0話 記憶の固執
次の文章は父のビデオテープから物語として書き起こしたものである。
――1995年5月7日
かーんかーんと鐘の音が教会に響いた。辺り一面真っ暗な五月闇。リーンリーンと鈴虫が鳴いている。
私は1人である教会に来た。正確に言うと2人かな。妻と一緒にこの廃れた教会にやってきたのだ。
カビ臭い床、今にも崩れてきそうな天井、木々や植物が生い茂る。ハエや蟻が死体に集まる。時計が溶ける。まるでサルバドール・ダリの「記憶の固執」のような風景が目の前に広がっている。
私は心底わくわくしていた。日々の退屈な日々を全て壊してしまうような、素敵な出来事を期待して。
――教会の中心部、俺たちは長椅子が幾つも置かれているところに着いた。穴がぽっかりと空いた天井からは月明かりが地面を照らしている。
「ここはなんとなく見覚えがあるな。前にも来たことがあるような……」
妻は呆れたような様子で。
「それはそうあよ。わたしたちはこのはしょてそたったんたから」
「そうか?そうだったけ?」
「もー。まったくきみはわすれやすいせいかくなんたから。そんなこともわすれるなんて……もしかしてこうねんきあ?」
妻はにやけた表情でこっちを見る。
「君に言われたくないな。君だってさっきから滑舌がどうかしてるよ。入れ歯をした方がいい」
「まあまあ、ここはわたしたちのいえなんあ。むかしはなしてもしてゆっくりすこそう」
そうだ。この場所は廃墟じゃない。私たちの住み家だ。
また、妻は言った。
「わたしたちはここてうまれ、そたっていった。ここはわたしたちのこきょうなんあ。みんなて暮らそう。ここにいればみんな一緒。同いはねを持ち、誇らしいくちはしを突き上ける。なんて幸せなんだ!!」
「そうだ。そうしよう!今までのことなんか全て忘れて、家族3人でここに暮らせばいい。簡単なことだった。最初から気付いていれば……」
私は感服した声で言った。
私たちは鴉。漆黒の翼を持つ、大きな鴉。黒い闇で覆われた空を見上げる――
「……?」
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私は鴉?
私たち?
あいつは……
ああ、なんで何も疑わなかったんだろう?
ここは何処?
廃墟だ。教会だ。1人でここに来たんだ。
なんで来た?
さあ?
一旦、家に帰ろう!きっと私は疲れてるのだろう。ふと思ったが、そもそもこんな時間にこんな所にいるのもおかしい。帰って家族に会わなければ……。
私はじわじわとだんだんと気味が悪くなってきた。私は足早に今いる場所から外へと向かって行く。木製のドアを開け、廊下にでて、至る所にある障害物を避けながら。
最後のドアを開け、門を出たときだった。ふと、周りを見渡す。さっきまで鳴いていた鈴虫の声が聞こえない。
やけにシーンと静かだ。いや……らららと微かに目の前の真っ暗な道から何か聞こえてくる……。
「なんだ、この音――」
静かなメロディーだ。でもそれは風流なものでもないし、陽気なものでもない。らららららららららららららこの世のすべてを呪うようならららららららら負の音にまみれた、おどろおどろしい何かだららら。ららららららそんな音がどんどん近づいてくらららる。
ららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららら
ららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららら
耳鳴りがするほど大きくなると、暗い道から██ █が現れた。名前はたしか██ █。██ █だ。何故だか██ █という名前を知っている。私の記憶にこびりついている。██ █という名前が。██ █は俺を見るとニターっと笑った。
「やあ――」
そいつはそう言って俺の目を見て、手を差し伸べた。反射的に俺はその手を払おうとする。
するとそいつは言った。
「何で出ていくあ?ずっとここで暮らそうって言ったよね?ここは私たちの巣だよ?帰ろうとしているところはあなたの巣じゃない」
「ファルサ?」
明らかに確実に声も体も目の色もそれは妻のものだった。だが!違う!俺には目の前にいるものがとても何年も一緒に過ごしてきた妻とは断言したくなかった。何か違和感、非現実的な何か、そいつの言葉言葉一つ一つから伝わるどす黒い何かが俺にはわかる。
「お前は……俺の妻じゃない!お前は何だ!?何なんだ!!何で俺はお前の名前を知っている!?」
そいつは段々と姿と声を変えていく。体の節々から羽毛が元からそこにあったかのように……現れていく。
「カルロ・コルウス。記憶とは何だ?」
なんとも名状し難い声色と不気味な笑みがそこにはあった。
「何を言ってる?何が言いたい?」
私は足を震わせながらも、不安と恐怖をかき消そうと強い口調で言った。冷静にはなれなかった。目の前に眼が7つの鴉がいるのだから。
――私は今でも思う。この出来事も今も五月の淡い夢なのか、実際の出来事なのか私にはわからない。ただ言えるのは私にとっての「記憶の固執」ということだろう。
追記
7̶つ̶の̶眼̶を̶持̶つ̶鴉̶の̶名̶前̶は̶伏̶せ̶て̶お̶く̶。̶知̶っ̶て̶い̶て̶も̶不̶幸̶な̶だ̶け̶だ̶。̶
しったほうがいい ぜったい したにかいておくね
ふこうどりふこうどりふこうどりふこうどりふこうどりふこうどりふこうどりふこうどりふこうどりふこうどりふこうどりふこうどりふこうどりふこうどりふこうどりふこうどりふこうどりふこうどりふこうどりふこうどりふこうどりふこうどりふこうどりふこうどりふこうどりふこうどりふこうどりふこうどりふこうどりふこうどりふこうどりふこうどりふこうどりふこうどりふこうどりふこうどりふこうどりふこうどりふこうどりふこうどりふこうどりふこうどりふこうどりふこうどりふこうどりふこうどりふこうどりふこうどりふこうどりふこうどりふこうどりふこうどりふこうどりふこうどりふこうどりふこうどりふこうどりふこうどりふこうどりふこうどりふこうどりふこうどりふこうどりふこうどりふこうどりふこうどりふこうどりふこうどりふこうどりふこうどりふこうどりふこうどりふこうどりふこうどりふこうどりふこうどりふこうどり
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