第9話 異世界、幼児が苦労してるって、どうかしてる。



「アルフォンス。一緒にいろいろと学びましょう」


 わたしがそう言うと、五歳らしからぬ大人びた笑顔を見せた。

 やべーもしかして、この子めっちゃ苦労してる?


「今日はね、この後、アーロンから魔法の初歩を教えてもらうの。講義の最後は触媒を選ぶんですって、アルフォンスは魔法使えるの? アーロンは使えるの」

「私は魔法を使えないのです」


 嘘やろ。魔力量結構あるでしょ。

 即、内心否定したが、ふと思い至る。

 そうか、魔力血統判定石――。

 うちで預かってるのを他所に知らせない為に、魔法を使わずにいるのかも。


「そうなのね……」

「ヴァルトレード様は、魔力が使えないと私を蔑まないのですね」


 いやー魔力量、その年で普通じゃないのわかるよ?


「誰かにそんなことを言われたことがあるの? ここの者?」

「いえ、違います」

「魔力があっても、魔法が使えるって感覚的にわかっていても、使用しないのはわかるよ」


 琥珀色の瞳でじっとわたしを見つめる。

 可愛いなあ。お人形みたい。


「孤児院でそんな魔法使ったら、どうなるかわからなかったからね」

「孤児院ですか?」

「表向き、生まれてから病弱だった城から出ることも行事に参加することもない当主の娘ってなってるけれど、実際は赤子の時に、乳母に連れさらわれ、運よく孤児院に捨て置かれたの」

「運よく?」


 運よくだよ。

 キミは多分『黒き聖域の森』に捨て置かれそうになったんでしょうに。

 それに比べるとわたしなんか全然ぬるいから。

 ……うん? まって、この子そこから生還してこうやって保護されてるってことは、この子の方がめっちゃ運がよくない?


「アルフォンスも運がいいよね?」


 わたしがそう言うと、この小さなお人形さんみたいな子は微笑む。


「はい。ヴァルトレード様にお仕えできるのは、幸運以外の何物でもございません」


 サラっと言ったよ社交辞令!

 この齢五歳で!

 もうね、ここまでくると、キミ、人生何週目? とか尋ねたくなるね。

 でもそれ聞いて「ループしてます」なんて答えがきたら、どうしよう。

 ま、考えても仕方がない。

 魔法のお勉強に集中しよう。

 うん。わたしは何も詮索しない。

 しない方がいい。

 気になるけど。

 ここはせっかくの異世界転生なんだし、魔法をエンジョイする方向に舵をきろう。

 そうしよう。

 わたしは執事のアーロンに視線を向けて前回の討伐で使った魔法についての報告とその属性についての復習。

 とはいうものの、傍にいる五歳児が気になる~。

 大丈夫? つまんなくない?

 ときおり視線が合うと、アルフォンスはにっこりと笑う。

 部屋の中に天使がいるわ。


「たいへんお上手にできてましたよ。ヴァルトレード様」

「ほんとに?」


 注意力散漫でもうしわけなかったが、復習だったので合格点なのかな?


「はい。ではお嬢様お待ちかねの触媒のカタログでございます。先日クリスティーネ様より触媒を贈られてましたが、今日は触媒の種類もいろいろございますから、参考までに」


 やったー。

 カタログといっても、ペラのプリントみたいなもんだけど、絵がついて、解説が横についてるだけでテンションあがる~。


「アルフォンスも一緒に見よう」

「はい」


 やだ、素直~可愛い~。

 魔法の勉強とかは一緒にできなくても、カタログ見るぐらいなら一緒に見てもいいよね。

 だってこの子まだ五歳だよ?

 今世の五歳児はもっと、あれよ、なんていうか……こんなに大人びてない。


「触媒って、いろいろあるんだね。スタッフ、ワンド、ステッキに、ロッド、メイス、トーン……前回の討伐に、母上からはトーンを頂いたの」


「はい、それに乗って空からヴァルトレード様が私の前に降りた時は、天の御使いかと思いました」


 ……見た目天使の容姿を持つ幼児にそう言われても……。

 側にいるアーロンとマリーに視線を向けると、わたしの気持ちを汲んでくれたのか頷いていた。

 気を取り直してカタログを見る。


「あ、すごーいこのカタログは杖だけじゃないのね、これは水晶? へー、本とかも触媒になるのね」

「魔導書ですね。これは魔法を記憶できる触媒なので、割と熟練者が持つ触媒です」


 アルフォンスはそう答える。


「そうなんだ。あ、ペン型とかもある」

「これも熟練者用ですね。魔法陣の構築が早くできるそうですよ。でもさすがヴァルトレード様ですね、羽ペンではないのによくペンだとわかりましたね」


 はは、五歳児に褒められてる。

 しかもその褒め方が「おねーちゃんすごーい」な褒め方じゃなくて、「よく知ってるねー偉いねー」的な感じの褒め方ですよ。


「ガラスペンだよね? このカタログの絵を描いた人、上手だよね。写本師になろうかなーって思ってたから、ペンは羽ペンだけじゃないのは知ってるの」

「写本師……」

「孤児院の中では読み書きができた方だから、孤児院を出て働くならどんな仕事がいいかなって。写本師は、なんかお給金は高そうじゃない? でも、わたしのいた村はそんなに識字率が高いわけじゃなかったから、やっぱり村を出てもう少し都会に出ないとダメなんだろうなとは思っていたけどね」


 はっ喋りすぎた!?


「魔法書の写本師は、お給金がいいらしいですよ」


 まじか! アルフォンス、何で知ってるの⁉


「写本師から貴族家の祐筆になる者もいるそうですよ」

「立身出世の夢があるね!」

「はい。でもヴァルトレード様は写本師でも祐筆でもなく、それらを抱えるお立場になります」


 アルフォンスの言葉にアーロン氏とマリー嬢はうんうんと頷く。

 確かに、仰る通り。

 話題を変えよう。


「アルフォンスは、もし、魔法が使えたら、触媒は何にする?」

「そうですね……想像もつきません」


 五歳児なのに、困ったように笑うとか。

 一体どこのお家よ~こんな天使みたいに愛らしい幼気な幼児に、こんな笑い方を身につけさせた家とかさあ! 


「そうそう、ハイドファルト家の領軍の魔法部隊はだたいかワンドか、メイスなのこの間の遠征だと、魔法部隊も打撃とかで魔獣と戦うのよ」

「ヴァルトレード様は……ケーンですよね。」

「そう。藤の枝から作られたの。すごく軽くて、母上がこのケーン全体に魔法陣を組み込んでくれたの」

「付与をされてるということですね」

「多分ね軽量化の付与とかも組み込まれてると思うの。ワンドの方が魔法使いっぽいけど、今のわたしだとこの大きさと軽さが最適だとは思ってる」


 見てみる? とケーンを渡そうとすると、アルフォンスは首を横に振る。

 万が一で魔力が流れたらまずいから――用心しているってことかな……。

 そういうところに気が付くのは、やっぱりこの子の頭はいいんだろう。


「じゃあ、今日はここまでにしてもらって、アルフォンス、一緒に散歩に行こう」

「はい」


 素直でカワイイんだけど、子供っぽくないのよねえ。

 中庭で散歩をしながら、わたしはアルフォンスに質問をする。


「アルフォンスの好きな食べ物は?」

「好き嫌いはないです」

「……偉いね」


 そういう風に育てられてたのかもしれないけど。


「ヴァルトレード様は?」

「わたしのいた孤児院はそこそこ孤児がいたから、食事関係はみんなちょっと必死だったかな。ピーマンが苦いから食べないとか言い出す子はいなかったよ」

「苦労されたのですね」


 今、あなた自身が絶賛苦労中の幼児じゃないですかー。ヤダー。


「アルフォンスの苦労に比べたら、多分なんてこともないと思うけど?」

「私の苦労……」


 苦労する幼児とか、この世界、どうかしてる。



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