5話 雨降る絶望の中




「あれ!?巨大なケーキが!?たくさん、たくさん……ある。ん?フリー?どうしてケーキになってるの?」



「はっ!」



目が覚めた。なんだかいい夢を見た気がする……。



「ベラー!起きろよー!今12時。昼ご飯食わないのか!?」



一階からフリーの声が。もう起きてるんだ……。



「はーい、今行くよー」



「――はあ、眠い。眠すぎるー。昨日の夜、はしゃぎすぎたかな?流石にコルウス家に長居しすぎたぁなぁー」



 今日も穏やかで平和な日々が続く。窓から見える青空、小鳥、太陽、全てが微笑んでいるように見えた。



「クリスマス、楽しく過ごせれてよかったなー。1日1日を大切にしよう……。コルウス家と過ごした日々を」



 階段を一段一段ストスト降りていく。

 ちょうど一階に着いたときだった。なぜか家全体の雰囲気が緊迫している。何かあったんだろうか……。周りを見渡すとフリーの父親、ソルが帰ってきていた。他にもソルの周りにフリー、母親のルナが居る。



「そうか……本当に……」



ソルの両手には地方新聞があった。



「父さん?」


「どうしたんですか?」



フリーとベラが尋ねる。



「いや、子供たちはまだ知らなくていい。ルナ、フリーとベラを連れて今すぐファルサの家に行ってくれ」



「ファルサって、ファルサおばあちゃん?」



「ああ、すまないが、しばらくはおばあちゃんの家だ。急でごめんな……皆んな」



「父さん!いつまでも俺たちを子供扱いしないでくれ。なんでファルサのところに行かないといけないんだ?理由を教えてくれよ」



 父さんはいっつもそうだ。俺のことをまだ気弱な幼い子供だと決めつけてるに違いない。俺は父さんに怒りのこもった目で見つめる。

――意外にも父さんは怯えているのを隠した、強がった目をしていた。俺はその時、今起こっている事態が思っているより深刻だというのがじわじわとじわじわとわかり始めた。……数秒間の沈黙が続く。



「戦争が、起きるかもしれない――」

「は?」



父さんの目は嘘をついてはいなかった。紛れもない、覚悟が決まった目だ。



「そんな?嘘だ……」



「嘘じゃない!!本当の、本当のことなんだよ......。だから!お前たちはファルサの家まで避難してくれ。ファルサの家まで行けば命の安全は保証される。だから急げ!とにかく早く!!」



心の底から出た悲痛な声はフリーたちの心を震わせる。ルナは言う。



「他の住民たちはどうするの?どうすればいいの?」



「大丈夫。大丈夫だ。俺がなんとか避難させる。それに、もしひもうすが聖地まで来れたとしても神のご加護がある。きっと――誰も血は流さない」



「ソル、何で。何でこんな急に……」



「ごめん……ごめん!今は何で戦争が起きるのかは話せない。あとでしっかり俺が知っている全てを話すよルナ」



「そう……」



――本当に理解が追いついていなかったのだろう。皆、唖然として突っ立ったままだ。ソルは覚悟を決めたらしい。静寂を掻き消すように、強い意志と深い愛情を込めて言った。

 


「ルナ。心の底から愛してるよ。また会おう……?」


「本当に、ばか……」



空には天使の梯子、2人を微かな光が照らす。



「それとフリー、少しだけでいい。話したいことがある――」



 ルナは涙を拭い、フリーとベラを連れて車庫にある車に乗り込んだ。埃被った黒色の車の中はむさ苦しく、居心地は最悪そのもの。ゴゴゴと車が音を出しながら道という道を駆けていく。

 人気がなく、あたり一面が見渡せるぐらいの草原に出たときだった。空に最悪の未来を示唆するように、黒く灰色の雲が覆い始める。


「雨だ」


 嫌な予感がする。雨がポツポツとポツポツポツポツポツと降る降る降る――



「あの......」



ポツポツ



「どうしたの?ベラ?」



ポツポツポツ



「あ......」



ポツポツポツポツ



「ベラ?」



ポツポツポツポツポツポツ



「うしろ……家が」



ザァーーーーーーーーーーーーーーーーー



 あまりにも悲惨で惨たらしく、醜悪で気持ちが悪くなる光景だった。さっきまで居た家は、故郷は、全て平らな更地と化している。地面には赤い血だまりと建物の瓦礫のみがあった。変わり果てた故郷がそこにはあった。 



「父さん、ビス、皆んな、なんで……なんで!!?」


「後ろは振り返らないで、前だけを見て。ソルの想いを無下にしないで!!」


「......わかった――」



 俺の頬には悔しさと怒りと悲しみの涙が伝っていた。俺たちはただ前を向いて泣くことしかできなかった。

 たくさんの思い出が潰れた。家も人も何もかもが。昔から生まれ育った美しい土地はただの瓦礫の山に。たくさん話した、一緒に遊んだ、同じ屋根の下で暮らした、共に励まし合った、美しかった、かっこよかった、ずっとずっと大好きだった人がただの赤い内臓と肉片になってしまった。何も喋らない話してくれない、もう一生会うことはできない……。そんなのあんまりだ!いくらなんでもあんまり過ぎる。ただただ過ごしていただけなのに……。



「「殺す……絶対に、絶対に!!!」」



――いつのまにか寝ていた。あまりにも精神的な疲労が大き過ぎたんだ。

 ふと、窓から外を見ると真っ白な雪がパラパラと木々に乗っかっていく様子が見えた。あたり一面、雪と木々、白と緑の楽園だ。



「……着いたよ、おばあちゃんの家。行こう」



「うん。フリー、行こー」



「ああ、行かないと」



 車から降りておばあちゃんの家に向かう。今いるところは道の外れで、人気が少ない。なんとも寂しくて切ない雰囲気だ。ここから、ちょっと歩いたらファルサおばあちゃんの家に着く。


「.........」


 各々が自分の感情を整理している。

 今思うと、あれは夢だったのかと。クリスマス終わりのただの悪夢なんだと。みんなまだあの村で生きているのだと。決めつけたい。夢だと思いたい。心から想いが溢れてくる。


「父さん、ビス、近所のみんな……」


思慕と追憶に、悲嘆と絶望に沈んでいって……どうにかなりそうだ。昨日まで楽しくクリスマスパーティをしていたのに今はこの様だ。

 深く積もった白雪をボスボスと踏みながら歩く。着いた先にあったのは小鳥がさえずる穏やかな棲家だった。老後の理想郷のような風景が広がる。玄関にはクリスマスリースとクリスマスツリー。庭には葉に雪が乗っかった丸太が放置されている。

 こんこんこん……ルナがノックをする。



「ファルサおばあちゃん?いるの?急に来たのは申し訳ないけど……助けてほしいの!」



 ガチャ……焦茶色の重厚なドアがゆっくりと開く。


 

 出てきたのはロリ。いやロリババアだった。



「なんあなんあ。急に押しかけてどうした?」


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