第3話 ステラの現状

 ミモザはステラには一度しか面会できていなかった。それ以降は拒否されてしまったからだ。

 面会室のガラス越しに見る彼女の姿は、まるで幽鬼のようだった。

 美しかったハニーブロンドの髪からは艶がなくなり、薔薇色の頬は色を失い血の気がうせたように青白かった。元々華奢だった体つきはさらに痩せ細り、サファイアの瞳だけが爛々と輝いている。

「何しにきたの……」

「ステラ……」

 彼女はミモザを見て顔を歪めた。

「わたしのことを笑いに来たの?」

「………違うよ」

「何が違うのよっ!!」

 バンッと強い音と共に彼女はガラスに手をついて取り縋った。それがなければきっとミモザのことを殴っていただろう。

 サファイアの瞳が怒りに燃える。

「わたしからすべてを奪って! これで満足!? わたしがなにをしたって言うの!?」

「本当にわからない?」

 ミモザはそっと尋ねた。

「わかるわけないでしょ!?」

 再び鈍い音が響く。ステラがガラスを叩いたのだ。

「ねぇ! レオンハルト様は? 会いに来てくださらないのよ、待っているのに! きっとあの方は心配してくださっているわ! そうでしょう?」

「ステラ……」

 ミモザはゆっくりと首を横に振った。

 言葉が出ない。自らの双子の姉になんと声をかけたらいいのかがわからないのだ。

 興奮するステラにこれ以上は危険と判断したのか、近くで控えていた刑務官がステラの体を取り押さえてガラスから引き剥がす。

「ねぇ! 伝えて! レオンハルト様に!! 待っているわ! 待っているわ! いつまでも!!」

 彼女の頬に涙が一筋伝って落ちた。

「お慕いしております、レオンハルト様!」

「面会は終了です」

 その言葉を最後にステラの姿は扉の向こうへと消えた。


 ミモザはその時のことを思い出してため息をついた。

 ちなみにアベルも同様に懲役刑となったが、かなり減刑されてステラほどの年月ではなく、今はもう仮釈放中である。減刑の理由としては反省の意思があり従順であったこともあるが、単純にステラの犯罪をすべて把握していたわけではないこと、特にオルタンシアの傷害と殺人教唆には関与していなかったことと、セドリックの証言により彼も繰り返しステラから洗脳の毒を投与されていたことが確認できたからだ。アベル本人は毒は効いていなかったと主張していたし、実際あまり効いていなかった可能性は高いが、しかし投与されていたのは事実でありその影響が全くなかったという立証は不可能である。

 彼のステラへの異常な献身は毒の影響もあると裁判官は判断を下した。アベルが最後まで自身の行いは自分の意思であり毒のせいではないと主張し続けたことが、くしくも更に毒の影響があるためステラを庇っているのではないかという印象を与えてしまったのは皮肉な話である。

 とにかくミモザの姉はそんな様子であるから、ゲームの主人公として動くことはありえないのだ。

 だとしたら今回のゲームは一体どうなるのか、全くの未知数であると言ってもいい。

「つまり君の乗っ取り自体が起きない可能性もあるということだな」

「はい」

 レオンハルトが思案しながら言った言葉にミモザは頷いた。

「そもそも手頃な遺体を盗んだだけだとすると、別の遺体が乗っ取られる可能性の方が高いです。それはそれで問題ではありますが……」

 ゲームでは各地での異常が起きてそれを解決しながら盗まれたミモザの痕跡を追っていた。その『異常』は起きるかも知れないが、正直その内容は思い出せない。

 そして聖騎士であるミモザには自然とその報告は上がってくるだろう。

 ということは現状、ミモザにできることは何もないことになる。

「うーん……」

 これからの行動を決めかねてうなっていると、窓を叩く小さな音がした。

「ん?」

 聞き覚えのある音に慌てて窓に駆け寄ると、そこにはやはり予想していた通りの伝書鳩の姿があった。

 それは仕事の連絡に使用しているものだ。白いリボンをつけているということは王国からではなく中央教会からの連絡だろう。

 窓を開いて鳩を招き入れ、その足に結ばれた手紙を開いたところで、そこに書かれた内容にミモザは動作を停止した。

「どうした?」

 そのただならぬ様子にレオンハルトが眉をひそめる。

 ミモザはギギギ、と音がしそうな動作で彼のことを振り返ると、ひきつった顔もそのままに

「ステラが脱獄したそうです」

 と告げた。

 それには流石のレオンハルトも絶句したようだった。

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