1話 よーい、どん!
「退屈だなぁ。なにかおこらないかなぁ?あーあ、まあ、いっか……。そんなこと考えても仕方ないよね」
午後6時、日が落ちていく頃。僕は時間を持て余していた。家には誰もいない。ただ、自分だけがこの空間にいる。僕は脱力した体で紅色の薄汚れたソファに座りながらふと思う。
「......何もない。何も起こらない。誰がこんなこと望むんだー!……昼は母さんが居たけど今は出かけてるし、父さんは仕事でいない。家にあるおやつははもう食べたし……。もうすることがないよ」
目の前には木製の机、赤と黄色の様々な模様の絨毯、誰もいないリビング。すぐ近くの窓から太陽の光が部屋を照らしている。部屋全体が静寂に包まれ、たまに音がするといったら座っているソファが軋む音ぐらいだろう。
ふと、窓から空を眺めて想いに耽る。空はもう赤っぽくて……いやオレンジかな。なんだかずっと眺めていると今生きている世界が僕には広く感じた。
「もう鴉が鳴いて今日が終わっちゃう。段々眠くなってきちゃった」
大きなあくびをして。
「もう、寝ようかな」
気がつくと僕はソファの上で深い眠りについていた。瞼はとっくに僕の目を覆っていた。
「ここはどこ?」
何処を見渡しても真っ黒な世界が広がる。
「母さん?ここはどこ?だれかいないのー!?さっきまで寝てたのにどうして急に……もしかして夢?」
「――フリー」
「だれ?」
「初めまして。僕の名前はフリー・イーラ、君と同じ名前だ」
「ここはどこ?なんで僕はここにいるの?」
「ごめんね。この暗くて怖い場所に連れてきたのは僕なんだ。ちょっと君に頼みたい事があってね。聞いてくれるかい?」
「いいけどー、僕の願いも聞いてくれる?」
「ああ、いいさ。契約だ!僕が君の願いを叶える代わりに僕の願いを君が叶える。そうしよう!」
思わず笑みが溢れてしまう。
「僕、鳥になりたい!!」
「――ねえねえ母さん、すっごい夢みたよ!なんかね、僕は鳥になってて、羽をバタバタさせて飛ぼうとしてる夢!あと……」
キラキラした目をして僕は、僕の話を聞いた母さんの次の言葉を期待して話した。僕の夢を……見てきた夢を。
「そうなのー。よかったね。楽しそうな夢を見れて。フリーも鳥さんになってお母さんを乗せて欲しいなー」
母さんははにかんでみせた。まるでほんとにそんな未来が来るように。
「もちろん!絶対だよ。約束だから!」
「いい子ね。さあ、夜ご飯を食べるわよ。今日はフリーが好きなハンバーグオムレツ!よかったね」
「わーい!あれ、父さんは?」
「お父さんは遠出してるの。私たちが住む神聖帝国から遠く遠くの国、"ひもうす"までね」
「えー!僕も行きたい!」
当時の俺にとっては外国というのは異世界、いやユートピア、もしくは楽園のように思えた。未知というものはいついかなるときも人間の知的好奇心をくすぐるものなんだ。
「フリーならきっと行けるよ。大きくなったらね」
今思えばあの時からだったな。空を飛び、世界中を旅する夢をみたのは。
あの日のあの時、俺は夢をみたんだ。
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