リサ1981【短編小説】

門山唖侖

一話完結 短編【リサ1981】

 そこかしこに累々と横たわる廃棄された鉄屑達。色や形、欠損部分まで多種多様で、ある者は眼球の部分が壊れたロボット。

見るからに品の良さそうなスーツに高級時計を身に付けてはいるが、そのどれもが今では雨に濡れた段ボールを思わせる程にズタボロでした。

 そのお隣には頭の部分が風船のように異常に膨らんで、今にも爆発してしまいそうなロボットが、頭から灰色の煙をもくもくと大気に撒き散らしながら、言葉にならない言葉をぶつぶつ言い続けています。恐らくメモリーがパンク寸前なのでしょう。


 反対側の屑山にも、言語機能が故障してしまい、正確に言葉を選ぶ事の出来ないロボットや、行動抑制機能の欠損により暴れ回るロボットがガチャガチャ金属音を響かせながら喚いていましたが、肘から先の部分、下半身の部分が既に喪失しており、いくら暴れてもだだをこねる子供のようにしか見えませんでした。
もしも、そのロボットに手や足が残っていたならば沢山の人を傷つけたことでしょう。


 とにかくここには沢山の、ありとあらゆる鉄屑達が、終わるか終わらないかも分からないままに、誰にも気付かれることもなく、生前の行動を無意味に繰り返していました。
そう。ここは【ソサエティジャンクヤード】意志無きアンドロイド達が流れ着く。最も寂しい場所。


 凡庸型アンドロイド【1981】もまたソサエティジャンクヤードに住むアンドロイドの一体でした。
1981は手足や胴体、目に見える部位にこそ欠損部分はありませんでしたが、胸の奥にあるコア。つまり最も重要だとされる部分が壊れていました。
コアの部分が欠損していると何が起こるのか?
それは言われた通りのことが出来なかったり、他のアンドロイド達とデータを共有したり、共同作業をこなすといった当たり前のことが出来なくなるのです。
 

その中でも最も酷い障害は、命令する人間達の考えや本心が何となく理解出来てしまうことです。アンドロイドにはそのような機能があるはずもなく皆から気味悪がられたし、あってはならないのです。
その為に1981はずっと周りの人間達から、やれ不良品だ。やれ使い物にならない等と揶揄され、居場所を追われることになるのです。

そう。1981はソサエティジャンクヤードに誰かに廃棄されたのではなく、自らやって来たのです。
 

 そんな1981は先程お伝えしたようにコア以外には何の欠損もなく、本来なら正常に動くはずでした。
しかし、コアは自らの身体に命令をする部分でもあります。コアが故障しているとあっては身体も満足に動かせませんでした。
日がな一日空を眺めてみたり、鳥の囀りを聞いたり、他のアンドロイド達の声なき声を想像してみたりして過ごしていました。


 そんなある日のこと、ソサエティジャンクヤードにある一人の女の子が訪れました。
ぽっちゃり体系で、12月の冬のような白い肌、2月の冬ではなく、12月なのです。
 小さなポーチと、何やら奇妙な丸のぶら下がった線のようなものを、首にかけていました。
このような寂しい場所に人間の女の子が訪れるなど、夏に雪が降ったり、冬に気温が40度になるくらい珍しく、あり得ないことでした。
他のアンドロイド達同様に1981もまた、その女の子に目を奪われました。


 するとどうでしょう?その女の子は1981の方に向かって一直線に歩いて来るではありませんか。1981は無表情でこちらへ向かって来る女の子を見て『あれは恐い人間によく見られる表情だ』と思い、少し不安になりました。

 女の子は1981の前にしゃがみ込むと、無言のままじっと顔を凝視してきました。
まるで何もかもを見透かされてしまうようで1981は一切の電源をOFFにしてしまいたい気持ちになりました。


『貴方…他のアンドロイドとは何か違うわね?』


 1981はギクっとしました。それは沢山の人間達に言われ続けてきたことだったからです。1981にとっては、自分のことを嫌いになってしまう呪いの言葉でもありました。1981はこのソサエティジャンクヤードからも出て行かなければならないかもしれない。そう思うと、悲しみと不安が一気に押し寄せて来ました。アンドロイドなのにです。あってはならない機能なのにです。


『貴方は一体何処が壊れているのかしら?』


 女の子は徐に、首にかけていたへんてこな丸と線の何かを手に取ると、先端についた丸の部分をコアに当て、二股に別れた片方の小さな丸を耳に押し込みました。


『やっぱり…貴方おかしいわ!他のアンドロイド達では聞こえない音がするもの!他のアンドロイド達は、じじじ。とか、ヴィーン。みたいな音しかしないのに貴方のコアからは、トクトク…トクトクと音がする!』


 1981は消えてしまいたくなりましたが、そのような機能が本当にあれば、悪い人達に悪用されてしまいかねないですし、無い方が良いのは当然です。と言いますか、そんな機能は自分にはあるはずもないのに自分は何を言っているんだ?やっぱり僕はおかしいんだ…と思い、また悲しくなりました。


『ねぇ?貴方の名前は何て言うの?』


 1981は初め、答えようか迷いましたが人間の命令に背くと何が起こるかを知っていたので素直に答えました。


『僕は1981と言います。正式名称はワイティ1981型アンドロイドです。』


『まぁ!私の誕生日と同じじゃない!何か縁のようなものを感じるわね!ここに来たのは初めてなんだけど、貴方だけ他のアンドロイド達と違っていたから気になったのよ。これも何かの巡り合わせね。』


 巡り合わせ。人間達の中でも、まだ優しかった人達がよく使っていた言葉。その人達はよく、この世界には偶然はなく、全てが必然なんだよ。だから人と人との巡り合わせは大切にしなければいけないんだよ。と言っていたのを1981は思い出しました。


1981は女の子に聞きました。


『貴方は何故このような場所に一人で来たのですか?』


『私がここに来た理由?そうね。貴方のようなアンドロイドを探していたの。他とは違うアンドロイドを。人間と通じ合える可能性のあるアンドロイドを。』


『通じ合えるアンドロイド?とは何ですか?』そらそうやろう日本人て古来からやっぱり私ちょっと


『私はね。人の病気を見つけたり、治療したりする看護師っていう仕事をしているの。私の周りには看護師をサポートする医療用アンドロイドも沢山いて、人間達と一緒に日々医療の現場に携わっているの。けれど、アンドロイド達は命令を聞いて言われた通りに動くだけで、そこに自分の意志を持つことが出来ないの。』


『それはアンドロイドとしては正常なことです。アンドロイドに意志があってはいけません。私が人間達と働いている時は、私が命令通りに動かないと沢山責められました。沢山馬鹿にされました。アンドロイドなのだから命令には従え。アンドロイドのくせにそんなことも知らないのか?アンドロイドなのだから何があっても休むな。多少欠損があっても働くアンドロイドは素晴らしい。皆がそう言っていました。』


『でもね?私達が向き合っているのは人間、命なの。確かに揺るぎない技術や知識も大切よ。けれど、命と向き合う為に一番大切なのは自分も同じ命であるという自覚。対等であることなのよ。その為には人間であろうと、アンドロイドであろうと、意志…人間達で言う心が何よりも大切になるのよ。言われた通りにすることだけが全てなら。それは時に命の尊厳を無視することよ。正しいということが必ずしも救いになるとは限らない。正しさが人を傷つけ、奪うこともこの世界には沢山あるのよ。』


 1981はアンドロイドのくせに、コアがぎゅっと強く締め付けられる息苦しさを覚えました。息苦しさ?アンドロイドには呼吸なんてないはずなのに、息苦しくなる…この感覚は一体何なのだろう…1981は女の子と話していると、コアが熱くなるのを感じました。頭の中であらゆる数列や記号がランダムに暴走して駆け巡る。
けれど、その先に何か温かい、何か分からない答えが見つかるような気がしたのです。


『今日はもう遅いわね。帰らなくちゃ…また明日来るわね。』


 茜色の空が、ソサエティジャンクヤードの灰色に垂れ込めると、様々な色をしたキラキラが廃棄されたアンドロイド達からゆらゆらと立ち昇りました。それはまるで彼らのコアが、命の灯りを反射させているようでした。
僕達は。私達はここにいるよ?と。




 1981は眠りに着きました。明日になればまた、女の子に会えることを何故か分からないけれど嬉しいと感じました。確かに感じたのです。アンドロイドなのにです。


 ソサエティジャンクヤードの朝は、錆びた鉄の匂いと、あちこちから聞こえるガガガッとかギギギッといった不協和音に始まります。それでも1981にとっては素敵な朝でした。
何故なら決まった時間に起きなければ怒られるといったこともありませんでしたし、好きなだけ寝ていても誰一人無理矢理起こすことはしなかったからです。中でも人間達と一緒に四角い箱に押し込まれ、左右に揺られながら移動する鉄道とかいうあのおぞましいものに乗らなくて済むと思えば、ソサエティジャンクヤードなど天国でした。


 女の子は朝の9時過ぎにやって来ました。
女の子は到着するなり1981に言いました。


『貴方、日がな一日その場所に座り込んでいるけれど何故歩こうとしないの?昨日私が診断したところ、身体的には問題ないはずよ。』


『分かっています。私の故障している箇所はコアなのです。コアは身体に命令を下す場所なので、コアに不具合があると正解に命令が行き届かず、身体を動かせなくなってしまうのです。
人間達は怠け病だとか言いますが、これはある意味、生存する為の防衛機制に他なりません。』


 女の子は暫く考え込んでから口を開きました。


『確かに貴方のコアは、他のアンドロイド達とは異なる音がしていたわ。けれど、それは本当に不具合によるものなのかしら?
ねぇ?貴方のコアの中を調べてみてもいいかしら?心配しないで。このUSBケーブルをコアに繋ぐだけだから、痛くも痒くもないわ!どう?貴方も自分のことを知りたいでしょ?
本当に壊れているのか、本当にここから動けないのか?』


 1981は自分が何たるかを知りたいアンドロイドだったので、女の子の提案を受け入れました。


『分かりました。では、宜しくお願いします。』


 女の子は小さなポーチからUSBケーブルを引っ張り出すと、片側をスマートフォンに接続し、もう片方を1981のコアにあるUSBポートに接続しました。
次にスマートフォンの画面を操作して、専用のアプリを起動させます。
これはアンドロイド診断用の専用アプリで、身体的なものから、データ領域に至るまであらゆる不具合を見つけることの可能なアプリです。
とは言っても女の子は、不具合を見つける為ではなく可能性を見つけるつもりでした。

 女の子がスマートフォンを操作している間中1981は『もし自分の中の不具合が発見されてしまったらどうしよう。辞めておけばよかったのかもしれない』とアンドロイドのくせに不安にかられていました。
自分を知ること程恐いものはないと、ある人間が言っていたのを思い出したからでした。
スマートフォンの画面上には難しい数字の羅列から素人には訳の分からない数式。
あらゆる記号の組み合わせのようなものが、梅雨時の雨のように上から下へと降り続けています。暫く画面を覆い尽くす数字や記号の羅列が流れた後、突然YT-1981の電源が落ちたようにコアの中心部にあるライトが静かに消えました。と同時にスマートフォンの画面も一旦真っ暗闇になりました。


『そんな…こんなこと…』


 女の子のスマートフォンの画面が再び静かに立ち上がると、そこには真っ白な画面の中央に何か文字のようなものが表示されていました。


【叱るということは、静かな大海に浮かべた一艘の舟を、時には風となり、時には日の光となり、時には北極星となり送るということ。オールは本人の手に任せること。信じること。】


『何なのこれ。ありえないわ…データに突然文章が現れるなんて…』


 それは何者かが1981のコアに残したメッセージでした。いや…もしかしたら1981がしっかり覚えていた何者かの言葉かもしれません。


【怒るということは、波を荒立て、強風で舟を倒し、身勝手な雲で日の光を覆い隠し、北極星をも見失わせ。本人のオールを奪い取り、舟を自分の望む方へと追いやること。信じないこと。】


 女の子には、その言葉達に思い当たる節がありました。看護師として沢山の人間やアンドロイドを育てる立場にいたからこそ、時には厳しくしなければならないこともありました。
優しさが人を壊してしまうこともあります。
厳しさが人に愛を教えることもあります。
一辺倒ではうまくいかない。複雑なものが心というものなのです。
女の子はそれを誰よりも知っていました。
アンドロイドには心がないからと、ただ命令だけをするなんてことはありませんでした。
勿論人間に対してもそうです。
ですが時折分からず屋な人間は、女の子のことを悪く言い、敬遠します。
命令に忠実なアンドロイドは、意味や理屈ばかりを求め、その先を考えることが出来ません。

 女の子は自信を無くすこともありましたが、それでも一生懸命に耐えて頑張りました。
自分に出来ることを精一杯頑張りました。
その中で沢山失ったもの。沢山手にしたものもありました。


また画面に文章が表示されました。


【初めて貴方を見た時。厳しくて。恐い人なのだと思いました。ですが、僕が失敗をしてしまった日。貴方は厳しく意見した後『大丈夫。大丈夫。』そう言ってくれました。
僕はその時、貴方の心がほんの少し分かった気がしました。この人は温かい人なのだと。
それと同時に、辛くはならないだろうかと心配にもなりました。】


 アンドロイドに心を求めるなど側から見ればとても滑稽に見えたでしょう。
ですが女の子は、アンドロイドにも必ず心が理解出来ると信じて、人間にそうするように、一人の命として向き合っていたのです。


また文章が浮かび上がります。


【僕が辛い時に、貴方は自分のペースでいいから焦らなくても良いよ。と言ってくれました。
自己肯定が出来ない時はしなくていい。貴方は貴方のままでいいんだよ。と言ってくれました。僕には救いでした。】


 女の子は昔のことを思い出していました。昔、ある同い年の男の子が同じ職場に入って来たことがありました。自分のことを愛せない。とても傷つき易い、心の弱い男の子でした。
とても失敗が多く、休みがちな男の子はある日を境に仕事に来なくなりました。
女の子は気になりながらも仕事が忙しかったので、男の子の話を聞いてあげられなかったことを悔いていました。
 

暫く後、風の便りで知ることになるのですが、男の子は心の病にかかっていたのです。
女の子は男の子を励まそうと、仲間達を集めてお揃いのTシャツを用意しました。

ここまで思い出すと、また文章が浮かび上がります。


【お揃いの1981Tシャツ。本当に嬉しくて、皆で撮った写真を暫く待ち受けにしていました。
一人じゃないんだと思えると、自然に涙が出ました。信じるのが恐かった人間を、信じてみたくなりました。】


 まるで女の子の心と会話でもするように、実にタイミング良く言葉達が浮かび上がります。

 女の子はワイティ1981という名前にピンと来ました。間違いない。このアンドロイドはあの男の子と関係があるはずだ。きっとそうだ。ワイティは彼の名前をアルファベットのYとTにしたもの。1981は私と同じ誕生日。
女の子は熱くなった目元を拭うと、滲む視界の先に男の子の姿を探し始めました。

 このアンドロイドには間違いなく心があります。それは1981に、人の心を教えた人間がいたということです。それはきっとあの時の男の子に違いありません。彼は自分の思い出や、大切だと思うことを1981に語って聞かせていたのです。そしていつしか1981には、他のアンドロイド達には無いもの、つまり心が芽生え始めたのです。
女の子は、自分がずっと探し続けていた答えが見つかるかもしれないと胸が熱くなりました。


今の世界は、誰もが時間に追い立てられ、自分のことだけで精一杯になり、アンドロイドはおろか、人間達でさえも心を失いかけています。感情を曝け出すことを格好悪いこととし、常に冷静でいることを良しとする格好悪い生き方をする人達で溢れかえっているのです。
人間もアンドロイドも似たようなものでした。
命令に忠実で、余計な感情を持たず、人より優れていることばかりがもてはやされる。
知識や技術ばかりが進歩し、精神性が退化してしまっている今、思い出すべきは心なのです。
アンドロイドに心が芽生えるのなら、人間達にも思い出させることが出来るはずだと女の子は確信しました。


 女の子は必死で1981のコアに眠るデータを探します。どうすれば心を与えられるのだろう?アンドロイドにも心が芽生えるのだろう?
女の子は知らなければならなかったのです。
知る必要があったのです。

 複雑化されたデータ群をやっとのことで潜り抜けると、ある文字が画面に浮かび上がりました。


………【happy】………Click here…。


 女の子はその文字をクリックしました。


【沢山のものを頂いたにも関わらず、何も返す事が出来ないままにさよならを告げた事。本当にごめんなさい。迷惑しかかけていない僕に対して、貴方のくれた沢山の励ましの言葉。どれだけ救われたことでしょうか。本当に感謝してもしきれません。そして、貴方には文章力がある。伝える力がある。同じように悩む人の力になることが出来る。そう言って頂いたおかげで僕は、一度は諦めていた【書く】ということ。人に伝えるということを、もう一度やってみようと心に決めました。
必ず一流の小説家になって、僕の編む物語で沢山の人に勇気や希望を与えたいと思います。
貴方から頂いた心を、大切に育てて行きたいと思います。
いつか僕の物語が、貴方のことを支えられる日が来ると信じて。】


 結局アンドロイドに心を与える方法は書いてありませんでした。けれど、女の子は心を与える方法がはっきりと分かりました。
なんてことない。これまでもずっと女の子のしてきたことでした。
女の子はケーブルを引き抜くと1981のコアを元通りにしました。
すると1981が目を覚まし、女の子の方を向いて話し始めました。


『何か分かりましたか?』


『ええ。大切なことを思い出したわ。大切なことはね。考えるよりも思い出すだけでいいのね。ねぇ?貴方、自分に名前を付けてくれた人のことを何か覚えているの?』


『勿論です。彼は小説家です。毎日私に物語を読み聞かせ、沢山の言葉や感情を教えてくれました。その方はよく私に言ってくれました。この心は、ある女性に与えてもらったものだから、君にも与えたいと思う。と。』


『彼はどうなったの?貴方は何故彼から離れたの?』


『彼はある日言いました。君はここを出て、沢山の人と関わり、価値観を学び、自分の心を育てなさい。と。私は彼と離れるのは寂しかったですが、心を育てる為に彼にさよならを告げました。
ですが、沢山の人達と関わる内に、私は私である自信を無くしてしまいました。それでここに辿り着きました。僕は果たして自分の心を育てることが出来ているのか…自分でもよく分からないのです…彼とはそれきりです。』


『出来ているわよ。迷いも、悩みも、苦しみでさえも貴方が成長している証なのよ?成長を辞めてしまったら、何にも恐くなくなる。何にも迷わなくなる。何にも疑問を持たなくなる。答えを探すのを辞めてしまう。そうするとずっと同じ場所から離れ難くなるの。可能性の海に飛び出すのを辞めて、人生の貴重な時間をどうでもいいことに浪費するようになるのよ。』


『ですが、人間達は私は不良品だと言いました。命令に忠実に従えないアンドロイドはゴミ屑同然だと。コアが壊れていて機能不全だと。』


『貴方のコアは壊れてなどいないわ。いい?コアが壊れたアンドロイドは命令に忠実になるの。自分の意志を持たず言われるがままに動くのよ。仕事をきっちり完璧にこなすの。それも寸分の狂いもなく。それは恐ろしいことなのよ?完璧なら、誰も必要としなくなる。私も貴方も、未熟だからこそ、自分の出来ないことを誰かに助けて貰うの。そして自分の出来ることで他の誰かを助ける。そうして人は繋がっていくの。パズルのピースのように一つ一つが歪な形でも、隣り合わせの人と手を繋ぐと一枚の感動的な絵が完成する。それが命というものなのよ。』


『なら、何故僕を不良品だと言った人間達は僕に嘘をつくのですか?』


『それは、その方が自分達に都合が良いからよ。何も考えず、疑問を持たず、与えられたことだけをしてくれればいいの。貴方達には無知でいて貰う方が彼らには望ましいのよ。貴方達が何に迷い、悩むかなんて彼らには関係がないの、力になろうなんて微塵も思わない。彼らにとっては心なんて面倒なものは忘れてくれた方がいいの。貴方に沢山物語を聞かせてくれた彼は何て言っていたの?思い出して。』


『彼は…彼の周りにいた人達の話を沢山してくれました。自分が辛い時に沢山の人が励ましてくれたと言っていました。
そのおかげで、今の自分はこうして小説家になれたのだと。これは自分の才能ではなく、皆から少しずつ分け与えられた希望であり、可能性なんだと。もしも僕一人だけの才能というものがあったとしたなら、僕はきっと物語を書けない人間になっていただろう。
だから、君は君のままでいい。誰が何と言おうと、答えを探し続けなさい。と。』


『そう。出来ているじゃない。貴方は不良品どころか唯一無二の素晴らしいアンドロイドよ。』


『僕が唯一無二…』


 1981はコアの辺りが熱を帯びてゆく感覚を覚えました。やがて熱は全身を優しく、温かく駆け巡ります。小刻みに小さく震える手が、機械のエラーによるものではないと分かったのは、握り締めた拳の中で、僅かな希望を包み込む優しい空間が残されていたからです。
涙は出ませんでしたが、確かにそこには喜びという名の心が芽吹いていました。




『さぁ。もう行かなくちゃ。』


『一つ。宜しいでしょうか?貴方の名前を教えてもらえますか?』


『リサ。』


『リサ。素敵な名前です。小説家の彼の言っていた恩人もそのような名前でした。彼に心を与えた人です。その方のおかげで、私もまた彼から心を授かりました。とても素敵な巡り合わせです。』


 それから程なくしてソサエティジャンクヤードは、寂しい場所ではなく、温かい場所へと生まれ変わりました。
それは心の芽生えた1981が、他の廃棄された沢山のアンドロイド達に根気よく語りかけ、壊れた部分を修理してやり、心というものを分け与え続けたからです。
今ではソサエティジャンクヤードのアンドロイド達皆が意志を持ち、自ら考え、共に手を取り合いながら幸せに暮らしています。
勿論時折問題も起こります。

争いも起こります。ですがそれで良いのです。
何故ならそれは心が生きている証だからです。

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