第8話 天使は小さな執事になった。
エアレーとクレイジー・ベアを捉え、魔獣に襲われていた親子を助けた――ハイドファルト辺境領の当主の娘。
「病弱と聞いていたが、多分魔力過多によるものなんじゃないのか?」
「きっと『黒き聖域の森』の魔素で、逆に魔力が安定したのかもしれないぞ」
「次代は姫君が治めるのかもしれないが、十歳でその功績ならば、期待できるな!」
というどこからともなく出てきた仮説が、かなり本物らしく城下町のみならずハイドファルト領全体に広まっている。
それを受けて、ハイドファルト城に仕える使用人達も、最初こそ「本当に当主様の娘?」と疑う者もいたが、やっぱり魔法ってチートなんだなとわたしは思った。
このハイドファルト領が、当主の魔法ありきの土地柄だからかもしれないけれどね。
そして助かった親子――城に無事連れて帰ることができて、治療中とか。
大丈夫かな~。
そろそろ状態も落ち着いたと思うんだけど、その件に関して父も祖父もわたしに何も言わないんだよね。
母や祖母にも聞いてみたけれど大事をとっているの一点張りだった。
まあね、せっかく助かったし、ハイドヴァルト城下町の治癒院よりも、この城の方が質の高い治療を受けられるだろうし、特に母の回復魔法は国一番らしいし。
落ち着いたら、多分わたしにも知らせてくれるだろう。
気にはなるけど、考え無しで治療中の人のところに押しかけることはさすがにしないよ。
ゆっくり休んでください。
なんて思ってた。
そんなある日――。
両親と祖父母と一緒に『黒き聖域の森』で発見した男の子がわたしの部屋を訪れた。
「アルフォンス・ベルンシュタインだ。このハイドファルト家にはヴァルトレードと年の近い子がいないだろう? しばらくこの城で預かることになった」
普通、貴族の令嬢の遊び相手にあてがうならば、当人よりちょい年上、そして同性が妥当なんだけど……まあ、偶然救助したのが貴族の子だったってことか。
いまならね、孤児院の院長シスターがわたしのことを貴族の子かもしれないって言ってた意味がわかるわ。
この子は普通の庶民の子とは違うよ。
あの『黒き聖域の森』での初対面の時の服装は、長期旅行者か冒険者の親子連れといった感じだったと思う。青みがかったキレイな銀髪と琥珀の瞳がばっちりと視線があって、人形にしては動きも滑らかだし精巧すぎるとは思ったぐらいだ。
わたしは改めて紹介された幼児をじっと見つめる。
ぱっと見で、魔力っぽいのを感じる。
でも魔力はなんかへんな薄いガードがある感じだなあ。
抑え込まれているのか、抑え込んでいるのか……どっちかだろう。
年の近い子で魔力を持っている子と、こんな近くに対面するのは初めてのことだ。
「わかりました。アルフォンス様、今後よしなに」
わたしが立ち上がり、カーテシーをすると、小さな彼はその琥珀の瞳を大きく見開き、何度か瞬きをする。
そんなわたしのカーテシーを解くように、小さな手がわたしの手をとって、まだまだ幼児とも思える男の子は膝まづいてこうのたもうた。
「そのような礼は不要です。ハイドファルト辺境伯爵家ご息女ヴァルトレード様にはこの身を救って頂いた御恩があります。不肖、このアルフォンスが姫君にお仕えします。敬称などつけず、どうぞアルフォンスとお呼び下さい」
――執事アーロン氏や侍女マリー嬢にも劣らない、側仕えの挨拶が繰り出されるとは思わなかたっ!!
世界には――とんでもない子供が存在する。
わたしも前世の記憶があるから、こうして生家に戻って、両親や祖父母にやれ賢いとかヨイショされて半月経つけど、この子は別格だ。
だってわたしの年齢の半分もないような子だよ?
これが二、三歳ぐらい年下でこの口上を述べるなら、神童っているもんだな~って思うけど、この子五歳ぐらい下だよ、前世では幼稚園児でしょ?
前世でも今世でも、こんな利発な幼児見たことないよ!
語彙力が達者で母親を名前で呼んで、行動が変な幼稚園児なら前世アニメで見たけどさあ!
わたしがいた孤児院で、このぐらいの年の子だったら、鼻水垂らして泥遊びして、シスターとかわたしぐらいの年長の子にその汚れた服を洗ってもらって、それでもってそれを洗うシスターやわたしなんかに「洗濯物を増やしやがってコンチクショウ」とか心の中で叫ばれちゃうような年齢ですよ⁉
絶対貴族の血を引いてるって、この子!
わたしの手を恭しくとる幼児を凝視して、祖父母と両親に視線を向けると、彼等も何を言っていいかわからない様子。
うーん……この様子から察するに、あれだな。
「アルフォンス様、あの」
「どうかアルフォンスと」
……敬称外して名前呼びしろとか……。
キミ、絶対、結構な貴族家の子でしょ?
祖父母と両親に問い質したいけど、この子がいる前では聞きにくい。
ここは十歳の子供らしい素直さを出してこの子の名前を敬称外して呼ぶ。
「アルフォンス」
「はい」
「ちょっとマリーと一緒に席を外してもらってもいいかな?」
目の前の小さな天使はわたしの顔をじっと見つめる。
「かしこまりました」
マリーと共に、わたしのいた部屋から小さな天使が出ていくと、部屋に残った両親と祖父母を見上げる。
「あの子を側付きとか無理があるのでは?」
「ヴァルトレード、その、貴族の側付きは貴族の者がなることもあってだな」
「そういったのは下位貴族からですよね」
「ヴァルトレードは物知りだな。ちゃんと勉強していて偉いぞ」
「いや、今、そういうのはいいです。無理があるんじゃないですか?」
「それはまあ……そう」
無理があるのはわかってるのか。
でも、本人がそう言ったから……それを尊重すると。
「ここはあずかりではなく、養子扱いになるのでは?」
「もろもろの事情を聞いて、養子にはできないのだ。しかるべき時期まで、このハイドファルト家において預かりの身になる。保護者はまだ回復はしていない。見ての通り、出自は庶民ではない」
お家がはっきりしていて、しかるべき時に戻る。
それまではこの辺境伯爵家で預かる。
んん~。
発見された場所もとんでもないところだし、あの子自身が、ちょっと普通じゃないよね。
天使のように可愛いし、魔力もあるし、年齢よりも高い知性。
多分、一緒に発見された親から詳細を聞いて、お家の出自は判明している。
養子にはできない。
「それにつけても側仕えとか……あの年でそれを言い出すとか」
「うむ、わしらも驚いた」
それは彼が自分の出自を伏せたいと、そういうことか。
だから側仕えか。
うーん。お話から推察するに、どこぞの高位貴族家の後継問題かなんかに関わっている――そんなところかな。
わたしの側にいれば、必然的にあの子も守られる。
「わかりました。弟と思って接します」
孤児院で年下の子の面倒はみたことあるし……大丈夫……なはず。多分。
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