第2話 異世界転生、流転の姫君に転生しちゃったようですよ。



 ヴァルトレード・ローザ・フォン・ハイドファルト。

 これが転生したわたしの名前。

 初めて自分の名前の正式な本名が判明した時に、名前が長っ! この世界の初級魔法詠唱ぐらいに長っ! て思った。


 自分の本名がわかったのは、わたしがこの異世界に転生した十歳の時だ。

 この時のわたしは、ノイマン王国ハイドファルト辺境領と、王都の丁度中間地点にある土地――多分どこかのお貴族様所領のとある村の孤児院にいた。


 そう……孤児院ですよ。


 物心ついた時に「あ、前世の記憶あるわ~」って自覚したんだよね。

 ちょっと前にオタク界隈で流行した異世界転生ってこれかな? そんな感じよ。

 それにしても、人生二周目、孤児院からスタートとは。

 最近の異世界転生も現代日本と同じぐらい世知辛い。

 同じハードモードでも、ここは流行の悪役令嬢あたりに転生して、断罪シーンで前世の記憶カムバックじゃないの? 

 ストリートチルドレンとか、人外モンスター転生で最弱クラス誕生よりましかもしれないけどさ。絶対生き残れないで死んでしまう可能性が高いもの。

 前世も今世も主役には程遠いってことか。


 だがしかし、異世界転生お約束、魔法と剣の世界。

 わたしにも、魔法を使うことができた。やったね。


 この異世界転生と分かった瞬間に、前世とは違う身体の感覚。

 自分自身でそう感じていたし、孤児院のシスター達も、この子、周りの子供をと比較してなんか違う。

 大人びて見えるせいかな? 早熟な子だからかしら? なんて思うシスターも中にはいた。

 院長である老シスターはこの子は多分貴族の子かもと思っていたんだとか。

 魔力を持ってる子って違うらしい。

 幼児期の早熟とか、見た目がやたらと綺麗とかね。

 それが孤児院に打ち捨てられて育った子供でも、成長するとそれが顕著に現れるんだって。


 で、決定打がわたしが十歳の時。


 大雨シーズンに突入して、村の近くの河川の氾濫が起きそうになった。

 ここに一緒にいたら死ぬかも、同じ死ぬなら、せっかく転生して魔法も使えるんだから、魔法でなんとかしてから!  

 助かるかもだし! 

 転生して十歳で死亡とかないでしょ!

 そんな気持ちで大雨の中、教会を飛び出して、氾濫しそうな河川沿いを土魔法でもりもり盛って、村への河川氾濫を凌いだのだった。

 これを見た孤児院の院長だけではなくシスター達も「あ、やっぱりこの子は、どこぞのやんごとないお家の子だわ」と。

 シスター達は腹を決めて、わたしの身の上が貴族かもしれないと、話をすることにしたのだ。


「ヴァルトレード、あなたはもしかしたら貴族の子かもしれません」


 魔法ぶっぱで土手作って河川氾濫を食い止めた翌日に、院長シスターからそう切り出された。


「貴女をこの孤児院の門扉の前で拾いあげた時に、なんとなくそうではないかと思っていました。当時赤子であった貴女の産着は上等な絹に、『ヴァルトレード』という名前の刺繍が施されていたのです」


 ……自分の名前が女の子なのに、なんかこう厳つい響きだなーって思っていたんだけど、捨て置かれたわたしの産着に名前が刺繍されていたのか。

 長年の「ヴァルトレード」って女の子っぽくない名前の由来、ここで判明。


「そして先日の河川氾濫を食い止めた魔法です。魔法なんて使用したこともないのに、あんな土手を作り上げた」

「……はい」

「この国の貴族は魔力を持ちます。貴女は多分、貴族の血を引いてます」

「……わたしが貴族……」

「近々、王都の神殿から神聖魔力鑑定人をお呼びします。その鑑定次第によって、貴女は、王都の神殿にあがり、聖女候補としてすごすことになるでしょう。王都の神殿にいく準備をしなさい」


 まじかー聖女かー。

 聖女といえば、衣食住は不自由しないんだけど、神殿からの外出制限とか、奉仕活動なんかも国範囲に渡っていて、どこに飛ばされる(派遣される)かわからないのよね。

 あと貴族階級と同じで序列が厳しそう。

 聖女の魔法って「浄化」「治癒」なんだけど、これができる気がしない。神殿に入ったら底辺で下働き確定。

 わたし自身どちらかといったら、四属性魔法が得意みたいなのよ。あと多分、聖魔法より闇魔法の方がいけそうな気がする。

 ということは院長である老シスターには言えなかった。


 剣と魔法の世界に転生!

「わースゲー」とかなるけれど、現状わたしは転生した幼児で、娯楽のなさに嘆くオタクだったのですよ。

 だからまあ、二、三歳のころから、読み書きに興味津々な子供を装って、この教会にある蔵書、読み漁りましたとも。

 ま、ほとんどが羊皮紙を紐でくくったやつだったけど。

 この田舎の教会にも浄化、治癒系の魔法書はあったのだ。

 それを読み込んで試してみたら、しょぼかった……まじで。

 まったくできないってわけじゃないんだけど……聖女の魔力に比べると、まじでしょぼい。

 実際に限界まで使ったのは、先日の河川氾濫防止の防波堤を土魔法で作った時だったけど。


 で、わたしを王都の神殿へ送る為、ひと先ず魔力鑑定しようってことで、鑑定人がきたんだけど、「魔力はあれど、聖女にあらず」っていう鑑定結果が出たわけ。

 予想通りだったけど、院長はがっかりしていた。


「軍か冒険者ギルドあたりに話をつけてみては?」


 わたしがそう提案してみた。

 軍隊の一部王宮魔術師団とか冒険者ギルドも魔法使えるなら優遇はされる。

 仕事もいっぱいくるだろうけど。


「ヴァルトレード、貴女は女の子だから……冒険者ギルドは論外です」

「女の子だと、聖女候補一択なのですか? 院長様」

「まあそうですね。保護したのが教会ならそういう感じにしておいた方がいいのです。軍の王宮魔法師団も規律はありますが……男性がいるでしょう。やんごとないおうちの女の子が荒事をこなす男性と寝食を共にするのは、本来のお家に戻った時にいらぬ噂をたてられやすいものなのです。冒険者ギルトと同じ理由で勧められません」


「だから神殿に? 聖女にあらずの魔力を有する者でもですか?」


「前例がないわけではありません。王都の神殿の方が、本来の家元が判明した時、そこの家のタウンハウスに引き取られ、ご両親と会える可能性が高いのです。貴女が提案した王宮魔法師団だと、規律があるぶん、冒険者ギルドよりはましでしょう。たしかに王城あずかりになります。しかし、貴女の生家の貴族階級が下であれば、その家が城へ登城できない場合もありえるのです」


 なるほどね~。その場合はもっと後々にならないと会えない。

 運が悪ければ一生、家が判明できないってことか。

 この孤児院の院長シスターはかなり善良なお人だ。

 もっと業突く張りだったら、わたしを聖女候補として王都の神殿へ送る手配とかしないで、今回のように魔法で村を救ったのだから寄進しろと村から搾取に走るよねえ。

 おまけに、ちゃんと貴族の令嬢としてのこれからを考えてくれている。

 孤児院スタートの異世界転生、でも、こんな善良な人の元で十年育ったことは、悪くはないんじゃないのかな?

 これも神のお導き――ってやつなのかもしれない。


「わかりました。院長様のよろしいように」


 そう院長シスターに伝えて、近々、王都へ向かって長旅するのか~荷物なんてそんなにないけど、下着や着替えの一着や二着は持ってるから、それを鞄に詰めておくか。

 部屋に戻っていつでも出立できるように、小さい鞄に数少ない私物をまとめておいた。

 一緒に暮らしている孤児たちにはあえて、ここを出るなんて言わない方がいい。

 同年代はうるさいだけだし、小さい子はギャン泣きするに決まってる。


 その夜、再び、わたしは院長に呼び出された。

 出発の日程が決まったのか、早いな、王都からきた魔力鑑定人が有能なのかな? なんて思いながら、昼に話を受けた院長室のドアをノックして入室すると、院長と副院長、そして見知らぬ男性が立っていた。

 あきらかに、仕立てのいい、お貴族様に仕える執事服を着こなした初老の男の人だった。

 魔力鑑定人の人とは違う。


「お呼びでしょうか? 院長様」

「ヴァルトレード」

「はい」

「昼間にお話したことですが、貴女は王都神殿ではなく、本来のお家に戻ることが出来るかもしれないようです」


 お貴族様の執事と思われる初老の男性がわたしの前に立ち、手の平に治まるジュエリーボックスを開ける。

 そこには小さなペンダントトップみたいなものが収まっていた。


「お手をかざしていただけますか?」


 初老の執事が、孤児のわたしに紳士的にそう言う。。

 わたしは言われるままに、ジュエリーボックスに治まる小さいキラキラした宝石みたいな石に手をかざすと、魔力が目の前に光となって現れる。

 そして空中に魔法陣が浮かんで、それが別の紋章みたいな光に形どられた。


「――これは……」


 院長よりも若い副院長は驚きの声を上げる。

 わたしも驚きだ。

 ザ・異世界魔法ファンタジー! 


「魔力血統判定の確認ができました。やはりこのお方は、我が主の御子……!」


 執事と思われる初老の紳士がわたしの前に膝まづく。


「お探ししておりました。よくぞご無事でヴァルトレード様」


 この人の言ってること、本当なのかなと院長と副院長の二人に視線を向けると、二人はわたしとこの執事の間に魔力で浮かび上がる紋章に視線が釘付けだった。


「貴女様のお名前は、ヴァルトレード・ローザ・フォン・ハイドファルト様です」


 執事の人がわたしの家名を伝える。


「ノイマン王国、辺境伯爵家三家のうち一家、ハイドファルト辺境伯爵家当主、ヴィルヘルム・バルトルト・フォン・ハイドファルト様のご息女です」



 辺境伯爵家……。

 わたしの名前、長い!

 そして、父親の名前もすごく長い!

 頭上に光輝く家紋を見つめながらそんなことを思った。



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