第7話 『黒き聖域の森』で天使を拾った。
「姫様――! エアレーの群れがそっちに行きましたぞー!」
領軍の部隊長の声がする。
魔獣が群れを成して走る音――地響きと一メートル程度の灌木が踏み潰されていく音が近づく。
魔力が近いと思ったら、魔獣は群れを成してわたしの視界に入る。
「『この黒き聖域に籠る魔力よ、闇よりも暗き色を持って、我が魔力と結びつかん。その形は鋼鉄の鎖。その強さは鋼鉄よりも千切れることなき魔力。縛れ。シャドウ・バインド!』」
魔力は形を鎖に変えて、魔獣エアレーを一網打尽。
山羊っぽい見た目だけど、馬ぐらいには大きな体長で、その大きな角が動く。畑の作物を食い尽くすだけでなく、食用の家畜もこの角でやられてしまう。この地では討伐指定魔獣の一種だ。
しかし……。
思いっきり厨二病的詠唱です!
御聞き苦しいのはご容赦下さい!!
かー恥ずかしー!
詠唱唱えた方が魔法が安定する説、この世界では健在。
ふ……いいのよ、前世ここまで厨二な魔法詠唱なんて実際唱えたら、ドン引きされること請け合いだけど、ここは異世界、正々堂々とやったらあ!
「解体班を呼べ!」
「そこの新人! エアレーの首は先に切り落とせ、血と一緒に魔力が体内から抜けた状態にする」
「先発隊に連絡しろ」
「こりゃまた、大量だなー」
領軍の討伐部隊をかき分けて、護衛部隊がわたしの周りに集まってくる。
「姫様、お見事ですぞ!」
「ようございました」
「よくやった、ヴァルトレード! 幼いにもかかわらず、ひるむことなくエアレーを捕らえるとは!」
「怪我もないようだな。よくやったぞ、ヴァルトレード!」
祖父と父にもみくちゃにされる。
「森に入って泣き出して、やっぱり帰るとかいつ言い出すかと思っていたんだぞ! よく落ち着いて魔法を繰り出せた!」
「詠唱を唱えたのはよかった。魔法の安定性が違う。熟練者は無詠唱でもやるだろうが、これだけ護衛を付けてる場合は周囲が何の魔法を使うかはっきりわかるからな!」
褒められた。
ちょっと嬉しい。ううん。だいぶ嬉しい。
「闇魔法か、ヴァルトレードは土の他に闇か、あとは何が使えそうだ?」
「火が使えそうです。アーロンが属性を調べてくれました」
「複数の属性はやはり領主の血統の証だな!」
祖父と父に代わる代わる抱っこされて褒められていたら、なんかへんな感じがした。
魔獣が発する魔力だ。
「父上、おじい様、まだ何かいるみたいです」
「わかるか?」
「はい、強力な魔獣と弱い感じが……」
父がわたしを地面におろすと同じ様に、魔力をすごく感じる方へ視線を向ける。
弱い感じの魔力って、これは……人間だ!
「あっちに、魔獣がいます!」
ケーンで方向を指し示し、わたしがそう叫ぶと、おじい様も父上もその方向へ視線を向けた。
「エアレーの回収を急がせて! 斥候の情報を待って待機を!」
偉そうに指示してるけど、これはこの『黒き聖域の森』に入った時に祖父と父に「魔法だけではなく、領軍の指揮官としての資質も見極める」なんて言われていたし、森から出てお家に帰るまでが『試練』ってやつだと思うのよ。
風の方向からエアレーを解体した匂いが強い魔獣に届いたのか、こっちに向かってくる。
魔獣の咆哮が聞こえる。
近い。
森の木々が魔素を揺らす感じ、その向こう側からの強い魔力の接近。
わたしは、強い魔獣のいる方向へ走り出す。
「浮遊飛行(フライト)!」
手に持ってる触媒のケーン(杖)に腰かけると、ふわっと、わたしは空中に浮く。
おお、アーロンと初級魔法の練習をしていてよかった。
「土と闇と炎とか言ってなかったか? フライトは、風魔法だぞ」
「ヴァルトレード、あの年でできるのか」
祖父と父上のそんな会話が、かすかに聞こえるも、わたしの身体はすでに上空だ。
ちゃんと森の木々よりも、上に浮いてくれてるし、意思をくみ取って、スピードも方向も思うまま。
ただこれはこの『黒き聖域の森』だからなんだろうな。
この森自体の魔素によって、強化されている節がある。
木々をなぎ倒しながらわたし達がいた方向へ、魔力の塊が移動する。倒れた木々の隙間からその姿が見えた。
熊型の魔獣だ。
前世でも熊は山や森では遭遇したくはないけど、ここは異世界だから……。
――ドラゴンじゃなくて、よかったなぁ。
なんて思ってしまう。やっぱ魔獣のトップはドラゴンでしょ。
それだったらもう逃げの一択だけど、熊型魔獣も強いけど、今回の遠征で連れてきている精鋭だったら討伐可能だよね。
『魔素を宿す草木よ、我が願いを聞き届けん。木々を守る為の魔力の檻にて、荒ぶる魔獣を閉じ込めろ! 植物監獄(プランチェプリズン)!」
森の木々が熊型の魔獣を取り囲み、檻のように形状を変えて捕らえた。
それはいいんだけど、弱い魔力が気になる。
強い魔力はこの熊型魔獣で間違いないけど、木々をなぎ倒してなりふり構わず進んだクレイジー・ベアがいた場所にまだ魔力が残ってるんだよね。
森の木々が熊型魔獣を檻に閉じ込めた状態にすると、領軍の先発部隊が檻の近くにやってくる。
わたしはそのまま空から檻の側に降り立つ。
「姫様!」
先発で来た部隊の隊長がわたしに声をかける。
「人がいるのよ、人から発する魔力なの、多分コレに襲撃されたのよ」
木々で作った檻に爪を立てて咆哮をあげるクレイジー・ベアがうるさいから、比較的大きな声で会話する。
「救助するから!」
「了解です! どちらの方角かわかりますか?」
「あっち」
ケーン(杖)で方向を指し示すと、組み込まれている魔法石がキラっと光った。
「人間か……『黒の聖域の森』の魔素に吸い込まれたかもしれませんな」
「討伐部隊はここに残って、クレイジー・ベアの討伐を。斥候部隊はわたしが示した方向へ進んで下さい。もし、人ならば救助優先です。おじい様と父上にも伝令お願いします」
「了解です」
わたしは再び飛行魔法で弱い魔力がする方向へ飛ぶ。
そして、クレイジー・ベアがもといた場所に近づくと、人がいた。
それも二人。大人と子供。親子なのかもしれない。
浮遊飛行の状態から、まだ負傷していない小さな子供と視線が合う。
青みがかった銀髪に、金色……? 琥珀色の瞳……。
すごく綺麗な子だ……。
「大丈夫!?」
飛行魔法を解除して、二人の前に降り立つ。
大人は傷を負って倒れていて、子供の方は五歳ぐらいの男の子。
「しっかりして! すぐにみんながくるから! しっかり!」
「天使様……神よ……感謝しま……す……」
男の子はわたしと視線を合わせたままそう呟いて、その琥珀色の瞳を閉じて倒れた。
おい! 天使はお前! ちょっとまて、天に召されるのはまだ早いぞ!
男の子の服とか体に傷はないみたい。
大人の方がクレイジー・ベアの襲撃で血まみれだ。
どうしよう、わたしの回復魔法はしょぼいんだよ! 傷口塞ぐこともできない。
痛覚軽減がやっとだ。
早く斥候部隊きてええ!
心の中でそう叫んだら、父と祖父が飛行魔法を使ってきてくれた。
「まだ息がある!」
「よし!」
祖父が傷の部分に手をあてると、傷が塞がっていく。
えー祖父、回復魔法使えるの⁉
私と同じで絶対、超火力攻撃魔法しか持たないと思っていたよ!
はっとしてもう一人の子供の方を見ると、外傷がないのを確認している父の姿。
「応急処置はした、今回の遠征は終了だ。よくやったヴァルトレード」
「おじい様」
「魔獣を捉えただけではなく、人命救助もとは、自慢の孫娘だぞ!」
わしゃわしゃと頭をなでられた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます