第3話 生まれたところはハイドファルト辺境領っていうらしい。
わたしはこうして、ハイドファルト家に戻ることになった。
孤児院があったこの村はそれなりに人口があって、村と町の中間ぐらいの規模だったけれど、それでもお貴族様の六頭牽き馬車なんて代物は初めて見る人も多く、もちろん、孤児院にいた子達、教会のご近所さんの大人もパカーンと口を開けて馬車を見上げるばかり。
わたしも今世でこんなの見たことなかった。
子供達も「なんでヴァルトレードだけ~」と、特に男の子達からはブーイングが飛び交う。
この異世界でも乗り物は男子の心を掴むのか……。
これはどこの世界でも共通なのかも。
「ヴァルトレード、ずるいぞ! おれものせろー!」
「魔法が使えないとだめらしいよ」
わたしがそう言うと、その発言した子は先日の河川氾濫を魔法で収めたわたしを思い出して「あ、はい」なんて呟いていた。
物わかり良くてよかった。
「じゃーなー元気でな―」
「元気でねー」
顔なじみのみんなに見送られて、出発したのはいいけどさ……。
この後、ほんと、どうなるんだろう。
物心ついて十年過ごした孤児院に感慨を抱くも、そんなわたしの感傷なんかはなんのその。車のスピードは想像よりも速く、村を出て、隣領へと続く街道に入った。
昼の休憩なんかはすでにもう隣領の村だった。
道中、沈黙が続く車内で、わたしはいろいろと今後のことを考え巡らせていた。
一応、覚悟も必要だ。
せっかくお迎えに来てくれているのだから、この二人からいろいろと話を聞いておいてもいいかもしれない。
「十年離れていて、我が子だって判明できたとして、すぐに我が子よ~とかなるものですか? わたしは孤児院にいたので詳しくはないのですが、貴族と言えば後継は必要なので、分家からの養子をとるのもありでは?」
「髪色はご当主様、瞳は奥方様に似ておいでですよ」
両親のいずれかに似てるところはあると。
この馬車の中には執事のアーロン氏と専属侍女のマリー嬢がいる。
わたしの質問に答えるのは主に執事のアーロン氏だった。
「貴種の魔力血統判定は確かなのですよ。もちろん養子をとる家もございます。が、ご当主様も奥様もヴァルトレード様のお帰りを信じておりました。ヴァルトレード様が連れ攫われてから、ずっとお探ししていたのです」
魔力血統判定ねえ……前世でいえばDNA鑑定みたいなものかな?
便利だけど、これって、父親が妾と子供作ったら一発で判定可能だよね。
そんなことがあれば、やっぱり金かなんかでカタをつけるのかなー……なんて説明聞いて思ってた。
この辺境伯爵家のお嬢様であるわたしが、何がどうして生まれた辺境領と王都の間にある片田舎の孤児院にいたのかというと、赤ん坊の頃に誘拐されたんだとか。
普通は乳母とかいそうでしょ?
犯人はその乳母だったらしいわ。
自分の子が亡くなったばかりで、乳母として傍にいたけど、自分の子にしたかったとか。
ハイドファルト辺境伯爵家って、やっぱり国境にあって防衛線だから武勇を誇るわけで、追っ手も相当なはずなのに、そこからわたしを連れて逃げ出すとか。
乳母すごくない?
でも、その乳母は結局捕まりそうになって、逃亡途中のあの村の孤児院にわたしを捨て置き、あとで引き取りにこようとしたらしいんだけど、ならず者にあって切り殺されたらしい。
ハイドファルト家は、引き続きわたしを探し続けていた。
赤ん坊だから捜索は困難を極めていた――わたしが先日、河川の氾濫を食い止める為に派手に魔法をつかわなければ、発見はもっとずっと遅れていたんだって。
うん。まあね。
異世界転生してさ「魔法が使えるフゥ~!」ってなっても魔法を即使おうとは思わなかった。
何となく自分で、限界を試したいと思ってはいたけどやらなかった。
だって孤児だもの。
そんないきなり魔法ぶっぱなして、村のどこかを壊したりしたら、弁償なんてできない。
それこそ「責任取ってもらう、うちで死ぬまでこき使うぜ~」なんてなったら嫌だし。
万が一そうなった場合は、そこでガチで不当な扱い受けたら逃げ出して放浪の旅が始まる~ってやつだったかもしれないけど。
とにかく、この世界で、一番最初に派手に自分の魔法をぶちかましたのは、河川氾濫の防波堤を作った土魔法。
自分の魔力限界まで使い切ったのよ。
その時の魔力がね、先日このアーロンさんが持っていた貴種の魔力血統判定の魔法石に反応したらしい。
この世界……この国の貴族、魔力と血がなんか複雑に結合していて、親子だと生死判定がわかるんだって。
だからわたしも、先日の村の河川に魔法で土手作った時に、魔力の光が家紋を見せたから、院長様も「あ、やっぱ確定、この子貴族の子だ」と判断したんだな。
魔力が顕現すると隠しようがない。
生まれついての貴種を証明する。
でも、どこそこの貴族家の子である~っていうのはなかなか判別できない。
貴族家、多いんですよ。
このノイマン王国にいる貴族は公爵家四家、侯爵家十家、辺境伯爵家三家、伯爵家十五家――子爵家男爵家は合わせると六十家以上。
王都から離れた小領の村にある孤児院で、「貴族の子供おるー! どこの子よー? お家の人引き取ってー!」と呼びかけるよりは、王都の神殿に預けちゃった方が、本来のお家に戻りやすいわけだから、まあ、善良で神に敬虔な院長様らしい判断だったわけだ。
でもまさか、そう思った即日に、お迎えくるとは思わなかったみたいだけどね。
六頭馬車に乗せられて、両親のいるハイドファルト辺境領へ向かうわたしは、執事のアーロン氏から生家についての説明を受けた。
ノイマン王国辺境伯爵家は三家あり、そのうちの一家。
ハイドファルト辺境伯爵家。
国境線である『黒き聖域の森』を領内に有し、そこを跋扈する魔獣を討伐し、ノイマン王国の防衛線でも過酷を極める領地。
その魔力によって領地を護り統治しているのが、ノイマン王国の貴族家の中でも最も武勇と魔力を誇る――ハイドファルト辺境伯爵家らしい。
うん……大丈夫だろうか……わたし。
前世庶民で、異世界転生孤児院スタートなのに、いきなり貴族の令嬢にジョブチェンジとか。
しかも領地が魔獣の巣窟とか。
異世界転生、魔王城で生まれました~そんな感じ?
え~今世も長生きできそうもない運命なのかも……いやだなあ……。
馬車の休憩はそこそこの村……わたしがいた孤児院みたいな感じの村で取るんだけど、宿はそこの領地の主城があるような街になるそうだ。
一日目の宿の街についた時は、人口多いなって感想だった。
商店もたくさんあって、さしずめ地方都市規模だ。
馬車は街中を進み、上客を相手にするような商店エリアに差し掛かる。
「お嬢様をそのままの恰好でさせておくこともできません。お召し物や小物などもここで少し購入しましょう」
「はあ……」
そんなわけで、わたしはアーロン氏と侍女マリー嬢と一緒に、子供服を取り扱う店舗に入る。従業員はまず、わたしを見て微笑む。
わたしを挟むように立つ執事とメイドを見て判断したのだろう。商売人だな~。
「このお方の服を」
アーロン氏の言葉に心得たとばかりに店の従業員がわたしを取り囲む。
取り囲まれてちょっとたじろぐと、侍女のマリー嬢がわたしの手をとり微笑む。
「ご案じなさいますな、ヴァルトレード様、アーロンもわたしもおります」
現代日本の記憶はあれど、この世界での初めての大都市で、その上、高級店に入ればビビりますよ。
侍女マリー嬢はずっと孤児院にいてざっかけない生活をしていたわたしのことを察して気後れしないように声かけしてくれたのだ。
はあ、高位貴族の侍女ともなると、そういうところにも気を配れるものなのねえ。
「道中、また別の店に立ち寄ることもできますから、とりあえず二、三着を見繕いましょう。下着と、靴、あと小物、ヘアアクセサリーなんかも見せていただけますか?」
マリー嬢監修のもと、それなりの洋服を着せられて、姿見を見ると、まあなんとか? お嬢様っぽく見れないこともない。
「ありがとうござます。とても素敵です」
わたしが店の人にそう伝えると、店の人も笑顔を浮かべてくれた。
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