第34話 真実 Part 1

[ケンジの視点]


ドアが開いた後、俺はナオと短く挨拶を交わした。


「準備はいい?」


「うん、やりましょう。」


彼女は静かにうなずいた。


俺は家の中に足を踏み入れ、見慣れた風景を目で追った。最後にここに来た時から何も変わっていない。子供の頃にリョウタと遊んだ思い出が心に押し寄せ、懐かしさが胸を締め付けた。笑い声、ゲーム、無垢な感覚——それらすべてが今ではとても遠いものに思えた。


しかし、温かい思い出はすぐに消え去り、冷たい現実に取って代わられた。俺たちがたくさんの幸せな瞬間を共有したこの家には、実はとんでもない男が住んでいた。その男、俺の生物学上の父であり、リョウタの父でもあるこの男は、俺の人生だけでなく、周りのすべての人の人生をも引き裂いてしまった。


彼は俺の母との不倫を重ね、その結果、俺が生まれた。この秘密は俺のアイデンティティや家族の概念を打ち砕くものであり、俺を育て愛してくれた父は、実の親ではなかった。本当の父親はこの男であり、表向きの尊厳を装いながら、2つの家族を破壊したのだ。


彼の行為は、実の息子であるリョウタを危機的な状況に追い込んだ。リョウタの落下はただの事故ではなく、冷酷で操作的な行動の連鎖の結果だった。この男は息子を限界まで追い込み、命を危険にさらすような事態を作り出した。病院で意識不明のリョウタの姿が俺の脳裏に焼き付いている。


それだけではない。この男は、ナオの実の父親を陥れ、彼を排除するために嘘と欺瞞の網を張り巡らせた。自分を守るために彼が行った行為は極悪非道であり、途中で台無しにした命に対する配慮は全くなかった。


かつて友情と温かさの象徴であったこの家は、今では秘密と痛みの牢獄のように感じられる。


歩きながら、かつて俺を家族に繋いでいた絆が、裏切りと欺瞞の暴露によって引き裂かれ、弱り切っていることに気付きました。これは信頼の脆弱性と裏切りの人間の精神への深い影響を示す明白な証拠でした。


考えにふけっていると、ついにナオの家に到着し、ドアベルを鳴らしました。その音は静かな通りに響き渡りました。


決意を胸に、汚された懐かしさを忘れようと、俺は歩き続けました。その歩調はしっかりとしていて、毅然としていました。ナオは静かに俺の後ろをついてきました。彼女の足音は、木の床に柔らかく響いていました。


ついにリビングルームにたどり着きました。そこには、生物学上の父がソファに座っていました。


俺の心臓は激しく鼓動し、怒りと不信の混ざり合った感情が脈を打ちました。隣には彼の妻——ナオの母が座っていました。ナオから聞いたところによると、ユウトが逮捕された後、彼女は生気を失っていたが、今は元気そうに見えました。


しかし、残念なことに、彼女に夫の真実を伝えなければならず、それが彼女を再び無気力な状態に戻すリスクを伴うとしてもです。


「ああ、ケンジ君、どうしてここに来たの?」


彼は何気ない口調で言いました。拳を握り締めたくなりましたが、耐えなければなりません。


「まあ、ナオさんと俺から言いたいことがあります。」


「ああ、ナオが来るかもしれないとは言ってたな。それで、二人で何を話したいんだ?」


ナオの母親は、俺からナオへと視線を移し、心配と混乱の表情を浮かべながら俺たちを見ました。


俺たちは近づき、まるで発表をするかのように、彼らの前に立ち止まりました。ナオの緊張を感じ取りながら、俺たちの告白の重みが二人にのしかかってきました。


「それでは。お母さん、ちょっと聞きたいことがあります。最近、お父さんに何か怪しい行動があったと思ったことはありますか?」


ナオが口を開きました。その声は落ち着いていましたが、一抹の不安が滲んでいました。


彼女の母親は困惑し、眉をひそめました。


「うーん…いいえ、なんで?」


ナオの父親は座り心地が悪そうに身をよじり、俺たちの間を見回しました。


「ナオ、なんでそんなことを聞くんだ?」


彼は緊張した声で割り込みました。


ナオは母親に視線を向け、表情は真剣でした。


「そうね、お母さんが気づいていたら、私の説明が楽になるんだけど。」


彼女の父親の目は少し見開かれ、顔から血の気が引いていくのがわかりました。彼は何かがおかしいことを感じ取りましたが、黙ってナオの続きの言葉を待っていました。


ナオは深呼吸をし、自分を奮い立たせました。


「お母さん、お父さんのことで話さなければならないことがあるの。」


彼女の母親の目には心配が浮かび、身を乗り出して手を組みました。


「何、ナオ?」


ナオはほんの一瞬ためらい、力を振り絞りました。


「お母さん、お父さんは私たちに隠していることがあるの。」


ナオの言葉の重みが俺たちにのしかかると、部屋の空気は冷たくなったように感じました。母親は混乱と恐怖の表情を浮かべながら夫を見つめました。


「どういうこと?」


彼女は囁くように聞きました。その声はほとんど聞こえないほど小さかったです。


ナオは喉を鳴らし、揺るぎない視線を保ちました。


「お母さん、どうしてお兄ちゃんがユウトお兄ちゃんを陥れたか、知ってる?」


母親は、さっきの告白のショックからまだ立ち直れないまま、ゆっくりと首を振りました。彼女の目は困惑と恐怖で見開かれ、言葉を失っているようでした。彼女の視線はナオと夫の間を行き来し、混乱の中で何かの手がかりを探しているかのようでした。


「それはお父さんの…いや、この男のせいで…」


ナオの声は怒りと悲しみで震えました。彼女は震える指を父親に向け、その顔は裏切りの痛みにゆがんでいました。


彼女の父親は居心地悪そうに体を動かし、彼女の非難の重みの下で不快感が増しているのが感じ取れました。抗議しようと口を開きましたが、ナオが続けると、その言葉は唇の上で消えてしまったようでした。


「この男は、父さんが刑務所にいたときに話していた犯人なんだ。父さんを黙らせるために、父さんを陥れて刑務所に入れたのはこの人なの。」


父親は居心地悪そうに体を動かし、目は部屋を見回して逃げ場を探しているかのようでした。空気は裏切りの苦しみと真実の苦い刺すような感情で重苦しく、緊張感が漂っていました。


ナオの目は怒りで燃え上がっており、その怒りはほとんど抑えきれないものでした。


彼の顔は青ざめ、口を開け閉めしながら何とか言葉を紡ごうとしていましたが、言葉は出てきませんでした。彼は真実に追い詰められ、もはや否定することができなくなっていました。ナオは父親を見つめました。


「あなたは父を黙らせたかったんですね。彼を陥れて、彼の人生を台無しにしました。自分のビジネスを守るために。兄さんがその真実を知り、同じ手を使ってお兄ちゃんに苦しみを与えたんですよ。」


「……」


「最悪なのは、お父さんが自分の息子を守ろうとしなかったこと。お兄ちゃんの側についたんだよ、どうしてか分かる?」


父親は理由を知っていましたが、それを言う勇気はありませんでした。


「言わないなら、私が言ってあげる。お兄ちゃんがあなたの秘密を暴露することを恐れていたからでしょう。あなたの関与していることを---」


「やめてくれ!お願いだから……頼むからやめてくれ……」


彼は膝をついて崩れ落ち、敗北し、顔には苦しみと絶望の仮面が貼りついていましたが、ナオは微笑んでいました。


「---麻薬の密売人。」


「……」


「お兄ちゃんの側について、あなたの秘密を守るために、自分の息子を苦しめたんだ。どうしてそんなに無慈悲になれるの?でもこれは始まりに過ぎない。まだ話は続く。」


彼女の母親は、これ以上のことがあることにショックを受けていました。


「お父さんは、前の妻を裏切っただけでなく、お母さんも裏切ったのよ。」


彼女の母親はその告白に目を見開き、真実の重さが心に響いて、手が震えていました。


「最初の妻と付き合っていた頃、他の女性と不倫関係になりました。関係は肉体的なものに発展し、お互いが結婚後も続けました。彼女が妊娠してからやっと終わりました。」


「……」


「ここで私の話は終わり。あとはケンジ君が話を続ける。これは彼の物語だから。」


俺はナオに頷き、話し始めました。


「その人は……俺の母親です。」


部屋は静まり返り、俺の言葉の重みが空気に漂いました。彼らの顔には衝撃、不信、そしておそらく少しの恥が浮かびました。


真実が浸透すると、父の顔色が青ざめるのが見えました。彼は驚きと沈黙の中に座り、自分の世界が崩れ落ちるのを見ていました。これは長い間、訪れるべき時が来た報いの瞬間でした。


「父が不倫を発見した後、家族は崩壊し、離婚を申請しました。父は自分の殻に閉じこもり、俺は責任を背負うことになりました。でも、最近になって父は変わりたいと思い始めました。彼は仕事を見つけ、順調にやっていましたが……車に轢かれるまでは。」


そのことを思い出すだけで泣きそうになりましたが、涙を堪えました。


「父は病院に急送され、救急室の混乱の中で、看護師が俺に緊急で献血を依頼しました。彼の血液型の供給が非常に不足していて、俺の献血が切実に必要だったんです。でも、その前に俺の血が適合するかどうかの検査を受けなければなりませんでした。」


俺は続けました。


「結果は戻ってきて、俺たちの血液が輸血に適合しないことが分かりました。でもそれだけじゃなかったんです。俺が父の実の息子ではないことも知らされました。だから、二日後に母と会った時、実の父親が誰なのかを問い詰めました。」


その言葉を口にしたとき、実の父親は明らかに汗をかき始めました。額に汗がにじみ、彼の心の動揺が明らかでした。


「こんにちは、お父さん。俺はあなたの不倫の不幸な産物です。あなたのせいで私の人生すべてが嘘だったことをどう思いますか?私は心から感謝しています。」


俺の父は何も言えなかった。言葉を失っていた。


俺の言葉が彼に響くと、その顔はショックと罪悪感が入り混じった表情に変わった。真実の重みが空気に重くのしかかり、その意味が部屋を覆いつくしていた。


長年の欺瞞と裏切りに燃えた怒りが体内で煮えたぎっているのを感じた。しかし、その怒りの下には、深い喪失感もあった。自分のアイデンティティの基盤が崩れ去ったことに気づき、打ちのめされた感覚があった。


一瞬の沈黙があり、俺の荒い息遣いだけが部屋に響いていた。その後、父は言葉を発さずに膝をつき、頭を下げた。俺の非難に対して、彼は弁解も言い訳も持ち合わせていなかった。


俺の告白の重みが、窒息するような重苦しさで俺たちを包み込む中、心の中では様々な感情が渦巻いていた。怒り、苦しみ、悲しみが絡み合い、それぞれが心の混乱した風景の中で支配権を争っていた。


かつて誇り高い男だった彼が、今やかつての自分の面影もない震える壊れた殻となった姿を見下ろしていた。その光景が、俺に満足感をもたらすはずだった。俺と家族、そして彼の家族に彼がもたらした長年の苦しみに対する復讐の感覚を。それなのに、俺が感じたのはただの空虚な虚しさだった。かつて愛と信頼で満たされていた場所に、大きな空洞が広がっているだけだった。


「何か言って!!!」


俺は要求したが、その声には明らかに絶望の響きが混じっていた。


しかし、彼は沈黙を守り続け、視線を床に固定して俺の目を見ようとしなかった。まるで自分自身に閉じこもり、自分の罪悪感と恥の重みで圧倒されているようだった。


彼に叫びたかった。彼を揺さぶり、彼が私たちの人生に引き起こした破壊と向き合わせたかった。しかし、それが何の役に立つのだろう?損害はすでに取り返しのつかないものであり、修復不可能だった。


重い心を抱えて、俺は振り返らずにはいられなかった。彼の沈黙の重さに耐えられなくなっていたからだ。


「自分が誇らしいかい。」


俺は苦々しくつぶやいた。言葉は部屋の静けさの中で虚しく響いた。


しかし、返事はなかった。生物学上の父親の恥の中で響くのは、ただ耳をつんざくような沈黙だけだった。歩き去ると、重い石のようなものが胃の奥に沈み込み、それに伴って矛盾する感情が洪水のように押し寄せてきた。


もし彼が存在しなかったら?それは俺が自分の出生の真実を知った瞬間から頭にこびりついて離れない考えだった。俺の人生はどうだっただろう?違っていただろうか?良くなっていただろうか、それとも悪くなっていただろうか?それは誰にも分からない。


だが、もし彼が存在しなければ、俺も存在しなかっただろう。俺の存在は良くも悪くも、彼と切り離せないものだった。それは冷静にさせられる現実であり、一種の諦念の感覚をもたらした。


もしこれが彼の存在の代償であり、これが彼が残した遺産だとしたら、俺たちのどちらも存在しなかったほうがよかったのかもしれない。


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もう遅い...すべてを失った @Foas

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