第16話 ワープポータル
魔法学校に入学する為、王都のタウンハウスに移動した。
馬車で移動かと思いきや、このハイドファルト城前庭の一角にワープポータルがあるのよ! これが王都のタウンハウスの前庭に直結してる。
母上も会おうと思えばすぐ会えるじゃないですかー、ヤダー。
でも、母上忙しいからね、何かあれば『黒き聖域の森』の封印作業とかに行かないといけないお人だから、領軍の討伐部隊よりもあそこへ足を運んでるからな……。
「母上、何もあんなに泣かなくても大丈夫じゃないですか、すぐですよ、すぐ」
「わたしは、ヴァルトレードと毎日一緒にいたいの!」
これだよ。どっちが母親でどっちが娘なのかわからない。
でも綺麗で若いお母さんにそう言われるのは嬉しい。わたし、女子だけど嬉しいよ。何べん生まれ変わっても、お母さんはやっぱり違うよね。
「マルガレーテ、頼んだぞ」
祖父様も一時帰国してて、わたしと一緒に行く祖母様にお声をかける。
子供一人、王都へ向かわせることはない。
今回のわたしの王都行きに同行してくださるのは祖母様だ。
そして、このワープポータル作成者、誰あろう、この祖母、マルガレーテ・リーリエ・フォン・ハイドファルト様なのである。
さあ、ここでお見送り、「いってらっしゃーいヴァルちゃん」になるはずだったのだが、先に移動していた執事のアーロンが、戻ってきて、祖父様に耳打ちする。
「またか」
何があった?
祖母様も溜息をつく。
「ユージンの勧めで管理を任せてるが、アレはダメだ」
何? なんなの?
アーロンと一緒にワープポータルから戻って来た、アルフォンスがわたしの側につく。
「何があったの? アルフォンス」
「とんでもないですね、あの男は」
タウンハウスの管理をしているベーレント卿の差配した使用人達が、今回、わたしに随行するハイドファルト本家の使用人に対してストライキを起こしてるとか。
しかもベーレント卿本人がタウンハウスにいて我が物顔で振る舞っているとか。
爵位持ちの貴族家当主がその場にいれば、本家執事とはいえ、使用人だからねアーロンが一時撤退、祖父様にご報告に戻ったと。
ベーレント卿――……あれですよ、母上に会わせろとか勝手にこの本城に乗り込んで、わたしの魔法でつぶされた男ですよ。ちなみに、誕生日会にアウェーにも関わらず、我が物顔で振る舞っていた娘の父親。
うーん。あの時、プチッと物理で潰しておけばよかったかな?
祖父様が、ワープポータルを使って行ってしまった。
ええ~ちょっと祖父様、この後また外交の予定だってアルフォンスから聞いてるのに、行動が早い。
「じゃあ、母上、すぐに戻ってきますからね、結界のお仕事さぼっちゃダメですよ!」
若くて綺麗な母上様に元気よく手を振って、アルフォンスと一緒にワープポータルに乗ると、見たことのないお庭の一角が現れた。
まじでワープポータル一瞬だな。
「他所の領地だと座標が確定しないから、設置はできないとのことですが、マルガレータ様の空間魔法は素晴らしいです」
へー座標指示しないとダメなんだ。
そっか~だからわたしが孤児院からハイドファルトに戻る時は、馬車旅だったわけね。
このワープポータルの設置規定もいろいろあるらしい。
王都も街中での魔法行使はご法度なんだって。
ちょっと不便……。
王都は人口が多いし、魔法を使えない庶民も多いっていうのが理由だからなんだけど。豪華な馬車で移動するのって、どうなの? 権威付けなの? それとも仕事の数を増やしておこうって考えなのかな?
「祖父様はどこ行ったかな……」
わたしがそう呟くと、タウンハウスの玄関から、どこかで見たことのある男がそそくさと逃げるように出ていく姿を目撃した。
それを追うように、お仕着せを着たメイドやら、執事やら下男が出ていく様子も見える。
「先代様の一喝で、のさばっていた連中が出て行ったようですね」
アルフォンスが呟く。
……なんかあれみたい。
祖父さまという名の強力○ルサンで、害虫が家から出ていく感じか……。
「なーんであの男がタウンハウス管理なんかしてんのかな?」
「ユージン様のお引き立てだそうですよ」
祖父様そっくりの大叔父様……。
祖父様よりも物静かで穏やかそうな感じなんだけど、人を見る目がないのか?
「わざとでしょうね」
アルフォンスが呟く。
「なんでも、先代様とユージン様はハイドファルト当主の座を巡って、後継者争いが熾烈だったとのことですよ」
「そうなの?」
「ヴァルトレード様は別にいいと仰ってましたけど、調べました」
「アルフォンス有能~! 可愛い~!」
わたしはアルフォンスのふわサラな銀髪をよしよしする。
「じゃあ、ユージン大叔父様は、未だハイドファルト当主になりたがってるのね」
わたしの言葉にアルフォンスはその琥珀の大きな瞳をぱちぱちと瞬かせる。
「縁戚を束ねるといっても、自分に忠誠をつくす縁戚で固めているんじゃないの? そして多分、生まれたてのわたしが乳母にかどわかされたのも、一枚噛んでるんじゃないのかな?」
「ご存知だったんですか?」
だってなんとなーくそうかなーって。
証拠がないから憶測にすぎないけど、ああいうタイプって証拠を残さないよね。
でも、使ってるのがあの子爵でしょ? そのうちボロが出ると思うけど。
なんでアレを使うのかわからんが。
「なーんか、学校行ってられない気がしてきたな……」
そう呟いてアルフォンスを見る。
「ダメですよ、お勉強をさぼりたいだけでは?」
ちっちゃい子に窘められてしまった。はは。
「アルフォンスの言う通りです」
背後から声がしてびくうっと背筋を伸ばす。
祖母様だ。
「ヴァルトレードは、確かにハイドファルトの娘、魔法についてはなんら問題もなく、ヴィルフリートやヴィルヘルムの後継に相応しいですが、貴族の令嬢であるということを、最近忘れてると思うのですよ」
ええ~。
「誕生日会の時などは、本当にドキドキしてしまいました。いつかボロがでるんじゃないかと」
え~ちゃんとそつなくこなしたじゃないですか~。
「その場その場で取り繕うことが問題だと言ってるのですよ」
「貴族って本音と建て前使い分けてるじゃないですか」
「この機会にその建前を磨きましょうということです」
……祖母様……もしかして……アーロンやアルフォンスよりもスパルタなのか⁉
「魔法だよりではなく、口先三寸で、あの小物を追い出す術を身につけなさいということですよ」
物理で追い出した方がいいんじゃないでしょうかね。
「その魔法バカのところをなんとかしないと……三代続いて魔法バカなんて……」
あ、祖母様、今さりげなく父上と祖父様をディスりましたね⁉
けど、これ、チクっても、祖父様も父上も、多分祖母様には敵わない気がする。
そういうところを学べということなのか……?
アルフォンスはわたしを見上げてニッコリ笑う。
「そういうことではなく、大奥様は、ヴァルトレード様をちゃんとしたレディにしたいと思っておられるのですよ」
こわ!
キミ、今わたしの心を読んだ? ねえ? 読んだ!?
「でも、このアルフォンスは心配などしておりません。ヴァルトレード様は、素敵なレディになると確信しております」
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