雰囲気が湿っぽい。
「ええと、じゃあ、少しだけ……?」
なんだか断りづらい空気に抗えず、気づけばミモザはそう口にしていた。
本当なら一時退却して攻略対象とどのように接するかの作戦を練りたいところだったが、こうなっては仕方がないだろう。
ミモザが渋々受け入れると、彼はその表情をパッと明るいものへと変えて「ではこちらへ」とミモザの手を引きベンチまで行くと、そこへハンカチを敷いてくれた。
「どうぞ」
「……どうも」
さすが乙女ゲームの攻略対象者。紳士である。
(あれ? おかしいな。ジーン様やアベルも攻略対象なはずなのに……)
あまり女性扱いをされた記憶がないミモザは首をひねる。
これが旧作と新作のキャラクターの違いなのだろうか。ブラッシュアップされているな、とミモザは自分のことは棚に上げてうむうむと頷いた。
ちなみにこの場にジーンが居てミモザの内心を読み取ることがあったなら、相手が蝙蝠をわし掴むようなミモザでなければ自分もきちんとした対応をしたし一応必要最低限の礼儀は払っている、と反論したことだろう。しかし現実にはこの場にジーンは存在しないので反論されることなくミモザの思考はスルーされた。
「わたしはルークと言うんだ」
「ミモザです」
お互いに名乗り合う。ルークは「ミモザ」と何かを思い出すように名前を口の中で呟いた。
「確か、新しい聖騎士の方も同じ名前だったね」
本人です。
と言うと色々とややこしくなるためミモザは「そういえばそうですね」としらばっくれた。
「まぁ、よくある名前ですから」
「綺麗な名前だ」
「………ありがとうございます」
どうにも調子が狂う。どうやらルークは今までミモザが接してきた人々とは種類が違うようだ。
(なんというか……、上品?)
思い返してみるとミモザと仲良くしてくれている高貴な血筋の方は、騎士だったりマッチョだったりとわりとイレギュラーな立ち位置の人が多い傾向にある。もしかしたらルークのような優男の方が貴族としては主流なのかも知れない。
しげしげとその顔を眺めていると、ルークはにこりとミモザに笑いかけた。
「ここへは観光で来たのかい?」
「ええまぁ、そんなところです」
旅行の名目で脱獄した姉とその幇助をした疑いの人を追いかけに来た。
「第1の塔は見たかな」
「遠目に少しだけ」
もう攻略済みなので今回は中には入っていない。
「花は好きかい? ここは見事なバラ園だろう」
「ええ、とても素晴らしいです」
主に庭師の経験と技術が素晴らしく有用だった。
にこにこと二人はベンチに腰掛けて語り合った。例えその会話の内容が著しく食い違っていたとしても、外見上は貴公子然とした男性と淑女のような少女の仲睦まじい姿である。
ルークは懐かしいものを思い出すようなそぶりで目を細め、バラ園を見渡した。
「このバラ園は領主が作らせたものでね。結婚祝いに妻の大好きなバラを大量に植えさせたそうだよ」
「へぇ……」
それは知らなかった。そしてルークの口ぶりからして、彼は自身が領主の息子であることを隠すつもりのようだ。
(まぁ、お互い様か)
ミモザとて今は素性を明かす気はない。
「けどね、観光地としてはあまり知られていないんだ。もう少し街中か第1の塔の近くにあれば良かったんだろうけど。だから正直金食い虫でね、年々規模は縮小しているんだ。最初は庭師もたくさん雇っていたんだけど、今は一人で管理をしていて……、いずれなくなってしまうかもね」
「そうなんですか……」
確かにバラ園の中には何も咲いていない花壇もあった。今は季節ではない種類の花を植えているのかと思っていたが、そういうわけではなく単純に手が回っていなかっただけのようだ。
「そういえば最近税金が上がったという噂も聞きましたね。フェレミアの街は困窮しているのでしょうか?」
何も知らないふりをしてミモザは踏み込んだ。ルークの顔はたちまち強張り、けれどすぐに誤魔化すように笑みを浮かべた。
「さぁ、わたしはあまりそういうことには詳しくないから……。すまないね」
彼は張り付けたような笑顔でこちらに笑いかける。
その反応にミモザは意外そうに眉を上げた。父親の不正に悪い印象を持っているはずだからてっきり色々な情報を漏らしてくれるかと思っていたのだが、そうでもなかったようだ。
「そうでしたか……。すみません、変なことを聞いて」
(少し性急過ぎたか)
微笑みを浮かべて申し訳なさそうにしてみせながら、ミモザは内心で反省した。
彼は父親の不正に苦悩しているのだ。ここでぺろりと告発できるくらいなら確かに悩みはしないだろう。
悩むと言うことは、父親を庇いたい気持ちがあるということだ。
「いや、こちらこそ教えてあげられなくて申し訳ない。それにつまらない話をしてしまったね」
彼はそう苦笑するとベンチから立ち上がった。
もうこれ以上会話をする気はないという意思表示だろう。
「体調は大丈夫かな? 送っていくかい?」
「いいえ」
ミモザもそれに追随して素直に立ち上がった。
「休んだら良くなりました。ありがとうございます」
「いや、かまわないよ。出口まで送っていこう」
その後は当たり障りのない話をしながら二人はバラ園の出口へと向かって歩いた。出口のアーチに辿り着くと改めて向かい合ってミモザは「ありがとうございました」と頭を下げる。
「ところで、この辺りで僕に似た人を見ませんでしたか?」
「……? いいや、見ていないね。どうしてだい?」
「いえ、見ていないのならいいんです。ありがとうございました」
攻略対象者ならステラと出会っていてもおかしくないと思ったのだが、そちらの当ても外れたようだ。
ミモザはもうすっかりと暗くなってしまった夜風に目を細めながら、ルークへと微笑んだ。
「また機会があったらお会いしましょう」
帽子からはみ出たハニーブロンドの髪が風に揺れてきらきらと輝く。澄んだ湖面のような青い瞳が、暗闇の中でも真っ直ぐにルークの目を射抜いた。
「……ああ、そうだね。よろしく頼むよ」
ルークは少し惚けたように、一拍遅れて言葉を返した。
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