第15話 婚約とか早くない? まだ学校行ってないのにさー。
お誕生日会という名目で行われた親族とお付き合い関連のおうちへのお披露目が終わって、わたしの魔法学校入学が一月を切った。
父上と母上、アーロンとマリーそしてアルフォンスを挟んで、父上が持ってきた話を聞いて、
アルフォンスのご機嫌が斜めになっていくのがわかる。
わたしは事の次第を言い出した父上を見上げて、ため息をつく。
というのも、わたしの婚約話が浮上し、ついでにアルフォンスを祖父様付で隣国に連れていくという相談を受けたからだ。
「婚約ですか? 貴族の結婚は政略を含めて、幼い頃に決められるのは承知していましたが……入学前なのに、早くないですか?」
しかしこの婚約に否を唱えたのは母上とアルフォンス。
わたしの両サイドを二人が立って、抱き着かれる。
「ヴァルトレードは、幼いです。わたしの側でいろいろと学んで、立派なレディとしてならわかります! でも、いまから婚約すると、学校卒業したら、すぐさま結婚ではありませんか!! ひどいわ、ヴィルヘルムのバカ!! 嫌い!!」
青みがかった菫色の瞳を涙で潤ませて、父上にそう言い募るのは母上だ。
「魔力第一主義のハイドファルトの次代様はヴァルトレード様以外に誰がなるのですか! 嫁に行かせるとか何をお考えです⁉」
小さな執事アルフォンスも、わたしの腕を両手でつかんでそう言い募る。
「あと、こんなお話を聞いたからには、わたしがヴァルトレード様から離れるとか、ありえませんから! 先代様付は辞退させていただきます!!」
父上は、最愛の嫁である母上から「そんなこというヴィルヘルムなんか嫌い!」とまで言われてかなりショックの模様。
あとアルフォンスよ、先代や当代の意向を汲まないとか、執事としてそれはどうなのか。
この子の場合は、執事として雇ったわけではなく、事情ありの当家預かりの身だからこの発言は赦される範囲で、本人も自覚して発言してる節があるけどね。
で、当人であるわたしですか? わたしとしては、めんどくさいなって気持ちが80%です。
残り20%はやっぱりこの転生した両親祖父母の側がいいけど、にっちもさっちもいかなくなったら、思いっきり魔法でボコって逃走、異世界漫遊記のはじまりって悪くないかも~っていう……。
異世界転生、辺境伯爵令嬢、婚約のあとにくるのは婚約破棄ってお約束じゃないですかー。ヤダー。
「そうでなくても、ヴァルトレードは学校があるから王都に行くのよ? わたしも親なんだから一緒に王都に行きます!」
「え、それはダメ」
父上に即答されて母上は号泣。
まあ、母上も父上の答えはわかってるけど、言うだけ言ってみた感があるなあ。
これは父上が母上にラブラブのあまり、離さない~っていう理由だと城のメイド達の噂話で小耳に挟んだ。
けど、それだけじゃないんだわ。
もし、母上が普通の人だったら、一緒に行く~って言っても許可しただろう。
母上はある意味このハイドファルトの守護女神みたいなものだから。
魔獣討伐する領軍の治療とか、最終防衛ラインの結界とか、そういうお仕事をね、母上が担っているのよ。
なんせ神殿から聖女として是非にと言われたお方ですよ。
『回復』『浄化』『結界』『付与』のオンパレード。神聖魔法保持者。
もし長期不在になったら、近隣の領地にスタンピードが起きかねない危険がぐんと跳ね上がってしまうのだ。
実際、この二人が結婚するまでは、ハイドファルト領地のみならず、近隣領地まで魔獣が大脱走しちゃって、被害甚大だったんだって。
祖父様と父上で抑え込んでいてノイマン王国に漏れ出た魔獣を討伐してるところに、母上が助っ人できてくれて、二人の間に愛が芽生えたとか。
ある意味、政略というよりも、めっちゃ職場恋愛。
貴族=政略結婚の中では珍しいよね。
城下町では紙芝居とか人形劇とかでも、両親の恋物語が演目にあったりして「へーそういう馴れ初めなんだー」ってわかって面白かったけど。
「それで、相手を決めてきたのはどなたです? 誰がこのお話を勧めてきました? ご当主夫妻や先代様でもありませんよね?」
アルフォンスが父上に尋ねる。
「ユージン様だ」
「なんで、その方がこのお話を持ってくるのです? 当主でも先代でもないのに!」
「今、先代が不在の業務を彼が代行している。その兼ね合いでいろいろあってな」
父上の言葉にアルフォンスにしては珍しく感情を露わにしてむくれている。
珍しいな。この子がこんなに感情的になるなんて。
子供らしくて可愛いけどさ。
機嫌を直してよー。
わたしが普段通りにアルフォンスのふわサラな銀髪をよしよしと撫でまわしてるからか、ほんの少し嬉しそうにわたしを見上げて、ちょっとだけ眉をしかめた。
「なんでそんなに他人事なんですかヴァルトレード様」
「うーん。婚約とか言われてもピンと来なくて……相手も知らないし」
わたしがそう言うと、アルフォンスはうんうんと頷いて、ほらみろと父上に視線を向ける。
「相手はアッシュクロフト公爵家のノアベルト様だ」
「誰です?」
どこかで聞いたことあるけど、覚えてないわ。
貴族の子女にあるまじきなんだけど、ハイドフェルトの傍系だって多くて覚えきれないのよ。
わたしがアルフォンスに尋ねると、アルフォンスは可愛く笑う。
「ヴァルトレード様のお誕生日会に出席された方です。ハウゼンベルク公爵家のガブリエーレ様とご一緒でした」
「あ~はいはい。思い出しました」
わたしがそう言うと、父上はがっくりと肩を落とす。
「そんなに興味もないのか……」
いやーだって王族傍系なんて、雲の上のお方だよね。
いくら辺境伯爵家の娘でしたーって言っても、釣り合わなくない?
「てっきりガブリエーレ様の婚約者かと思ってました」
「ハウゼンブルグ家のガブリエーレ様は王太子様の婚約に内定されている」
おお、未来の王太子妃でしたか。
まあお血筋的にそうだよね。
「アッシュクロフトのノアベルト公子は次男だからって話で、ハイドファルト家ににどうかって叔父であるユージン様から言われたんだよ」
公爵家であろうと次男ともなると、婿になるのか、後継ぎにならずとも伯爵位ぐらい貰って、お家立てるってことではないのかな?
「ユージン様ねえ……」
「叔父は傍系を束ねる立場にもあるから」
祖父にそっくりだけど、もの静かな印象で、こういう話を持ってくる人に見えなかったんだけど、なるほど、そういう役割もあって、この城に時折姿を見せるんだね。
いつぞやのなんとか子爵みたいな人を取り押さえたりしたりもするわけか。
「先方から是非にというわけではありませんよね? アッシュクロフト公爵家なら他に候補もあるのでは?」
「まあ、うちの親戚縁者が騒がしいだけだと叔父は言っていたな」
わたしは頷いて母上を宥めすかすように言ってみる。
「先方は公爵家、縁戚を結びたい家は数多あるでしょう。煩い親戚を黙らす手前、大叔父様もダメ元で大きなお家の名前をあげてもってきたお話でしょうし、絶対に、先方の方から断る―――」
「先方、大乗り気だ」
わたしの発言に父上は被せてきた。
それを聞いた母上がまたぶわあっと目に涙を浮かべ始める。
「なんで?」
アルフォンスがわたしの顔を覗き込む。
「当たり前ですよ、ヴァルトレード様ですよ? 大乗り気に決まってます。ノイマンの王族だって、隣国の高位貴族や王族だって是非にと言ってくるに決まってます」
何を根拠にそんな断言できるの?
「10歳で行われた『黒き聖域の森』で魔獣の討伐の試練から、年々討伐の成果をあげているヴァルトレード様の魔力は、一騎当千の戦力に他ならないからです。最近では結界と付与もクリスティーネ様からの教育と、あとご自身の魔力で通常より上の魔法陣の構築も可能ではありませんか」
アルフフォンスの言うように、『浄化』とか『治癒』はイマイチなんだけど『結界』と『付与』は、母上が教え上手ってこともあって、魔力のごり押しで結構形になってきている。
「そんな魔法使いなら誰だって欲しがるんです! ご自覚下さい!」
いやだよ~この天使ちゃんたら、過剰評価なんだから~。
そんな魔法の国に転生お約束の、「オレやっちゃいました?」なんてできるはずないでしょうよ。
魔法使いとしての比較対象が祖父母と両親で、家柄の肩書がくっついてるだけで、わたし自身の魔法の実力はそうでもない……はず。
なんて思っていたらアルフォンスは深々と、ため息をつく。
「クリスティーネ様の防御結界があるから、この城は無理でも、他所の領地の城だったら、半壊できるのでは?」
「いや、ヴァルトレードなら全壊まで30秒だろ」
父上が言う。
「火魔法も使えそうだってヴァルトレードが言うものだから、試しに行使させてみたら、いきなり爆炎魔法インフェルノを繰り出した。食用になるはずだった魔獣が全部丸焦げになったのは記憶に新しい」
あらー……やっちゃってました……?
とはえ、あの時は父上の許可があったから、やってみたかったの。
火魔法、使えるなら使ってみたいよね、夢があるよね?
森の向こうの山にぶち当たるまで魔法が広がるなんて思わなかったんだもん。
「『黒き聖域の森』からの魔獣が大人しくなったのはいいけど、二週間ほど薬草系の採取が減った」
「ごめんなさい……」
やっちゃってましたー。
「充分な戦力です『黒き聖域の森』だから植物の再生が早いだけで、通常ならば焼野原ですからね! ダメです!」
「そっかあー。じゃあアルフォンスが大人になったら、お婿さんにきてよー」
よしよしと小さな執事のふわサラの髪をなでながら言ってみる。
そしたら、いつも大人ぶってる天使ちゃんが真っ赤な顔をしたのだった。
何その反応、可愛いんですけど。
いや、大きくなったら、イケメン度が神ってるのはわかってるけど、いつまでも小さいままのアルフォンスでいてー!
このなでなでしたい可愛さは貴重。
「まあ、それもいいわねえ」
母上がようやく笑顔を浮かべてそう呟く。
我が、ハイドファルト家の姫君のご機嫌もなおったことだし、この話は終わりとばかりにわたしがぱんぱんと手を叩く。
「ではこのお話は保留ということで」
「ヴァルトレードは本当に、誰に似たのか……」
父上のため息に母上はわたしの手を取って微笑んで言う。
「あら、こういうちゃっかりしてるところは、ヴィルヘルムに似たに決まってるわ」
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本日で連投終了です。
更新ゆっくりになります。すみません。m(__)m。
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