7話 ちょっとだけ昔の話をしようか



 俺は置かれている状況が理解できなかった。何故なら今この瞬間、12月25日のクリスマスの1日が始まったのだから。



「今までは夢??」



 いや、違う!!自分の直感、いや第六感?のようなもの……が今まで起きた事が夢じゃないと言っている。ベラが死んだのもルナが死んだのも、全て事実で夢なんかじゃない。本当に起きたことなんだ!



「何度見ても11時だ……。それとも、今、この瞬間が夢なのか!?」



 俺は自分の頬を叩いたりつねったりしてみる。

 俺は大きく深呼吸をし、カーテンを開け、窓を見ると太陽はもう顔を出していた。空には大きな大きな鴉が飛んでいる。


「やっぱり、12月25日の朝だ。大きな鴉もなんとなく見覚えがある」


今が12月25日の朝だとするとまだ、父さんは生きてるのか?

 俺は気付けば1階へと足が動いていた。父さんは確か昼食を食べていたはず……。


「父さん!」


そこには椅子に座ってサンドウィッチを頬張るソルの姿があった。


「はあ、よかった。本当によかった……」


安堵と喜びの溜め息をつく。



「どうした?フリー。そんなに俺に会えるのが嬉しいのか?」


「いや、父さんが帰ってきてるのか気になって……」


「そうか!そうか!」



ソルはそう言って湯気が出ているコーヒーを飲む。



「Merry Christmas!言うのが遅れてしまったけど、まあ許してくれ。フリー。フリーとベラにクリスマスプレゼントがあるんだ」



「クリスマスプレゼント……」



「ああ、この中に入ってるから」



ソルは赤と緑のクリスマスカラーのプレゼントボックスを取り出す。プレゼントの中身知ってるんだよなぁ……。



「後でベラと開けるよ!ありがとう!」



「喜んでくれてよかった。悩んで選んだ甲斐があるよ」



「父さん、ちょっとベラを起こしてくる」



「頼んだ!息子」



 2階へと階段を上がっていく。ひとまずベラを起こすか……。

 ふと、考えると俺の中で疑問がいくつかある。


 まず、なぜ戦争が起きるのか?どことどこがするのか、いつするのか、もう始まっているのか。何にもわかっていない。


 次に、なぜ急に何の予兆もなく俺たちの故郷が壊滅したのか?そして、なぜファルサの家でルナとベラが死んでいたのか?


 後もう一つ付け加えるとするなら、なぜ俺はクリスマスの朝に戻っているのか?ということ。これは現実なのかそれとも、今までのことは妙にリアルな悪夢なのか。


 だが、クリスマスの朝に戻れたということ。これは凄くラッキーとしか言いようがない。上手くいけばソルや他の住人達も救える――



「ベラ、起きてくれ。もう12時がくるぞ!いくら何でも寝過ぎだ!」



ドアを開け、部屋に入り、白い髪がぐちゃぐちゃになってくるくるになったベラに言う。



「あれ!?巨大なケーキが!?たくさん、たくさん……ある。ん?フリー?どうしてケーキになってるの?」



「……。寝ぼけすぎだ」



「はっ!なんだもう朝かー。おはよー」



「おはよう。すぐ降りろよ。飯が冷めるぞ」



「わかったー」



 ベラはきっと夢遊病なんだろう。寝ながら部屋中を動き回っていた。そんな、昔から変わらない姿を見ると今この瞬間、ベラが生きている事が奇跡に近い何か幸福な事なんだと俺は思う。

 よし、これでベラは起こせれた。次はどうしたら父さんと住人達を故郷が潰れるまでに避難させれるかだ。何とかして父さんと皆んなを救う。救ってみせる。皆んなが生きている世界にしてやる!



「やってやる――絶対に」

 


俺は椅子に座っているソルへと向かう



「父さん!」



ソルは不思議そうな顔をしてこちらを見た。



「信じられないと思うけど……もうすぐ戦争が起きるかもしれない。だから、みんなで安全なところに避難しよう。他の人たちも連れてさ」



「なんで、そう思うんだ?」



ソルは微笑んで言った。



「それは……新聞で見たんだ!父さんも見たらわかるよ!」



「じゃあ、新聞を持って来てくれ。本当に戦争が起きるかもしれないからな。クリスマスの今日にね……」



 父さんはまだ完全には信じていないようだった。俺は急いで新聞を持って来た。


「はあはあ。これだよ……父さん」


ソルは新聞を開くと、口を開け唖然とした表情をする。


「――ひもうす、聖地奪還へと動く……か。まさか本当に」


次第にソルの目に怒りが宿っていくのを感じた。


「聖地奪還?どういうこと?」


お互いに少し黙り込む。風の音が聞こえるほどの静寂。ソルは言う。



「フリーには言いたくなかったんだが、しょうがないか。ここは……宗教的な聖地なんだ。神聖帝国の偉い人が定めた特別な地区。新聞に書いていたようにひもうすが奪還に動いたんだ。ひもうすにとってもここは宗教上では同じ聖地だからね。俺が思うに、しばらくしないうちにひもうすが送り込んだ奴らが来ると思う」



「じゃあ、早く遠くに逃げよう!ひもうすっていう国が攻めてくる前に逃げればいい!みんな死んだらだめだ!」



「だが!少しでも時間を稼がないといけないんだ。ここで俺がなんとかする。わかってくれ。フリーは、ベラとルナと一緒に逃げろ。……皆んなにはまだ生きてて欲しいんだよ。」



「父さん!ソル・コルウス!――」

 


「フリー・コルウスの記憶を改変する。フリー、お前は父親に故郷を託してファルサの家へ行くことにする。」

 


「は?父さ……」



ソルはフリーを優しく見つめ、胸の中から羽毛に覆われた玉を取り出す。



「これを頼んだぞ」



 ちょうどその時、ベラとルナが和気藹々とした様子で階段から降りて来た。



「どうしたんですか?」


「ソル?今のは……」



ベラとルナは異様な雰囲気を察したようだった。

 ソルはベラとルナの方を向く。そして言った。



「ルナ・コルウスとベラ・コルウスの記憶を改変する。ルナは車に乗って、ベラとフリーを連れ、ファルサの家に行くことにした。ベラはフリーとルナについて行くことにした」



「フリー、ベラ、ルナの記憶を改変する。フリー、ベラ、そしてルナ、記憶を改変した事を忘れてくれ――」



――まただ。また、故郷は潰れて父さんは死んだ。近所のみんなも死んだんだ、きっと。結局、父さんを連れてくことは出来なかった。父さんは前と一緒で1人だけで故郷に残った。故郷を託すしかなかった。……やっぱり夢じゃなかったんだ。くそ、くそ、くそ、くそ!!――やるしかないんだ!俺が、やらないと皆んな死ぬ。俺のせいで死んでいく。何度も何度も繰り返し苦痛に苛まれていくんだ。

 ――やだ。また、ベラとルナが死ぬ所を見るなんて。嫌だ嫌だ嫌だ……なんで俺なんだ!!何で俺なんかがやらなきゃいけないんだよ。

 でも、重要なことはわかった。今日の出来事はひもうすが原因で、多分、父さんや故郷のみんなが死んだのもひもうすの聖地奪還のためなんだろう。


「…………過去を変える。過去を変える。過去を」


 車の中、揺られながら思案に暮れる。気付けばあたりが段々と雪景色へとなっていた。



「着いたよ、おばあちゃんの家。行こう」


「うん。フリー、行こー」


「ああ、行かないと」



ボスボスと真っ白な雪を踏み締め、ファルサの家まで歩いていく。

 こんこんこん……。


「ファルサおばあちゃん?いるの?急に来たのは申し訳ないけど...…助けてほしいの!」


ドアが緩やかに開く。


「なんあ、なんあ、急に押しかけてどうした?」




「――ひもうすが攻めて来たんだ…、きっと。」

俺は少ししわくちゃになった新聞をテーブルに置いた。見出しには大きく"ひもうす、聖地奪還へと動く"の文字。


「そうあ、ひもうすか……。いよいよ大変な事になってきてるね。よく逃げて来たあ、フリー、ベラ。」


ファルサは2人の頭を撫でる。すると、2人の横に座っているルナがクリスマスローズティーをグビっと飲み干して言った。



「ファルサさん、子供達にも言った方がいいんじゃないですか?あの事を……その方が今日起こった事も理解しやすいと思うのですが。」



「あー、いや、また明日にしよう。子供たちも今は疲れている。今話したら、混乱するあろう。子供達は本当に辛い思いをしたんあ」



ここで聞かなければ……。今日の事が少しでもわかるかもしれない。忌々しい"ひもうす"について


「聞かせて欲しい!ファルサおばあちゃん」


俺は強く言った。ファルサとルナが驚いた顔でこちらを見る。すると、ベラも言った。



「私も!何も知らないなんて嫌だよ!!」



「そうあね、フリーとベラはもういい歳だし、知る権利はあるあ……。でも無理しないようにな。フリー、ベラ」



 ファルサは悲しげな目をしていた。



「フリー、ベラ、今から話すこと。信じてくれる?」


「信じます」

「信じる。聞かせて欲しい」



ほんの少しの静寂の後、寂しそうな表情をしたファルサが口を開いた。


 

「ちょっとだけ昔の話をしようか――」

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