8話 追憶
俺は自分の父親、カルロ・コルウスが嫌いだ。澄んだ青色が広がる夏の季節になるとあの頃のことをふと思い出す。今、考えるとあの時から始まったんだ。何もかもが……。
俺は幼い頃から、父にあらゆることを叩き込まれた。何を言ったら相手が傷つくか、人間はどこの部位が弱点なのか、そんな荒々しいことばっかり。他にも格闘術から護身術まで幅広い分野を学ばされた。まさに当時は親の言いなりみたいなものだったのかな。だが、今思うとあの時学んだ事が役に立っていると実感する。それが――少し気に食わない。
今でも時より黒髪の父親、着物を着た父親の姿が思い浮かぶ。
竹林で埋め尽くされた緑だらけの中、カルロとソルは一対一で向き合っていた。青空がやけに光り輝いている、真夏の中。蝉の声がやけにうるさい日だった。
「父さん、今日こそは打ち倒すからな」
「いいぞ、ソル。……こいよ!」
俺は父さんに向かって勢いよく駆け出していく。
「今だ!」
勢いのまま思いっきり拳をカルロの腹に。その時だった。
「消えた……?」
父さんは目の前にはいなかった。どこにいる?動きを止めあたりを見回す。
「痛っ……」
みぞおちに一発、固く強靭な拳がはいる。その場に倒れ込んだ。どこにいた?まったく姿を追うことが出来なかった。しばらくしてから、父さんが俺の視界の中に映り込む。父さんはむかつく笑みを浮かべていた。
「グッドゲーム!GGだ。立てよソル」
土がついた服を手で払う。
「グットゲームもくそもないだろ。一方的に俺がやられただけだ」
「そうかもな……。ところで、お前の敗因はなんだ?」
「わからない……」
「そりゃそうだ。俺は卑怯で姑息な手を使ったからな」
「カナカナカナカナカナカナカナ」とひぐらしが鳴き出す。
沈黙の後、カルロが口を開く。
「記憶の改変だ」
「記憶の改変?」
「さっきは、お前に"俺が目の前にいない"という記憶をねじ込んだ。幻覚を見させたようなもんだな。はは、いいもんだろ」
上手くいってご満悦なようだ。笑みが溢れている。
「そうだなぁ……証明しよう。どうせ信じないだろ、ソル」
――俺は家に戻って父さんから話を聞いた。俺の父さんは記憶を改変できる能力を持っているらしい。父さんいわく、この能力は世界に1人しか持っておらず、この能力の他にも既成事実を作り出せる能力が6つあるという。
ふと、俺は疑問になって聞いた。いつどうやってどこでその能力を手に入れたのか。だが、父さんは聞いても何も話してくれなかった。
「あり得るのか?そんなこと」
にわかには信じられない。だが、事実だ。俺はあの時見たんだから。
俺は父さんのことを信じるしかなかった。
――台所ではファルサが米を炊く準備をしていた。
「ファルサー。今日の夜ご飯は?」
「たけのこをお裾分けしてもらったから炊き込みご飯だよ。あとは……味噌汁でも作ろうかあ。……あ、それと焼いた魚」
「そうか、和食か、最高だな」
当時、俺たち家族はひもうすに住んでいた。
ひもうすっていうのは神聖帝国からずっと東にある大陸から飛び出した半島の国で、最近になってようやく国として機能し始めた国家である。
「父さん、母さんには言ったのか?その……すごい能力のこと」
「あー、言ってないな。後で言おうか」
そう父さんは言って玄関のドアを開ける。
「どこ行くんだ?」
「ちょっと散歩に。お前もついてくるか?楽しいぞ」
「じゃあ、行くよ」
「疲れてへとへとになって置いてかれないようにな」
「そんなことは起きないよ」
「じゃ、行くか!」
ドアを開け、太陽の光が眩しくて目を瞑る。
俺と父さんはたわいもない雑談や周りの風景を楽しみながら歩いていく。相変わらず、父さんに能力のことを聞いても詳しくは教えてくれなかった。頑固すぎる……教えてくれてもいいのに。
ちょうど、日が落ちかかって夕暮れになろうとしていた時だった。家が次第に見えてきた。なんというかあっという間散歩が終わってしまった。
黒い鳥居がある神社、蝶が舞っている小川、段々になっている田んぼ、魚が泳いでいる川のせせらぎ、たくさんの素敵なものを見れた。悪くはない時間の過ごし方だったと思う。
「ただいまー。なんだかいい匂いがするな」
家中、食欲を唆る香ばしい香りが漂う。
「あれ?母さんは?」
「……たしかにどこに行ったんだ?ファルサー?」
「わあ!!」
「うわあ!!」
「ゔわあぁあ?!」
突然目の前に母さんが現れた。
「驚きすぎなんあ。2人とも腰を抜かすなんてまだまだだね」
得意げな表情でファルサは言った。
「流石に心臓が止まるぞ。ファルサ」
「くそ、絶対いつかやり返すぞ、父さん」
「ああ、やるしかないな」
俺と父さんは固い約束を交わした。お互いに笑みが溢れる。
「まあまあ、とりあえずもう暗くなってきたし、夜ご飯でも食べようよ。今日のご飯は最高の出来なんだから」
和室に行き、家族みんなでテーブルに置いてある茶碗を手に取り食事をする。なんて、平穏な日々なんだろうか。ある意味、移り変わりがなく平凡で退屈でつまらないものにも思えるかもしれない。だが、悪くはないと俺は思う。
そんな事を考えながら、湯気が出ているホッカホッカな茶色い炊き込みご飯を箸で一口一口と味わっていく。
「流れ星が今日は降るらしいぞ。流れ星っていうのはだいたい1秒以下、長くても5秒ぐらいで流れていくらしい。早いよなぁ、そう思わないか」
父さんは自慢げにどうでもいいような豆知識を披露する。ご飯を片手に夜空を見ていると、流れ星が少しずつ流れ始めていた。
「確かに。その数秒で願い事をしなくちゃいけないんだろうか。父さんはどう思う?」
「そんなのいくらでも願えばいい。数打ちゃ当たるだ」
その後もずっと、夜空を見ていた。
流れ星に平和な願いを馳せながら――
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