第4話 お家、お城でした。



宿の前に洋服を買った理由がわかった。

ドレスコードありの上宿に泊まるからだ。

たしかにあの服でこの上宿に足を踏み入れれば、左右にアーロン氏とマリー嬢がいても首根っこ掴まれて放り出されたに違いない。

それと、一番最初に泊まった宿では、個室で食事……。

これはアーロン氏がわたしのカトラリーの扱い方を確認する為だったのだろう。

というのも、アーロン氏がわたしの食事をしてる様子を見て尋ねてきたから。


「ヴァルトレード様は、ご自身が貴族の子だと知っておられましたか?」

「なぜですか?」

「お食事のマナーが……きちんとされているので」


前世の記憶があるからです。とはもちろん言えず、曖昧に笑って見せた。

市井にまぎれてしまった貴族の娘を見つけたのだから、それなりのマナーを躾け直すのもお仕事に含まれていたようだ。

うすらぼんやりとした前世の記憶よ、ありがとう。


「食事のマナー……そこは、各、孤児院の方針によっていろいろ違いがでるのではないでしょうか?」

「なるほど」

「でも不安ですね、ちゃんとできてましたか?」

「はい。ヴァルトレード様ぐらいの年齢ならば、貴族といえど家によってはまだまだな方もお見受けいたしますから」


ふう~合格~。

なるだけ音を立てないで、順番にカトラリーをとるのがよかったのかもね!


「一応、マナーの本もご用意していたのですが、必要なさそうですね」

「本!?」

「はい、注意点を紙にまとめて冊子にした自前のものですが」

「是非、見せて下さい!!」


紙で作られたうすいほん!!

中身はマナー本だろうが、うすいほん!!

もう娯楽がないからねえ、本ならばもうなんでもいい! 読みたい!

羊皮紙の束を紐でくくったやつでもいいから読みたい!

あと、そうだよね、ちょっとお願いしてもいいかな? 

本といえば、絶対読みたかったやつがあるんだよ。


「あ、あの、マナー本もそうですが、魔法とかの入門書とかあると嬉しいのですが……」


神聖魔法の説明書みたいなのは孤児院の教会にもあったけど、魔法書の初級編と入門編とか読みたかったのよ。


「ありますよ」


まじか! 嬉しい! 言ってみるもんだね!


「あの、自分に魔力があるっていうのはわかっていて、物心ついた時、教会の神聖魔法の関連書を読み漁っていたのですが、でも、どうにも自分には神聖魔法の適性がないと感じていて、それでも体内魔力の巡らせ方とかはなんとかその本でもわかったのでやっていて、河川氾濫を防止した時に初めて全力で魔法を使ったので、すごく不安で、できれば別の本があればと!」


アーロンさんに訴えてる途中ではっと気が付く。

めっちゃ早口オタクだよ~。

しかし、アーロン氏はにこやかにわたしの言葉を聞いてくれていた。

これは多分、あんまり言葉を話さないわたしが、熱く語る様子を微笑まし気に見ている感じで、ドン引きされたわけではなかったので、ちょっとほっとしたわ。

このハイドファルト辺境領へ戻る道中、わたしは子供服以外に、本を購入することもできた。

この世界、本は高価!

一般庶民は本なんて手にできない。だいたいがレンタル。

そのレンタルをつくる写本師なんてのも職業であるぐらい。

わたし自身も孤児院にいた時、孤児院から出て働くならば、写本師あたりはいいかもな~なんて思っていたよ。

けどこの世界の庶民の識字率のせいもあってか、レンタル本の中でも、庶民の財布に優しいのは聖書ぐらい。

わたしがいた孤児院も、教会だから聖書はぎりぎり本の形状で蔵書されていたんだけど、わたしが読み込んでいた聖魔法の解説書だってね、羊皮紙をある程度まとめて紐でくくったヤツでした!


「かしこまりました。道中、魔法関連の本があれば購入もできますし、仮の触媒なんかも購入しましょうか。本格的な触媒の購入はハイドファルト領に戻られてからオーダーすればよいですし、初歩の講義でしたら、わたしでも行えますよ」


はーさすが、辺境伯爵家の執事! 魔法使えるんだ!!

あとちゃんとした本屋で紙書籍を、即金でぽーんと購入できるとか。

やっぱりお貴族様は違うね。

お金持ちスゲー。

この時のわたしの表情は、非常に子供らしく瞳を輝かせていた――と、後日、マリー嬢に言われた。


とにかく、そんな感じで馬車の旅を続け、この世界でわたしが生まれた土地であるハイドファルト辺境領に入領する。

それと同時に護衛騎士の数が増えたように思う。

なんか仰々しい感じだなーと馬車から窓の外に顔を覗かせてみたかったけど、そこはマナーに反するかなと思い、横目で確認しただけ。

次第に馬の蹄の音があきらかに大きくなっているので、護衛の騎馬が増えているんだなってわかった。


そして――。

ハイドファルト城に辿り着く。

堅牢な城門を抜けて、城の正面に到着した。

マリー嬢とアーロン氏が先に降りる。

二人にエスコートの手を差し伸べられて、わたしも馬車から降りる。


うわーお……城だ……。

当然だけど、そうだよね、領主の館ってお城だよ。

降り立った場所は城の前の庭園で、城下町が見渡せる高い場所。

領主の住まいは外敵からの防御だけではなく富と権勢を象徴するもの。

その為、ちょっと小高い山とか丘、場所によっては湖畔や断崖絶壁な場所に建設されるって、前世のツアーガイドのパンフレットでそんな解説を読んだことあるけどさ。

異世界、このハイドファルト城も街よりもちょっと小高い場所に建築されていた。

城のアプローチ前にわたしと同じ赤い髪の男性と、プラチナブロンドの綺麗な女性がいる。

身に着けてる衣裳もそうだけど、身体の奥に魔力が巡る感覚。

会ったことも見たこともないのに、懐かしい感じ。

ここはもう魔力の感覚としか言いようがない。


――両親だ。


感覚的なことでわかるって言われていたけど、まさかこういう感じだとは。

この世界の魔力を持つ貴族独特の感性ってこれなんだあ。

いやーだからって、いきなりここでわたしが娘です! とか言っていいものなの?

そんなことを頭の中でぐるぐる巡らせていたら、父親と思われる男性が近づいてくる。

懐かしくて懐かしくて泣きだしそう。

なにこの感覚。

いや、引っ張られちゃいけないよ、こんな感じはわたしだけかもしれないし!

娘じゃない! って言われるかもだし!!

だって相手は辺境伯爵様だよー!

ここはちゃんとカーテシーで、それで……。

そうぐるぐると考えていたら頭上から声がする。


「よく無事だった! よく戻って来た! ヴァルトレード!」


ふわっと抱き上げられて、目線が合う。


「お前は紛れもなく、俺の娘だ! ほら!」


わたしの手を取った彼の手の間に、小さな魔法陣が浮かび、その光はハイドファルト家の紋章を浮かび上がらせていた。



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