第11話 お姫様レッスンだって受けてるんだよ。



 わたしがハイドファルト家に戻って2年――。

 近々わたしの誕生日が行われる。

 去年はわたしが貴族の娘になるように(いや、娘なんだけどね、なんていうかね、いろいろ足りない部分を補強する為)かなり詰め詰めの勉強に必死で、誕生日会をしようと言われても、わたしが断っていた。

 が、今年は絶対に行うとのことだ。

 というのも、ハイドファル辺境伯爵家――、その一族に対してのお披露目の場を設けなければならない。

 これは個人の気分感情どうこうではなく、家としての体面で必要なのだ。

 あと、来年、わたしは王都の魔法学校に入学する。

 ……魔法学校ですよ。

 わたしも一瞬、魔法学校!? ホ〇ワーツキター! とか思ったんだけど、これはそうじゃないんだよね。

 魔法学校って、要は貴族の子女が、社交デビュー前にいろいろと事前準備をするのにも必要な教育機関らしいの。

 魔力ある者はここに集い、自らの魔力の理解や他家とのかかわりを深めるらしいのよ。

 魔法教育機関および、プレ社交界っていうのが説明を受けたわたしの印象だ。

 で、その入学前に、ハイドファルト家としては「当主の娘が来年学校通うから、一族のみんなよろしくね」な、お披露目は必要らしい。

 あと大きい家だと直系傍系の人数が多いから、次代の一族を支える人材を確認する為、それぞれの子供を引き合わせる機会になるとか。

 また貴族家の規模にもよるけれど、他家との交流、社交の側面もあるから、かなり大々的なパーティーわけよ。


「もう少し、私の身長があれば、ヴァルトレード様のパートナー役を不足なくこなせましたのに、残念なことです」


 小さな執事のため息に、わたしは苦笑する。


「そうか、わたしはアルフォンスに指摘されるほどに、下手ということだね」


 アルフォンスは首を横に振って、寂しそうに微笑む。


「アルフォンス」


 わたしはアルフォンスの手を取る。

 マリーが弾くバイオリンの曲調に合わせて小さな執事と一曲踊る。

 アルフォンスは嬉しそうだ。

 そうそう、そんな可愛くて無邪気な笑顔が見たかったのよ。


「どうだった? わたし、踵の高い靴を履いて踊っても、ぐらついてなかった?」

「完璧です。ヴァルトレード様」

「よかった」


 膝に乗せたい可愛さとはこういうことだよ。

 孤児院にいた動きが無軌道、通話困難の幼児に比べると、ほんとうによしよししたい可愛さよ。


「まあ、言葉遣いは張りぼてだけど、公式の場ではそれなりになったし、問題なさそうよね」

「はい。ヴァルトレード様はそういった使い分けがお上手なのはお傍に仕えてしばらくするとわかりました」

「ボロがでてない?」

「はい」

「アルフォンスみたいに、誰にでも変わらずにっていうのは、わたしには少し難しかったのよ。環境が作り上げるものだから」

「お気をつけください。同じ年や少し年上の親族は、ヴァルトレード様を歓迎しているとは言い難いと思われます」



 アルフォンスの言葉は正しかった。

 わたしも予想はしていた。

 わたしの誕生祝を名目としたこのパーティーにも関わらず、縁戚からの冷たい視線。

 にこやかな笑顔に騙されちゃいけない。

 アルフォンスが今回の出席者――縁戚のうちで、わたしを良く想わない人物の資料を作ってくれた。

 当主の娘が十年ぶりに見つかって、来年は魔法学校入学(プチ社交界デビュー)になる。その事態にもろ手を挙げて大歓迎なのは、この領地の領民や、先代、現当主の信奉者――だけだ。

 ノイマン王国の治外法権、特別自治区ともいえるハイドファルト辺境領。

 先代の時代も当代の時代も、その地位に腰を据えたい者は多いはず。

 ましてや、その当代の子供が誘拐行方不明になったのだから、うちの子を養子に! なーんて話だってかなりあったに違いない。

 。

 十年ぶりに見つかった、魔力血統判定で確認されたハイドファルト家の一人娘。

 十二歳の子供を、その座から引きずり落として自分の子供に挿げ替えたいとか思う者もいるはず。

 まるで――王家の継承権抗争に等しい状態じゃない。

 純粋にお父さんお母さん、おじいさん、おばあさんと一緒にすくすく育って~なんて状況は夢のまた夢だ。

 マリーをはじめ、侍女達にそれらしい衣装を身に着けたわたしは溜息をつく。


「気が進まないな」

「それでも、お味方を作る機会でもございます。ヴァルトレード様。共に、この領地を守護しノイマン王国を守護する次代のハイドファルト家に忠誠をつくす人材を見つけなければ」


 それはそう。

 気が進まないけれど、こういう立場に転生しちゃったら、やっぱやることやらないと。

 わたしはじっとアルフォンスを見つめる。

 この子の行方をずっと探している状態ならば、親元に戻せるかもしれない。

 なんといっても七歳。まだまだ甘えたい盛りだ。

 この子を保護していると知って、泣いて喜んでくれるなら、ちょっと寂しくなるけど、親元に帰すのが一番だと思う。

 でも――この子をあの『黒き聖域の森』に故意に捨て置いた場合は?

 当然、それ相当のお仕置きが必要よね。


「どうかされましたか? ヴァルトレード様」

「何が?」

「いえ、ご機嫌が直ったようで何よりですが」

「わかる?」

「はい」

「アルフォンスの言うように、人材探しは必要だと思っただけよ」


 この子の家を探しだすのに、必要な情報はこのパーティーにある。

 祖父も父も、アルフォンスの生家に関してはわたしにも言わない。

 尋ねたこともあるけれど、教えてくれなかった。

 娘であるわたしにも口に出せない相手か……もしくは、耳を汚したくない相手か。

 さあ、どっちだろう。


「ヴァルトレード様、お仕度整いましたら、広間の方へ」


 侍女の一人が護衛騎士の取次をしてわたしに伝える。

 このハイドファルト城の内部はもう覚えたし、魔法制御も難なくこなせるようにもなった。だから護衛は必要ないんだけど、立場的には必要なんだろうな~なんて思いながら立ち上がる。


「会場には入ることは叶いませんが、入り口までお供します」


 アルフォンスがわたしに手を差し伸べる。


「十歳以下は出席禁止とかさあ、なんとかならないものかしらね」

「まあ……やりようによってはできないこともございませんが」


 アルフォンスの言葉にわたしは小さな執事を見下ろす。

 小さな執事はその金色にも見える琥珀の瞳をわたしにむける。


「え、傍にいてくれるならいて欲しいよ。心細いんだよ」

「魔獣討伐を平気でされるのに、心細いとか、ヴァルトレード様はおかしなことを仰いますね」

「だって、ストッパーは大事よ? わたしが暴走したら誰が止めるの?」

「……ご自身をご理解されているようで何よりです……」


 腹黒い会話でやりとりするの苦手なんだよ~。

 すぐに手が出たり魔法が出たりしちゃいそう。

 この小さい天使ちゃんがいたら、堪えられそうな感じなのよね。

 しかし、わたしの手を引いてエスコートする小さな執事は、その幼い顔に似つかわしくない表情で苦笑を浮かべる。


「承知いたしました。ヴァルトレード様のご不安を取り除く為、このアルフォンスがなんとか致しましょう」



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