第10話 母上(姫)に近づくならば、このわたしの屍をこえてゆけ。



わたしがハイドヴァルト家に戻ってから半年経ち、月に二回ほど、『黒き聖域の森』にて魔獣討伐の遠征を行うことに慣れていた。

危険といえば危険だし、魔獣が怖いと言えば怖いんだけど、魔法を行使しての討伐は異世界転生オレツエ―な全能感がすごくてクセになる。

堂々と厨二チックな詠唱を唱えても、ドン引く人はいないし、同行してる領軍の遠征部隊はむしろ「ヤッチマイナ―」な感じ。

魔法ぶっ放し放題は、一種のストレス解消だったりする。

異世界のことを知るのはいい。

お勉強はする。

特にこのハイドファルト領の地理や歴史なんかは好き。

『黒き聖域の森』に生息する魔獣とか、あと植物関連に関しても討伐には必要だし、ハイドファルト領における行政や、経済や文化風習も興味深い。

じゃあストレスって何があるのさーって言われると、まあ、あるよね。

前世も今世に生まれてからも、ド庶民だったわたしがお貴族様生活とかさ。

ストレスはそういったダンスやお行儀作法なんかのレッスンですよ。

そして執事のアーロンや侍女のマリー……そしてアルフォンスは、こういった行儀作法には厳しい。



「ヴァルトレード様が男の子だったらと思うことがあります」


アーロンが呟く。

ごめんなさいねー前世も今世も口の悪い女子です。


「ヴァルトレード様はとても勉強熱心ですよ。それに、魔法はすごいです。四属性魔法のうち三属性もほぼ習得して、闇属性もお持ちです」


執事服をぴしっと着こなしたアルフォンスに言われると、嬉しい。

よしよししたくなる。

おひざに乗るかい? いまならこのクッキーをあげよう。

そんな和やかな勉強タイムの時に、来客がきたとのこと。


「ヴァルトレード様も、クリスティーネ様とご一緒の方がよろしいかと」


取次にきた侍女がそう告げる。

ちなみにクリスティーネ様とは今世の母上様です。


「ヴァルトルート様もご一緒にとはどういったことです?」

「来客はベーレント子爵ですから」


ベーレント子爵と聞いて、アーロンもマリーも眉間にしわを寄せた。

誰よそれ。


「あの方は……ハイドファルト家一族の王都のタウンハウス管理とかも統括してるというのに、わざわざこのハイドファルト領にまで……」

「普段は王都にいるくせに、旦那様がいないのを狙ったかのように! まったく油断も隙もない! アーロン様。王都と違って魔法自由行使可のこのハイドファルト城ならば奥方様はヴァルトレート様とご一緒の方が安全ですよ!」

マリーがわなわなと震えている。

「どういうこと?」

わたしが尋ねると、マリーがグっと拳を握り締めて断言した。

「このハイドファルト家の当主の座をつけ狙う小うるさいハエです」


ふんとマリーの鼻息が荒い。


「ハイドファルト家の当主の座を狙うとか、穏やかじゃないね」

「おまけに好色で、クリスティーナ様に懸想してるんです!」


母上に懸想!?

確かに母上は美人だからな――……。

なにしろ、ノイマン王国の先王の妹の娘で、王都神殿では『聖女』として迎えたいと言われたぐらいの『回復』『浄化』『結界』『付与』の神聖魔法の持ち主。白い肌にバラ色の頬、王家特有のプラチナブロンドに青みがかった菫色の瞳。

結婚して翌年わたしを産んでるにもかかわらず、容色が衰えるような影は見えず、いまだ王都社交界では『ノイマンの麗しの薔薇』と称えられているらしい。(←これアーロン情報)

実際、一度家族そろってハイドファルト領内の視察に行った時も、そこの街や村が母上の姿を一目見ようと、領民がわっさわっさと押しかけて、なんの凱旋式よって感じのパレード状態。

しかも「ようこそ、クリスティーネ様」の歓迎垂れ幕がそこかしこにかかる……もちろん教会も例外ではない。ていうか、教会が歓迎垂れ幕かけるとか、ありえないぐらいの歓迎ぶり。

……ハイドファルトの姫君って、わたしじゃなくて、実質、母上では?

母上に似てたら多分孤児院から王都神殿に行って聖女ルートとかあったんじゃないかなーって思うわ。


「ハイドファルトの姫君のピンチならば、このわたしが参じねば、ですね」


今、祖父様と父上は『黒き聖域の森』を挟んだ隣国に外交出張中なのだ。


「ヴァルトレード様が姫様では?」


わたしの言葉にアルフォンスがツッコミを入れる。


「わたしは確かに娘だけど、姫って柄ではないでしょ。マリー、領軍の制服に着替えます」


「ドレスではなく⁉ 領軍の制服!?」


アーロンがぎょっとしたように尋ねるけれど、アルフォンスがわたしの意思を汲み取ってそそくさと制服とケーンを用意してマリーに渡す。

マリーはえいえいとアーロンの背を押し、アルフォンスはアーロンの手を引いてドアへと向かう。

マリーに手伝ってもらい素早く着替えを済ませて、ケーンを手に廊下を歩く。

そんなわたしの後ろを小さな執事が付き従う。


「コバエなんでしょ? 追い出していいのよね? あと、お城壊しちゃったら、ごめんね。衛兵に確認して、母上はまだその何とか子爵と接触してないでしょうね? 会わせなくていいわ。わたしが対応します」


衛兵にそう伝えるけれど、その招かねざる客がいる応接室の前で母上付きの侍女と従者と近衛がドアの前に立っていた。

応接室から声が聞こえる。


「失礼だな! 大事な話があると言っているだろう! クリスティーネ様に早く取り次げ!」


どうやら来客である何とか卿が母上を呼んで来いと煩いらしい。

でもそんなこと言われたからってほいほい言うこと聞く使用人はいないようだ。

さすが辺境伯爵家、家臣も危機管理はできているね。


「アルフォンス」

「はい、ヴァルトレード様」

「来客が当主や奥方を早く呼んでこいとか、できるわけ?」

「爵位が上であれば可能ですが、通常はありえませんね」


わたしとアルフォンスの会話に気が付いて、対応していた侍女や従者、近衛がわたしとアルフォンスの方へ視線を向けて、困惑している様子だ。


「それで今回の来客は? 爵位は上なの? 子爵と聞いたけど」

「はい子爵と伺っております。人払いをさせるほどに大事な話をご当主ではなく奥方にされるとは。さして親しいわけでもないようですが。そもそも、この男を通したのは誰なのです?」


可愛い顔して厳しいお言葉のアルフォンス。

小さな執事……従僕見習いと見てもまだ幼い。

着ている服が執事の服で、それがまたギャップがあって可愛く見える。

わたしとアルフォンスの会話にドア前にいる使用人達がぎょっとして視線を向けた。

このハイドファルト城に勤め仕える使用人、メイドや従僕執事、近衛下男下女に至るまで、最初こそ、本当に実の娘かと疑う者もいた。

今現在も若干名いるのは知っている。

だがしかし、魔力なければ統治できず――の一族だ。

『黒き聖域の森』で討伐をしている事実は、領軍に所属している者から伝えられて、今やこの城だけではなく城下町でも、知らない者はいない。

先代様と当代様に統治するに相応しい見込みありと言われた次代様――これがわたしの今の立ち位置だ。

このハイドファルトに、両親の元に戻ってから、祖父母や両親によしよしと溺愛されているだけではないと、もう誰もが認識している。


「母上が姿を見せないということは、彼を客とみなしていないということだ。勝手に上がり込んでいるのならば叩き出せ」


慣れって恐ろしい。

ついうっかり『黒き聖域の森』討伐遠征のノリで偉そうに指示を出してしまった。

この上から目線の指示出しとかは……わたしのド庶民っぽさを払拭させようと父上か祖父が考えたに違いない。

わたしの存在を疑い小馬鹿にしていた使用人の態度も改めることができる。


わたしの声が聞えたのか、応接で偉そうに母上を呼び出せと喚いていた男が姿を現す。


「おい! 誰だ! 叩き出せだと!?」

来客? の子爵が偉そうに、応接の部屋から出てきて、わたしを見る。

「どこの見習い従者だ⁉」


わたしとアルフォンスを見て、男が近づく。

アルフォンスがわたしの前をすっと進み出る。


「この方に近づくな」

「はあ⁉ 領軍の見習い兵だろうが! だいたいどこの子供だ!!」


男が一歩踏み出そうとしたその床に魔法陣が浮かび上がった。

厨二チックな詠唱も使わず、無詠唱で穴をあける。

その穴に嵌り、男は思いっきり床に転んだ。


「わ、わしを誰だと思っている!」


アルフォンスは男の前に立ち言い放つ。


「先触れも出さずに、奥方様を連れてこいなどと喚く無礼者では? ベーレント卿とか言いましたね。『ノイマンの麗しの薔薇』である奥方様に会いたくば手順を踏むように」


見た目が幼児なのに、この発言よ。

わたしの「叩き出せ」もたいがいだけど、アルフォンスなんかわたしよりも五歳も下でこの発言。

その堂に入ってる感じは、執事っていうより、小さな王子様じゃないか。


「お前か! どこからともなく現れて、ハイドファルト家の娘などと騙しているガキは!!」


……アルフォンスを女の子だと思ってるのか……。

確かにアルフォンスはどこからどう見ても可愛いけど、女の子じゃないよ、男の子だよ。

ちゃんと執事服着てるじゃない。


「クリスティーネ様があまりにも不憫でならない! 当主と先代がどこからともなく子供を連れてきたことは知っているぞ! だいたいずうずうしい! どこの馬の骨ともわからん孤児が! 出ていけ! わしの娘をクリスティーネ様のお傍につけて、娘と一緒にあのお方の無聊をお慰めするのだ!」


唾を吐き散らしながら怒鳴る姿は、貴族の品格とか無縁では?


「必要ない」


幼児なのに、氷のように冷ややかな声。

それは、目の前の男だけではなく、棒立ちになる使用人達に対しても、充分な威圧がかけられていた。


「すでにハイドファルトの姫君はいる。控えろ。この方が、ヴァルトレード・ローザ・フォン・ハイドファルト様だ」


男の視線がようやくアルフォンスからわたしに移る。

前世の時代劇の名セリフみたいだなあと思いながら、無詠唱で、目の前の男に重力魔法グラビティ・プレスをかけた。

カエルのように男はグエっと声をあげる。

アルフォンスが時代劇のお約束のセリフを言うもんだからわたしも言ってみた。


「母上に会いたいならば、わたしの屍を越えてゆく覚悟でくるがいい」


剣のように杖を構えると、使用人の奥から声がした。


「これはどういった騒ぎだ」


一瞬おじい様が帰ってきた! そう思った。

声が似ていた。

廊下の奥の方から近衛に囲まれてこちらに進んでくる中央にいるのは……おじい様そっくりの人がいる。

髪と瞳の色は違うけど。

わたしと魔法で這いつくばった男に交互に視線を向ける。

従者らしい男がおじい様そっくりの男に耳打ちする。


「すまなかったな……ヴァルトレード嬢。わしのことはユージンと呼んでくれ。其方の祖父の弟だ」


うん、血縁関係なのはわかる。

髪と瞳の色を覗いて顔の造作がそっくり。

骨格が似てるから声も似てるんだな。

おじい様の弟ということは、わたしにとって大叔父にあたるってことか。


「其方の魔法で這いつくばってるのはわしの義理の息子なのだ。容赦してくれまいか」


えー……やだなー。

解放したら口うるさそう。

ハイドファルト家のDNA仕事してないなーって思ったけど娘婿ならそうなんだろうな。

高位貴族特有の膨大な魔力も感じないし、元は下位貴族の子弟ってところか。

そこは納得なんだけど納得できないのは、わたしの大叔父の娘、おじい様の姪と結婚しておいて、母上に懸想してるというのはどういうことよ?

それをこの大叔父は知っていて黙認してるってことなの?

怪しくね⁉


「ご用件は?」


「いや、近くによったまで、挨拶に出向いただけ。そこにコレが粗相をしていると聞いてな連れ戻しにきたところだ」


「そうですか」


グラビティ・プレスを解除すると、這いつくばっていた男は大叔父に何か進言しようとするが、大叔父の一睨みで口を閉じる。

おじい様と顔はそっくりだけど、おじい様よりも静かで穏やかな感じな人なのに、何も言わさないところは、まあ似てるよね。

大叔父の無言の視線の指示で、護衛はわたしの魔法で床に這いつくばっていた男を二人がかりで玄関の方へと連れ去っていった。

ユージンと名乗った大叔父はその様子を見送って、改めてわたしの方へ向き直る。


「最初の挨拶がこれでは、大姪に嫌われてしまいそうだから、正式な挨拶はまた日を改めるとしよう」


「来訪された旨、父と祖父にお伝えしておきます」


わたしがそう言うと、人の好さそうなにこやかなに笑顔を浮かべてハイドファルト城の玄関へと歩いて行った。

祖父が体育会系なら大叔父は文科系って感じだ。


「ヴァルトレード様、恐れ入りますが、床の修繕を」


アルフォンスの言葉にはいはいと頷いて、魔法で削った床の修繕を魔法で施す。

相手の出方によってはもっと派手に魔法をぶちかますつもりだったので、タイル一つ分ならば被害は少ない。

精巧な魔法制御の練習と思えば別に苦でもなかった。

床に視線を落とし、魔力を巡らせて、タイルの修繕をしながら考え込む。


「ヴァルトレード様?」

「あの人、何しに来たのかな?」


わたしがそう呟くと、アルフォンスは考え込む。


「お調べしましょうか?」


琥珀色の瞳がわたしを映す。

五歳の幼い顔なのに、その琥珀の瞳が一瞬黄金色に輝いて、大人びて見えた。


「いや、いいよ。今は」

「さようでございますか」


修復したタイルを見つめてるアルフォンスの頭を、よしよしとわたしは撫でた。



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