第17話 欲望

[ナオの視点]


母が警察署に連れて行かれてからほぼ2時間が経過した。私は早めに夕食を終え、安堵と決意を感じていた。ついに、兄ちゃんのために正義を得る一歩を踏み出せる。しかし、静かな家で一人座っていると、答えのない疑問が頭の中を渦巻いていた。


なぜ父は自分の血族である兄ちゃんにそんなに激しく反対しているのだろうか?彼の敵意の背後にはきっと理由があるはずだ...


私は、この物語には見えない部分があるという感触を振り払えなかった。


「...真実を知るためにもっと深く掘り下げなければならないということかな。」


私がそう言葉にすると、扉が開く音が静寂を破った。振り返ると、母がドアの前に立っていた。彼女の表情は空虚で、目は虚ろだった。


「...ただいま。」


「おかえり?」


何かを聞いたような母の様子だった。おそらく、兄さんの逮捕の真相を。


「母さん、何があったの?」


彼女は完全な沈黙の中で地面を見つめた。しばらくしてから、話し始めた。


「本当のことなの...ユウトがリョウタの逮捕を仕組んだのよ...」


母の声は不信と悲しみの混じった震えがあった。


「私はそれをすべて否定したかった。ユウトがそんなことをするとは信じられなかったから。しかし、彼らはユウトの犯行を示す証拠を私に見せたわ。」


涙が彼女の目に溜まり、感情の洪水を抑えようと必死だった。


「ユウトがこんなことをするなんて、私は考えてもみなかった。彼はいつもいい子で振る舞っていたのに。私は彼に失敗したのかしら?」


母の後悔は明らかだったが、私は彼女に同情する余裕が見つからなかった。兄さんが逮捕された時、この後悔はどこにあったのだろうか?母は彼を信じず、ひとりで彼を押しのけ、一瞬たりとも疑わなかった。


それが彼女の血縁のある息子であるからだろうか?しかし、それならなぜ父は兄さんを信じなかったのだろうか?


私は心の底から真実を知りたかった。しかし、今は自分の内なる思考を我慢し、正しい時を待って彼らに立ち向かうことにした。


玄関の近くに居るのは嫌だったので、母をリビングルームに案内した。そこで彼女がソファに座れるようにした。


彼女がクッションに落ち着くと、私はお茶を淹れるのに忙しくなった。彼女は現実がついに彼女に追いついたかのように、動かないでいた。


私はどこかで既視感を感じた。兄ちゃんが逮捕された時に私を包み込んでいた麻痺をあまりにもよく覚えていた。今、それは母が同じ苦悩と不信感を経験しているように思われた。


数分後、ドアが再び開いた。考えられるのは一人だけ。


「ただいま。」


「おかえり。」


「....」


父が入ってきたとき、彼の表情は読み取れないものだった。彼は部屋の様子を眺めながら言った。


「何が起こっているんだ...」


「...あなた、知っておかなければならないことがあるの。」


思わぬことに、母が答えた。


父は空いている席に向かって歩き、私も座った。


母が話すまでしばらく時間がかかった。彼女は話す勇気を振り絞ったのだろう。


「ユウトが今日逮捕されたわ。」


父の目が驚きで見開かれた。


「彼が...逮捕された...何をしたのだ。」


「...スイッチブレードの所持、フレーミング、女の子への暴行と喧嘩に関与...」


私が父をちらりと見ると、彼の顔は色あせ、私たち全員を支配する驚きと恐怖が顔に表れていた。


しかし、父の反応は、兄ちゃんが逮捕された時と比べて違いがあるのに気づかずにはいられなかった。当時、彼はただ悲しそうで失望しているように見えただけだった。今、彼はまるで世界の終わりを見たかのようだった。


「これは間違いなんだろう?!」


「私は警察署に行って、ユウトが犯人であるという明確な証拠を持っていると言われたわ。彼の人生は終わりだ...彼はこの社会で普通に生きることができない...」


部屋は沈黙に包まれ、母の言葉の重みが空気に重く立ち込めた。彼女の表情は不信と絶望の混じったものだった。


その雰囲気が彼にとって耐え難いものだったのか、彼は立ち上がって部屋を出て行った。


彼は兄ちゃんについて何も言わないのはなぜ?普通の人なら、間違いを犯したことに絶望し、泣き崩れるかもしれない。


母が不信に打ちひしがれている間、私は静かに部屋を出て父の後を追った。


父は階段を上がって自分の部屋のドアを開けた。私は彼が部屋に入るまで距離を取っていた。彼がドアを閉めると、私は彼のドアの前に立ち、耳をドアに押し当てた。


ポトン


彼は床に倒れたのだろうか?


「...ううぅうぅぅぅ....ごめん、リョウタ。お前が決して罪を犯さないと分かっていたのに...自分を納得させようとしたが、お前を幸せにしようともした。しかし、その代償を支払わなければならなかった。自分が憎い...それは自分のせいだ...ごめん、リョウタ。本心では、そもそも始めてはいけなかったと分かっていた。」


彼は何を言っているのだろうか?理解できない。彼は自分がしたことを嘆いているが、その裏には何かある。彼は兄ちゃんが無実だと分かっていたのに、彼を信じようとしなかったのだ...


私は父の告白を聞きながら立ち尽くしていた。怒り、裏切り、混乱の感情の渦が私を襲った。


彼はこれをどうして許したのだろう?彼は兄ちゃんの無実を見逃し、自分の利己的な欲望のためだけに、我慢してきたのか?


突然、家族の未来の不確実さを考えながら、私はドアから離れて自分の部屋の中へと引っ込んだ。


----


[花の視点]


警察車の後部座席に座っていると、私の心は混乱と絶望の渦になっていた。私が以前無条件に信頼していた健くんが、リョウタを陥れた人物であるという事実が、私の世界を何百万ものかけらに粉砕した。


警察車が地元の近くに戻る道中、内側で渦巻く裏切りの感情から抜け出せなかった。健くんがそのような悪行に及んだのはどうしてだろうか?


私を窒息させるような重い罪の重みが、彼の偽りの友情の表面の下に潜む暗闇を感じていたことを知りながら、私は自分が彼の欺瞞に無意識に引き込まれていたことを悟った。


思いにふけっている間、警察車が私の家の前で停止したのをほとんど気付かなかった。


馴染みのある舗道に足を踏み出すと、私はすぐに行動の結果に直面しなければならないという恐怖感に包まれた。


最初に思い浮かんだのは、リョウタにどう向き合うかだった。私は彼をとても愛しているけれど、彼は私にもう同じように思っているのだろうか?


[彼があなたを愛していない場合は、彼に愛させる]


健くんがしたことを聞いた後、崩れ落ちた私は頭の中で声に悩まされていた。何が何でもリョウタの愛を取り戻すために、どんな手段を使ってでもするようにと促されていた。しかし、心の奥底では、誰かを愛することを強制することは答えではないと知っていた。真の愛は強制されたり操作されたりするものではなく、自由に与えられなければならない。


[何?リョウタを諦めたいの?あなたは彼を愛していると言ったでしょう?]


そうだけど、彼を愛することを強制したくない...彼が私を愛してくれていないことを祈るばかりだ。


[フフッ、あなたはその本を読んだからね。だから、あなたは恋人を取り戻す方法を知っているはずだよね?同じ戦略を使え。]


でもそれはちょっと...大げさすぎる。


[リョウタを取り戻したいの?]


はい!


[その後は急いで。最初の方法がうまくいかない場合、一段階強化してください。たとえば、話しかけてもうまくいかない場合は、彼に触れてみてください。それでもうまくいかない場合は、彼の手を握り、層を追加し続けてください。彼があなたのものになるまで。]


そんな手段に訴えることについて葛藤していたとしても、私の心を蝕んでいる絶望を否定することはできなかった。


リョウタとの関係を修復するひとかけらの可能性さえあるのなら、どんなに私を不快にさせるものであろうと、それを受け入れなければならない。


その通り。私はリョウタを取り戻すために全力を尽くさなければ。


[それが精神だ!]


精神的にも感情的にも疲れ果てていた私は、心の平静を求めて部屋の中に入りました。一歩一歩が重く感じられ、その日の出来事の重さに引きずられていました。


一度中に入ると、私は部屋の聖域に引きこもり、私を取り巻く混乱からの避難所を求めました。ベッドサイドランプの柔らかな光が穏やかな安心感を与え、馴染みのある空間に暖かい光を投げかけました。


ため息をつきながら、ベッドの端に沈み、その日の出来事に浸っていました。今は頭の中の声が静かになり、私は自分の思考と感情と一緒にひとりになりました。


布団の下に潜り込み、眠りの抱擁に身を任せました。明日は、私の内に猛威を振るう混乱に明確さと解決をもたらすことを願って。


翌日、学校へ向かう途中、私の頭は心配と不確実性に満ちていました。最近の出来事で、私は自分がどう進むべきかわからなくなっていました。


歩いていると、前方にケンジを見つけました。彼の姿勢は崩れ、表情は疲れ切っていました。彼には何かおかしいことがあり、私は彼を取り巻く不安な感情から逃れることができませんでした。


勇気を振り絞って、私は彼にそっと肩を叩きました。


「おはよう、ケンジ。」


彼は私に向き直りましたが、目には遠い表情が浮かんでいました。まるで自分の思考に没頭しているかのようでした。


「...」


私は彼に話しかけ続け、彼を取り巻く沈黙の壁を打ち破る決意を持っています。


「ケンジ、待って。リョウタと私が別れたことについて悲しんでいるのは分かっています。しかし、その背後に理由があり、私はリョウタと話したいのです。リョウタはどこにいるか教えてくれますか?」


「...」


ケンジは黙り込み、彼の表情は読み取れなかった。彼が何かに深く悩んでいることは明らかだったが、私とそれを共有することを望んでいないようだった。


「君...この数日間、リョウタに何が起こったか分かっていないんだろうな…」


彼の声は冷たく、背筋に寒気を走らせるような苦いもので満ちていた。


「数日間?何を言っているの?」


恐怖が私を襲い始め、心臓が高鳴り始めた。リョウタに何が起こったのだろうか?


「君はきっと、ユウトくんと楽しんでいたから気付かなかっただろうな…」


彼の言葉が私を突き刺し、罪悪感と不安を感じさせた。


「ど、どうやって私がケンくんと一緒にいたことを知ったの?」


「それは今は重要ではない。大事なのは、君がリョウタに何が起こったのに関わっていたことだ。」


私の胃が、ケンジの言葉が沈み込むにつれて悪寒を感じた。


「リョウタ...彼に何があったの?」


「リョウタ.....」


ケンジの仮面が割れ、一瞬、彼の目に生の痛みと苦悩を見た。


「リョウタがビルから飛び降りた。」


その言葉が私を打ちのめし、私全体に衝撃を与えた。恐ろしい告白を処理しようとして、私の心が疾走した。


リョウタ…リョウタ…彼が自分の命を絶とうとした。


ケンジの言葉が沈み込むにつれ、私は吐き気の波が私に襲いかかった。罪悪感、恐怖、そして悲しみが私を圧倒し、私はその嵐の中で足場を見つけようと奮闘した。


私の心は混乱し、壊滅的なニュースを理解しようと奮闘した。


「ケンジ…私...私は知らなかった。私は知りませんでした...」


私の言葉は空虚に感じられ、その深い苦しみの前では意味をなさなかった。


「俺も分かっているよ、花。でもそれは何が起こったかを変えない。リョウタ…彼は今、病院にいる。重体だよ。」


彼の声が最後の言葉で割れ、その事態の重大さを思い知らせた。


何も言わずに、ケンジは振り向き、去っていった。私はそこに立ち尽くし、感情の洪水に圧倒されて麻痺したまま立っていた。


私は地面が足元から引き裂かれたように感じ、どうするかわからないまま立ち尽くしていました。


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