第6話 『黒き聖域の森』で試練をうけるんだって。



 ハイドファルト城下町は、かなり大都会だ。

 ここがノイマン王国王都と言われてしまえば、王都だ! そう納得してしまうぐらいに広く、そして流行最先端な空気感があるよ。

 住居は区画されてるし、お城に勤める人の住居とかもお城の近く。

 商店が並ぶエリアは、カフェなんかもある。

 カフェとかまじかー。自分がこれまでいた孤児院のあったあの村は町かなぐらいの賑わいと人口だったけど、カフェなんかなかったよ。

 公園とかもあるし、各ギルドエリアとかもあるし。


「王都では、魔獣の肉は忌避されるが、ハイドファルトでは魔獣の肉を食用にする。とはいえ、全部の魔獣が食用にはならんがな」


 おじい様はそう言った。


「じゃあ、畜産業とかもあるってことですか?」

「もちろんある」


 まあそうだよね、これだけの人口、食わせるには農業畜産業がしっかりしてないとな。

 それだけではなく魔獣も食べるのかー。


「魔獣が多い『黒き聖域の森』があったから、家畜だけではなく穀物の育成が難しかったという面がある。しかしこの魔獣を食用化することによって、恩恵があった」

「恩恵?」

「ハイドファルトの平民も魔力を有することができるというところだ。何もない飢えにあえいでいたこの土地に住む民の為――ハイドファルト初代当主が、この土地に住む者を生かす為に研究してきた」

「……副作用とかでないのですか?」

「もちろん、誰しも――というわけにはいかないな。普通の食物でも、魚介や穀物などが身体に馴染まない者もいるだろう」


 アレルギー反応か~。魔獣を食ってそれが出る人もいるってことなのね。


「その研究が食料をこの地に実らせる現状になっていったのだ」

 魔獣を食し、痩せた土地に食物を実らせ、人々が生活できる基盤を作り上げたハイドファルト初代当主――。

 多分、きっと『黒き聖域の森』の魔獣を討伐して、ここの民を守ってきたんだろう。


「そうした結果、我が領軍には平民ながらも魔法を使える者がいる」


 食用化に成功したら、魔獣の肉を摂取するようになった庶民にも魔力が宿るようになったということらしい。

 初代当主がもたらした功績は、この土地の領民の忠誠を集めた。平民ながらも魔力を持った人は当主の側に自然と集まったんだろうな。

 そして当主はその魔力の多さに置いて、この地を治めるに至ったと……。


「魔獣の肉は食したか?」

「いえ、まだです」


 みんな遠慮してんのよね……やっぱりほら、他の領地にいたじゃない? ここでは魔獣の肉も食べるんですよードン! とかいきなり出さなかったんだよな。

 ていうか肉自体が孤児院では年一で食せるかどうかだったから。


「ふむ」


 祖父様はわたしの手を引いて、串焼肉の屋台の前に行くと、その場で二本購入してわたしに一本わたしに渡す。


「ケルビという鹿型の魔獣だ。わりと頻繁に討伐する」

「はあ」


 鹿か……ジビエ? ジビエなの?

 祖父様は普通に、串焼肉を食べる。

 毒見役とかいらないのかー。

 状態異常無効化とかできるから? そういうこと?

 そんなことを思いつつ、串を握ると、タレと脂がのった感じの肉、食欲を直撃する暴力的な匂いが漂う。

 あーんと、口を開けて一口嚙み千切った。


 ――うは、なんだこれ、美味い!!


 もぐもぐしてる様子を祖父様はニコニコして見てる。


「お前の父が子供の頃も、こうやって城下町で串焼肉を買ったもんだ。そしてあとでこってり怒られた。お前の祖母に。夕飯が食えなくなるぐらい間食させるとは何事かとな。美味いか?」


 わたしはもぐもぐしながら祖父を見上げる。


「おいひいれす(美味しいです)」


 祖父はにこにこ笑いながら、わたしの口の周りについたタレを拭きながら、わたしの空いてる手を掴んで歩き始めた。

 前世、こんな風に、祖父や親と一緒に歩いた記憶がない。

 身体が温かくなるのは、決してこの串焼肉のせいだけじゃないなと思った。


 そんな微笑ましい家族の交流をしながら数日過ごしたわたし、ヴァルトレードですが、本日、『黒き聖域の森』に行くことになりました。

 これにはおばあ様も母上も反対を唱えていたけれど……。


「ヴァルトレードの魔力は俺譲りだ」

「女の子とはいえ、この辺境伯爵領の当主の娘『黒き聖域の森』を見せることは必要」


 父上とおじい様の言で、こうやって魔法の実践及び実戦の為に、『黒き聖域の森』に行くことになったのだ。

 心配するおばあ様と母上の二人を宥める為に、領軍の魔法、討伐、の両部隊から精鋭を選抜し護衛につけての遠征。

 わたしといえば、ドレスではなく、領軍の制服を誂えてもらっての着用。

 この制服がね、動きやすくて、かっこいいの。

 ドレスとかワンピースとかも可愛くていいんだけど、ズボンだと足さばきとか楽~。

 おじい様も父上もわたしの恰好には、勇ましくていいぞ! と褒めてくれたけどおばあ様と母上には不評。

 その様子を察した出来る侍女マリーが、わたしの髪をポニーテールにしてくれた。

 護衛についてくれてる領軍の部隊の人達も、小さな女の子が領軍の制服にマント、藤の枝の先端に魔法石を誂え全体に魔法呪文と陣を刻み込んだケーン(杖)を持ってるわたしを微笑ましい感じで見てる。


「じゃあ、行ってきます。おばあ様。母上」


「ヴァルトレード……」

「気を付けるのですよ?」


 十年ぶりに戻って来た娘なのに、これも魔力血統判定があるからなのか、みんな過保護だ。

 前世は……なんていうか親は……むしろ毒親的な感じだったし……成人していた記憶しかないし、今世は気づいたら孤児院だし、なかなか子供らしく甘えられない状態だから、なんかちょっとくすぐったい。

 両手を広げて、抱っこするよ態勢をとられると、躊躇う。

 要演技力です。


「はい。ご案じ召されませぬように」


 せめて親愛の感情はあるよって態で一礼する。

 それでも二人は心配そうな顔をしていた。


「大丈夫です。おじい様も父上もいます。護衛もいます」


 母の手をとって見上げる。


「せっかく母上が付与してくださったケーン(杖)を使いたいのです」


 そうなのだ、この触媒、本体は魔導具の専門の人が藤の枝から作ったけど、刻まれてる呪文や小さな文様みたいな魔法陣は母のお手製なのだ。はめ込まれた魔法石も母が選んでくれた。


「こんな素敵な触媒、嬉しいし、今度作り方を教えてください」


 わたしがそう言うと、母は嬉しそうに頷いてくれた。


「じゃあ、出発するぞ、ヴァルトレード」

「はい、おじい様」


 よし! ノイマン王国で知らない者はいない『黒き聖域の森』で魔法ぶっぱなすぞ!

 ちょっと楽しみ。

 おじい様の馬に一緒に乗せてもらう。

 馬に乗るのは、前世でも今世でも初めてだ。

 すごーい視界の高さが違うね。

 ちょっと顔だけ、祖母と母の方に向けて手を振る。

 子供っぽい感じ出てたでしょうか? 出てるといいな。


 斥候及び討伐実戦部隊が先頭で、魔法部隊が後衛、その間に護衛に囲まれた父と祖父とわたしが、『黒き聖域の森』へと向かう。

 城下町を進むと、子供達から

「ハイドファルト領軍だ!」

「かっこいー!」

 なんて声が上がる。

 このハイドファルトの城下町に住む子供達にとっては、ハイドファルト領の豊かな放牧地帯、農業地帯を守り、隣国との流通や数々の産業を生み出し住民を守るこの領軍は憧れの職業の一つらしい。

 ノイマン王国の貴族家ではあるが、このハイドファルト辺境領が、一つの独立国家の様相を呈していると言っても過言ではない。


「あれー先代様が小さい女の子を乗せてる」

「ああ。姫様だよ」

「姫様?」

「生まれてからずっとお身体が弱いときいていたが」

「ご本復されたのか、めでたいことだ」

「いいなー、かっこいいー」

「ばっか、そんないいもんじゃないんだぞ、あの幼い姫様は試練を受けるから! あの『黒き聖域の森』へ行くって父ちゃんが言ってたぞ」

「それなー、ご本復されてすぐに、ハイドファルト家の当主の娘として、次代を担うに値するか『黒き聖域の森』で魔法の確認をするんだぞ」

「えーお姫様なのに?」

「いや、武勇を誇るハイドファルト家、我らが領主――王の娘ならば、必要なことだって言ってたよ」

「魔力なきもの、この地を治めるに値せず。だからな」


 城下町の大通りを進むと、そんな領民の噂話がわたしの耳にも入る。

 なるほど、わたしは行方不明ではなく、そういうことになっていたか。

 もちろん、『黒き聖域の森』が次代の『試練』っていうのは、執事のアーロンから聞いていたからいいんだけどさ。

 魔法も使えない一般の領民が恐れて震える場所へ行くっていうのは、体裁として見せる必要があるんだろう。


「怖いか? ヴァルトレード」

「はい」

「それにしては、落ち着いてるの」

「それは一度ですが魔法を使っているからでしょうか。『黒き聖域の森』なら魔法を使ってもいい場所なのですよね?」

「そうだな」

「いきなり、ドラゴンクラスが出てきたら泣き出しますけど、動物型の魔獣ならば、自分の魔力を試したいというのもあります。そもそも、今回のこれはそういうことなのでしょ? おじい様」

「魔法使いたいのか」

「使いたいです!」

 めっちゃ使いたい~!! ファンタジー世界に転生ならばやってみたい~!


 街の防壁の正門を抜けて、途中で休憩と昼食をはさんで、わたし達は『黒き聖域の森』へと進む。

 そして視界に確認できる森が小高い丘から見えた。

 近づくたびに、なんだか変な感じがする。

 それを素直に祖父に伝えると、祖父は笑った。


「魔素が強いからな、それを感知できるということは、それなりに自分の魔力を感知できているということだ。わしの孫は優秀だな」


 くしゃくしゃとわたしの頭を祖父は撫でた。




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