Good for you!

 俺は何者だったか、或いは何者でもなかったのだろうか。きっと後者に違いない。俺は何者でもなかった。


 ──────日差しが、眩しい。空が青い。今は……夏休みか。カーテンから空がこぼれている。体が軽い。今日は良い日だ。昨日は何をしたんだったか、よく覚えていない。

 慣れたベッドでぐっすり休んだので、上体を起こす。

 あれ、ここはどこだっけ。

 寝ぼけた眼を擦る。ここがどこか周囲を見る。テレビ……扇風機……タオルケット……ああなんだ、いつも通り俺の部屋じゃないか。そう、昨日の夜は蒸し暑かったんで、タイマー付きで扇風機つけて眠ったんだ。

「今日は、何をしようかな」

 あと何週間で学校だっけな。つってもまだまだ時間はあるか。

「最近、アニメ追えてないな……あっ、あの映画! 結局見てないな。ゲーム買ったけど、最後までやってないな。ってか漫画も、最新巻買ってねー」

 夏休みだって言うのに、海も祭りも行ってないわ。どっか行きたいけど、どこにも行きたくねえな。

 部屋が暗いと思ったら、まだ電気をつけてなかった。

 ピッとリモコンを操作して照明を灯す。ベッドから出て、部屋の扉を開く。

「……あれ、なんか忘れてる……」

 ベッドの方からスマホのアラームが鳴る。ってことはまだ九時か。うん、早起きだな。

「そっか。スマホか」

 スマホを取って画面を見ると、、と書かれているはずの場所に他の文字が書かれていた。


 1.5


 と。

 こんなラベルにしたっけな……まあいいや。

 最近やり忘れていたソシャゲを開いて、ログインボーナスを受け取りながら下に降りる。今、この部屋には誰もいない。

 洗面台に行き、顔を洗って歯を磨く。

 なんだっけ、なんか忘れてるな。

 あ、誰ともすれ違ってない。部屋の扉を開いた時も、洗面台に行った時も……いや、当たり前か。長期休みだし。友達が家にいるはずもない。


 本当に、そうだったろうか。


 慣習として適当に動画アプリを開く、が、別に見たい動画もないから電源を切る。

「あ……あのチャンネルってなんだっけか……」

 名前が思い出せない。なんか思想が強かった気もするが……まあいいか。

「……良くないだろ」

 良くない。前ぶれなくそう思い始めた。

「あー、疲れてんのかな」

 しかし、眠くもない。腹は空いていない。エッチな気分じゃない。なら、気晴らしに散歩でもしよう。

 服を着替える途中、制服が目に入った。嫌な気分になったんじゃない、だが物凄くもどかしい。

 学校……同年代の友達が俺にもいる。ハジメは勿論、ソウタ、コウタロウ、イサミ。あぁ、ラミも同い年か。

「……?」

 おかしい、ラミはいつの友達だっけ。中学……違ぇな、高校なわけないし、あれっ、ああ、幼馴染じゃん……いや、俺に幼馴染は居ない。なんか、変だぞ。分からんけど。

「記憶……そうか、記憶だ。記憶同士が喧嘩してるみたいな違和感」

 ユラ、リリフ、シキちゃん、花咲さん、クルミさん。

 しかし、考えても全く分からない。着替えたのでとりあえず外に出て、と言ってもなんの用もないからプラプラするだけ。

 けれど、なんだろう。その外へ出てプラプラするだけのそれが、とても懐かしい。新鮮味とも似た懐かしさ。

「あ、コンビニ行こっかな。最新巻買ってねえし」

 確かコンビニまでは、家から出て左。そして信号を渡れば着く。歩行者用の青信号がチカチカしているが、今回は見逃そう。わざわざ走るようなものでもないし。

 歩行者用が赤になって、車は動き出す。

 そう、ここ。この場面。

 思い出した。

 これは夢だ。

 前世の俺が、死ぬまでの夢。

 気づいた瞬間、身体が軽くなった。すぐ横に前世の自分の姿があった。止めようとしても遅い、これは夢なのだ。既に起こったこと。

 ああ、死ぬのだ。何物でもない自分がここで、死ぬのだ。


 しかしあの時……車が動き出した瞬間。……

 前世の自分の、その後ろを見た。

 そこに居たのは、

 

 

 その自分が、ニィッと笑い前世の自分を突き飛ばした。

「な」

 血飛沫。

 視界が半分、赤で染った。

「んっ」

 自分は、笑ったまま現在いまの俺に対峙する。

「で」

 世界がみるみる崩壊して、自分と俺の二人だけの、真っ白な空間へと変貌する。


 その自分は何も言わなかったが、何かを言った。半分だけの視界でも、声に出ていない声が口から読み取れた。

 内容はこうだ。


 



 朝、起きたらユラに殴られた。

「気持ち悪い早く出てけバカ」

 今の、なんだったんだろう。分からない。ただ、起きた今ならわかる。夢じゃない、夢なのだろうけど、夢ではない。

 それに、途中で見た1.5という数字。

 。という文言。

 あれは──────

「ちょっ、何泣いてんだよ……んな強く叩いて……」

「えっ……?」

 今気づいたのだけど、俺は涙を流していた。

「……あ、ユラ。俺の部屋、クルミさんにあげちゃったから、もう戻る場所ねーよ」

「……? お前ずっとここで寝んの? じゃあせめて布団持ってこいよ」

 布団持ってきたらいいんだ。こいつもしかしてバカだな?

 二人して起き上がって、同時に洗面台に向かう。

「おはようございます」

 その途中でクルミさんに会って、挨拶をされた。

「おはよう」

 シャキッと顔を洗って歯を磨き、体を伸ばした。

「んじゃ、今日も一日世界平和しますか!」

「いきなりデケェ声を────」

 瞬間、大気が血走った音が外から響いて、俺たちの鼓膜を揺らした。轟音、いや、轟雷。

 天から嫌われた者。天魔が、また生まれた。とっさに舌を噛もうとした、が、

「待て阿呆」

 止められ、抱き締められる。

「なっ──────」

 首筋に刺激が走った。異物の入る鋭い感覚。針、いや、獣の如く研がれた牙。吸血種の吸血行為を、俺でやられていた。

「いっ…………」

 しかし蚊と同じく麻酔があるのか、痛みはどんどんと無くなる。つまり唾液ということだが。

「勝手にベッドに入った罰です」

「ちょっと入っただけじゃん」

 ユラ・エルトロスは爪も牙も髪も長くなって、白い肌、赤い目になる。

 痛くは無いが、刺された箇所を片手で抑えた。

「おいユラ。本当に行かなくていいのかよ」

「大人しく見てろよ」

 にしても、インナーカラーまで伸びるのか。

 ユラが外へ出ようと洗面所の扉を開けると、

「あっちょ」

「やべ」

「……」

 クルミさんと花咲さんとリリフの三人が、こっちを覗いていた。

「あっ、いや! 別に覗こうとかそういうのじゃなくて、たまたまみんなで洗面所に入ろうと思ったら雷の音が鳴って、凛太郎とユラはここかなって見てたら抱き締めてたから……!」

「俺は覗いてた! ごめん! 応援してる!」

「…………」

 クルミさんはカメラを向けていて、どうやら撮影は始まっていたようで……これって、どうなる?

「シキ様が空繰からくりで奮闘しています。早く行きましょう」

 覗いてた奴の言うセリフじゃないだろとか、勘違いだとか、言いたいことはあったけど、とりあえずシキちゃんの元に急いだ。

「遅いよ…………! なにしてたのさ……!」

 今度は鳥ではなくジャッカロープ、巨大な角を持つ化物兎だ。怪鳥と同じく頭が悪いのか、純粋に凶暴なのか、我が家に突っ込んで結界に弾かれている。

「後で配信を見れば分かります。シキ様」

「見せるなっ! それと解除を!」

 肉の弾ける音がした。骨の碎ける音がした。しかし、それはすぐに再生される。

 なぜそんな音がしたのか────ユラの背から、羽が生えたからだ。吸血種の、羽。

「この力は、こうやって使うんだよッ!」

 ユラは左肩から手にかけてを、指でなぞるように裂き、溢れる血を集め、形成する。それは、人なんて一刀両断できそうな大きさの鎌。それを軽々と持ち、脚に血と力を貯めて、ジャッカロープ目掛けて跳んだッ!

 羽ばたき、目で追いつくのがやっとの速度でジャッカロープを翻弄し、切り裂き続ける。ジャッカロープの流した血を浴びて、それを飲んでまた自分を強化させる。確かにこれは切り札で、更に言うなら激しすぎる。

「これが、ユラちゃんの本気……」

 正直、驚いた。なんせ、

 未だ、本気では無い。

 空気が揺れ、流れとなり、一脈の風が陣となり、ユラの周りへ集まりだした。ユラは血の鎌を構え直して、自分の風で竜巻のように回り出す。その速さは段々、ユラの輪郭を捉えられないくらいに。

 自らが風になり、鎌を外にすることで刃を四方八方に向けて、廻った血を回し続けてその竜巻は赤くなる。紅蓮の、竜巻。

風刺旋回ふうしせんかいッ!」

 そして、回転し続ける円形刃が、ジャッカロープを切り続ける! 血の竜巻は巻き上げる血液で更に強化され、勢いは止まらずに、さらに、さらに、さらに、刃は!

鎌鼬かまいたちッ!!」

 ジャッカロープを、断ち切ったッ!

「よっしゃ!」

 喜んでしまった。竜巻は断ち切ってから地面に降り立ち、勢いを殺して止まった。育った鎌は溶けて、ユラの身体を修復する。目が回ったのか、ふらふらと歩いて、

「見た……かよ」

 仕方ないから、肩を貸してやった。

「おう」

 こいつは俺を、越えられる。いや、俺はこいつのライバルになるんだ。

「お疲れ様です。良い配信でした」

 天魔配信の時は言うのが恒例になったのか、配信は終わっていた。

「序盤の方消して欲しいんですけどね」

 そうだ。その問題もあった。どうなるかなぁこれ。

「いやです。コメント欄が一番盛り上がってます」

 まじで最悪なんですけど。

「……やべっ! 忘れるとこだった」

 ジャッカロープの元に急いだ。二つに分かれているので、どっちにも手を当てて、目を瞑る。

 もしもどっちかに魔石があるなら、それはつまり──────

「……!」

 反応、有。

 瞼を開いて、断面から魔石を引っ張り出す。昨日見たものと同じ、魔石だった。しかも、腹の方から。

「この魔石が、雷を呼んでいる?」

 ゆるべさんに、鑑定してもらおう。


 そう決めてからすぐに向かって、花咲さんに頼んで空間に穴を開いてもらった。ちゃっかり連絡先を交換して……異世界でこんな言葉を使うとは。胸の痣をなぞり、白髪になって。

 そして、なんでも鑑定屋の戸を叩く。すると、内側から扉が開き、腕を掴まれて急に引っ張られる。痛くはなかったし、振りほどけただろうに、抵抗せず身を任せて倒れた。そのまま店の中に入って、扉はキィと閉められる。暗く、二人だけの空間で。

「一日ぶり。凛太郎くん」

 ゆるべさんは倒れる俺を体で支えて、丁度胸あたりに顔がぶつかった。のに、それを俺とゆるべさんは気にするどころか、頭を抱き抱えられた。しかし俺も、受け入れていた。

「座って待ってたよ」

 何故だろう、

「また会えて嬉しい」

 何故か、あんまり頭が。

「さ、鑑定を初めよっかな?」

 優しく押し返されて、笑顔でそういった。

「はい」

 真ん中の椅子に自分から座った。持ってきた魔石を手のひらに出して、ゆるべさんに見せる。

「あの、これ。鑑定してもらっていいっすか」

「うん、おっけー。ついでに凛太郎くんの鑑定もするから、また眠っててね」

「はい」

 頭を撫でられ、眠気が襲う。ゆったりと生暖かいプールの、まだ日差しが見えるほどの底で、ゆっくりと溺れてしまいそうな、そんな感覚。

 何故だろう、この人のすること全てが正しい気がして、あのまま倒れてしまった。

 思考が全て、溶けてしまいそうだ。



 いつの間にか完全に眠ってしまっていて、やっと目が覚めた。

「……あれっ? 俺なにしにきたんだっけ」

「身体の鑑定をしに来たんだよ、覚えてる?」

 そうだったっけ。ダメだ、何か忘れている? いや、そうでも無いか。あれ? どうだったかな。よく覚えていない。

「そっか」

 そうだっけなぁ。

「凛太郎くんって、裏切りたくない人、いる?」

「ええ、まぁ」

 質問の意図が分からなかったけど、答えた。今だったら、ルームメイトのみんなだろう。

「それは、良かったね」

 何があったかよく覚えていないけど、鑑定が終わったから、家に帰ろう。

 なんだか、急に恋しくなった。暮らし始めて一日しか経ってないのに。よく分からないけど、早く帰りたい。

 さっきまで、俺が座っていた椅子に座って、ゆるべさんは艶然と微笑む。

「ゆるべさん、また来ていいですか?」

 知らない言葉が脳を通らず喉を通った。気づいたら発していた。その人に聞いていた。

「キミが求めるなら──────座って待ってるよ」

 心が、咲き乱れていた。

 扉を閉めて、家に一歩ずつ、力なく歩いて、離れる事に力を増して、歩を早めて、走って、走って、走って、走って、走って──────

 早く帰りたくて、花咲さんに空間の穴を開いてもらった。

 飛び込んだら、そこは玄関で、倒れても誰も身体で支えはしなかったけど、

「ちょっ、なにその格好。大丈夫? 飛び出してきたけど……何かに追われてた?」

 心はずっと、安らいだ。

「……どうだったのかなぁ」

 あそこに行きたくない、そんなことも無い。でも、あのまま居るくらいなら、怪鳥やジャッカロープの隣に居た方がマシだった。

 鉄の熱が冷めるように、夢の幻が覚めるように、

 溶けた部分が、固まった。

 あの空間は、迫害されるよりも辛かった。そこにいるだけで罪が増える気がした。

「よくわかんないけど、なんかあったら言いなさいよ」

「……うん」

 いい人だ。俺は恵まれている。ルームメイトにも、己の肉体にも、故郷の幼馴染にも、そして師匠にも。なんて恵まれているのだろう。だから不満は言えない。


 呼び鈴が鳴った。一番近かったから、俺がそのまま出た。前に見たのと同じ、大きなドラゴンに二人の男女。ロイズさん達だった。

「ん? お前は……ああ、ロベンタールか」

「ど、どうも。相変わらずでっかいドラゴンですね」

 一瞬誰だかわからなかったみたいだけど、思い出してもらえた。当然っちゃ当然だが、心底どうでも良さそうだな。まあ、何かを思われる方が怖い。無難にいこう。

「そうか? 確かにドラゴンの中では中々強いかもな」

 心底どうでも良い……ともまた違うのか。どうでも良いからこそ、世間話に付き合ってくれているのか、とくに不快な顔もせず、無視もせずに言葉を交わす。思ったよりも話の通じる人なのか?

「なるほど……あっ、今日は何用ですか?」

 とは言っても、調子に乗って喋りすぎも良くない。全然普通に首切られる可能性あるぞ、俺。

「魔石のことでシキ様に報告しなければいけないことがある。入らせてもらうぞ」

「ええっ、どうぞ」

 そのまま二人とも中に入ると思ったら、黒髪の女の人の方が俺を通り過ぎる時に、止まった。

「ユド、何をしている」

 そう呼ばれた女の人は、返事もせずに俺の目を見る。名前はユドというのか。

「どうした? 何か異常があったのか?」

 ユドさんは何も言葉を発していないのに、ロイズさんには伝わって、話が成り立っていた。俺には聞かせたくないのか、ロイズさんは小声で。

「いや……今はいい……」

 話が終わったのか、二人は中に入った。俺もそれに続いて、リビングへ向かった。

 ユラは自分の部屋にいるのか、リビングにはいなかった。それ以外のみんなは揃っていて、リリフが呼びに行った。

 俺を見るみんなの目が、いつもより少し違う。やはり、今朝のことだろうか。どうやって言い訳しようか。ひとまずは、一箇所に集まった方が良いだろうと、皆でテーブルについた。

「天魔のことで分かったことがあります」

 机の上に魔石を出した。魔石、そういえば何か忘れている気がする。

「これは?」

 シキちゃんの疑問も当然、みんなはこの魔石を知らない。

「昨日、鑑定させていただいた天魔の身体の中から出てきた魔石です。これを鑑定した結果、これが天魔の原因であることがわかりました」

「それ、本当なの!?」

「はい」

 驚いた。それじゃあもう既に第二の目標は達成されているじゃないか。あとはシェアハウスの撮影をするだけ。

「この魔石は雷を呼ぶ魔石、言わばだったのです」

 

「雷を、呼ぶ?」

「身体の中で溶けることで、雷を呼ぶ。原理は分からんが、雷汢繰かづちぐりでも天雷を呼ぶことはできない。魔石だからこその超自然だろう」

 雷系のギフトでも、魔力を増やすことはできない。稲妻だけが魔力を孕ませる。

「要約すると、この石をどうにかしなければこれからも天魔は現れ続ける。小鳥でも虫でも関係無しに、莫大な魔力をもって顕現する。ということかい?」

「はい、その通りです」

 それは、世界平和なんてとても無理な話ではないか? 今でも一日に一体、最初の話じゃ国中にいるんじゃ……逆に言えば、この国にしか天魔はいないのだろうが、それってつまりハブるには最高じゃないか……だけど、

「俺達がどうにかしなきゃいけない問題じゃない」

 それは、国の問題じゃないか。

「そうだねぇ。そうなんだけどさぁ」

 変なことは言ってないと思うんだけど──────

「ユラ呼んできたよ〜」

 リリフとユラがやっと来た。結構話が進んでしまったから、説明しないとな。

「遅れてすみま……なッ!?」

 ユラは俺を見た瞬間に、心臓でも掴まれたような顔をした。

「なんでその格好をしてんだよっ!」

 そう言われてやっと気づいた。俺の髪の色は──────

「それと、ロベンタールが天魔特有の力を持つ者だと判明しました」

 死ぬほど真っ白だった。

「このッ……ばぁッタレッ!!」

 ユラにぶん殴られた。

 朝から数えて二度目だった。



 さて、そんなこんなで俺は隠していた天魔設定をバレてしまった。思えば転生者も隠そうとしてたのに凡ミスでバレたな。でもバレたことでユラと打ち解けられたな。もしかしたら今後、バレたことでプラスになるかもしれない。と考えることで、自分を落ち着かせた。

 そう何百も繰り返し、自分を落ち着かせた。

 威厳ある声が、謁見の間に響く。俺は恐る恐る言われた通りに、頭を上げた。


 俺は今、

 謁見の間に居る。


 唯一の王座に座るその人、

 俺達をあのシェアハウスに集めた張本人、マンタヨハメが王、

 バルク・マウェイタン。

 見ただけでわかる、格が違う。輝かしい赤と金の装飾をされた王座に座るだけの理由がある。

 金髪碧眼、二十三歳という若さで王になった。王の中の王、真に選ばれし王。他国には反国王派があるらしいが、マンタヨハメにそれは有り得ない。

 呼ばれた理由はたったひとつ、俺が天魔のハーフだということがバレたから。

 情報規制は全くされていないらしく、表面上世界平和を謳っているだけの国にも伝わっているらしい。

 ということでめちゃくちゃ警戒されている。俺の周りには数歩間を開けて王国騎士団がいるし、王の周りにも護衛がいる。ワンチャン……処刑かな?

……

 言葉の一つ一つが、重い。

 騎士団だけかと思ったら、一人、令嬢のような人もいる。見た目ならまさしく悪役令嬢ですわよな人だけど……あの人の周りに、人が集まっているような。

「はい」

 いや、こういう時はおっしゃる通りです。とかの方がいいか? もう発言してしまったが。こういう罪重ねで死ぬんだろうな、人は。


 しかしバルク王は、意外にも笑みをこぼした。

 王の言うファルレ嬢という人物は、さっきの悪役令嬢みたいな人らしく、かしこまった様子でギフトを使用した。

 音現繰おんげんくり。音と現実を操る、言わば幻覚のギフト。一体何の意図を持って今ここで使うんだ?

 成程。音現繰りを応用して他者に会話内容を聞かれないようにしたのか。王や身分の高いものはこういう使い方を知っているんだな。

 現状の理解に思考を割いていると、王は怪訝そうな目で俺を見下した。いや、物理的にも上にいるのだけど。

? 

 !! 

 

「あ、いや、俺が刑を恐れていないのは──────」

 説明しようとした内容は、一から十まで言わずとも伝わった。以心伝心というより、勝手に読まれた気分だ。

「は、はい。俺は生まれた時から天魔としての力を持ってました」

「天魔が故に努力もせずいたと思われたくなくって……」

 七割くらい本音。転生者だとバレたくないのは三割。

 父親──────父親は、知らない。見たこともない。母から話も聞いたことはない。

「知りません」

「……

 王は少し考えて、俺を見た。

?」

「……はい」

 王と目が合って、睨むようになってしまうから逸らそうとしたのだが、何故か逸らせなかった。

 王の目は、何故か俺を写すようで、目を背けたくなった。しかし俺は、その目を見ていた。


 少し話しただけだが、王はきっと善人というやつだろう。大きな力を持っていて、それを正しく振るっている。

 こういう人が英雄になるのだ。

 王は、

 嫌に笑った。

「はっ────?」

……

 気に入った……? 弱い……? 今の天魔って、どういうことだ? それじゃまるで真の、

「真の天魔が、いるみたいな……」

使

 人の、天魔? 天魔同士の大戦争って……そりゃ、そりゃないだろ、そんなのあっていいわけない。兵一人で、兵器じゃないか!

「いやっ、でも、天魔はいまんところマンタヨハメだけしか出てないんですよね、じゃあそんな、ありえないですよ」

……」

 なんだろう。物凄く物覚えがあるけれど、まー勘違いか!

「──────えっ?」

 急に強化イベントが始まったぞ。

「い、います。悠音寺ユウオンジレドラという……」

!! !! !! !!!」

 激怒。突然の激怒。王は激昂した。レドラという名前を出した瞬間に。俺の師匠は確かに強い、物凄く強い。だけど、だけどそんなに、そんなに怒らなくても、

 いつの間にか知らず知らずに、とてもいけないことをしている。そんな、幼少のから今まで、ずっと付き纏わる嫌な感覚。嫌な空気、嫌な雰囲気。

「ご、ごめ、ごめっ……ごめんなさい」

 や、ごめんなさい、お、僕が悪かったです……

……

「は、はい」

 待て待て……この人は俺の存在を知って、人の天魔が有り得ることを知り、未来のために鍛える結論を出して、俺を呼んだ。ということだよな。俺がバレてから約丸一日。たった一日でここまで考えたのか。

 考えたのもすごいけど、それをやると判断したのも物凄い。

 この王は、バルク王は異常だ。

 異常に未来を読んでいる。

 王はまた、ニヤリと笑った。

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天魔×吸血種の転生者、世界平和の為にシェアハウスをする羽目に スンラ @Sunra

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