魔女と呼ばれた令嬢と小さな執事

翠川稜

第1話 タウンハウス乗っ取られました!



「いいか! このタウンハウスはわしが管理する! 当主不在では、お前の結婚話も進まないだろう。先方のアッシュクロフト公爵家には既にこの婚約をないものにと使いを出したからな! せっかく我々親族がまとめようとしていたが、お前にはもったいないと思っていた! さっさと領地に戻って、当主を探すといい!! だいたい、怪しいものだ! 七年前にぽっと現れたお前が、ハイドファルト家の娘とか! 当主や先代が認めてもわしを始め、縁戚の者は認めんぞ!」


 目の前にいる祖父の弟の息子という男がそうがなり立てた。

 両親が行方不明になってから、この目の前の小太りのおっさんが、我が物顔でこのタウンハウスに乗り込んできて、あれこれと采配し始めて、一か月――。

 こいつ頭悪いんじゃないか?

 アッシュクロフト公爵家だって、捜索に協力していた状態なのに、それを打ち切るように進言したのも、この目の前の男だ。

 本当に前々からこの男については、いらついていた。

 あんたこそ、このハイドファルト家の者じゃないよね?

 先代の末弟の息子とか、下位貴族もいいところじゃんよ。

 あと、貴族における魔力血統判定って知ってるのかな?

 この世界は魔力と血が複雑に結合していて、その血統は魔力によって浮かび上がる家紋で確約されるものなのよ。

 前世のDNA鑑定並みの血縁鑑定ができるんだよ!

 これはこの世界の常識じゃない? それを目の前で見せても納得しないとか欲の皮が突っ張りすぎて脳みそに寝食してんじゃないの? 

 だいたいお前が父上を『黒き聖域の森』から出れないようにしたんじゃんよ!

 あーダメだ。ここで言い争いしてるよりも捜索しに行った方がいい。

 でも、こいつこのタウンハウスから出て行かないよね?

 このクソ豚野郎が!

 貴族の淑女にあるまじき言葉をぐっと飲みこむ。

 ここで反論しようものなら、「育ちが育ちだからな!」とか言われかねない。

 両親を侮辱されるのは、わたしの本意ではないのだ。

 ちゃんと七年、辺境伯爵家のご息女に相応しい教育を受けていたのに、ここで暴言吐き散らかしの反論なんかしたら、それ見たことかと言われかねない。

 我慢、我慢よっ!! わたし!


「ベーレント卿が認めなくとも、ヴァルトレード様はハイドファルト辺境伯爵直系の姫君です。卿に言われずとも、ハイドファルト辺境伯爵ご夫妻――我らの主人の行方ならば、このタウンハウスにいるハイドファルト家に仕える者達は皆、ここを出て捜索するに否やはございません」


 そう言って、進み出たのは小さな執事だ。

 青みがかった銀髪に、採光の状態では金にも見える琥珀色の瞳をした小さな執事こと、アルフォンス。

 ちょっと最近成長期なのかな? わたしと五歳差だから十二歳のはず。

 出会った時から中身が老成している不思議な子だった。

 でも、目の前の豚野郎よりも、この子の方がよっぽど生まれも育ちもよさげだし、もしかして実は「やんごとないおうちの子かも」と思ったことは一度や二度ではない。


「ならば出ていけ! ふん。相変わらず従僕見習いごときが生意気な! 誰がお前に口をきいていいと言った!」


 小太りのおっさんが、アルフォンスに鞭を打とうとするが、わたしがその鞭を魔法で絡めとる。

 わたしの小さな天使ちゃんに何してくれてんだ! ゴルァ!


「この、不気味な魔女め!」


 大した魔力を持たない下位貴族のくせに、年若い娘を不気味な魔女と罵しるとか、お前こそ何様よ。

 魔力量は貴族の証なんだって教えられましたけれど⁉

 王都では魔法ご法度なんだけど、身を護る為なら良しって聞いたことあるわ。

 だから王都には魔法学園があって、そこで魔法を学ぶんでしょ!? 

 こんな状態なら、わたしもその学校、中途退学決定だけどね!

 わたしの背後の扉が開いた音がした。

 一瞬、両親が戻って来たのかと思ったけれど、ハイドファルト家の魔力と異なるので、別の誰かなのだろう。


「ノアベルト様……」


 執事が名前を呼んだので誰がきたのかわかった。

 先代と現当主を抜きにして、縁戚の者達が勝手に婚約をすすめようとしていた、わたしの婚約者候補。

 いや、この青年の婚約者候補がわたし――と言った方が正しいかもしれないわね。

 高位貴族も高位貴族、このノイマン王国四公爵が一家、アッシュクロフト家のご子息。

 この家の傍系縁戚の連中が、どこでどんな手を使ったのかわからないけれど、こんな大物との縁談を用意してよこしてきたのは昨年のこと。

 先代と現当主もいきなり反対を唱えることもできずにいた相手だ。

 わたしが公爵家と婚約とか、そこだけはこの欲の皮のつっぱった目の前の小太りの男と意見が合いそうよ。

 無理無理無理。

 だって普通公爵家って王家の傍系じゃない。

 身分不相応なのは承知している。


「これはどういうことだ? ヴァルトレード嬢、しばらく学園に姿を見せなかったと思って心配になって迎えに来たんだ」


 わたしは肩越しに相手を見て舌打ちしたくなる。

 堪えましたけど。

 魔力を収めると、目の前の豚野郎はバランスを崩して尻もちをついた。


「それに、その服装は?」


 わたしは今、貴族令嬢が身に着けるドレスを着ていない。

 もちろん、魔法学園の制服でもない。

 ハイドファルト家の領軍の制服を着ている。

 この目の前の業突く張りの下克上狙いの三下、下位貴族のおっさんに言われるまでもなく、ここを引き払い、両親を探しに行くつもりだったからだ。


「アルフォンス、皆に伝えて頂戴。ハイドファルト辺境伯爵家に忠誠を誓う者は、ここを引き払い、領地に戻れと。――『黒き聖域の森』に消えたハイドファルト辺境伯爵をわたしは探し出します」

「かしこまりました」


 小さな執事はスっと足音を立てずに、その場を離れてくれた。


「アッシュクロフト公子。危急の用が出来いたしました。当家の事情はそこの者が御家に通達したことと存じます」


 わたしの背後でまだ尻もちをついている男にチロリと一瞥をくれて、公子にそう告げた。

 だが尻もちをついたままの小太りのこの男は、さっきの魔法を見て、若干及び腰になったものの、公子がきたから味方を得たと思ったようだ。


「ご、ご覧になりましたか、公子! ここは王都タウンハウス内だぞ! 魔法を使うなんて!! そもそもこの娘はハイドファイト辺境伯爵家にぽっと現れて娘扱いされていたのですぞ! その粗雑さ、貴族の令嬢とは程遠い。おまけに、この場で魔法を使うなど! 由緒正しい、アッシュクロフト公爵家のご嫡男との婚約など片腹痛い! 出ていくがいい!!」


 これは縁戚が勝手に婚約相手にと進めてきた話だろうが!

 そんな「出ていくがいい!」とかお前が言うな! お前をいつか追い出してやるからな! だいたい、両親不在時のタウンハウス管理の許可書だって偽造っぽい。

 だが今は、こんな小者にかまってる時間が惜しい。

 早く領地に戻って確認したい。

 両親は死んでいないって。


「待ちなさい、ちゃんと事情を説明しなさい」


 公子が通り過ぎようとするわたしの手首を掴む。


「公子様、そのような出自のあやしい娘の手をとるなど、おやめください!」


 ヒステリックで甲高い声が響く。

 このタウンハウスを管理してると豪語する男の娘だ。

 同い年なんだけど、ほんとこいつも性格が悪い。

 親も親なら子も子だ。

 勝手にタウンハウスに乗り込んで、我が物顔であれこれとハイドファルト家の使用人を顎で使って――。

 当主が行方不明になったからって、こんな横暴が赦されるものか。

 わたしがヒステリックな声をあげた少女を睨む。

 怯えた感じで、わたしの手首を掴む青年の後ろに少女は身を隠した。

 さしずめ、わたしが悪役で、彼女がヒロイン――そんなところか? でもね、ここはハイドファルト家の王都、タウンハウスなのよ。

 魔法ご法度の法がなければ、いますぐにでも、ここで勝手をしているお前達親子を叩き出しているわ。

 あと、わたしの手首をつかんで離さない青年もだ。


「ヴァルトレード様、お仕度、整いましてございます」


 わたしの背後から小さな執事――アルフォンスの声がする。


「それと――我が姫の手をお放し下さい。当主不在の他家の館で勝手振る舞うのが、アッシュクラフト公爵家の流儀ですか? それとも、公爵家ならばこの辺境伯爵家に何をしても良いと?」


 不敵に笑う小さな執事が公子の手を掴む。

 本当に執事かな? その威風堂々とした態度、身体は小さく執事の衣裳を纏うも、その覇気は公子にも負けていない。

 公子から解放された手を見て、アルフォンスはわたしに手を差し伸べる。


「参りましょう、ヴァルトレード様。ご安心ください。このアルフォンスが全て良いように手配してございます」


 年々、カッコ可愛いくなるわたしの小さな執事が、エスコートの手を差し伸べる。

 わたしは微笑んで小さな執事の手をとり、このノイマン王国王都ハイドファルト辺境伯爵家のタウンハウスから出て行った。



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