愛より出でて愛より青汁

「一緒に青汁を飲みましょう?」

 麦絵むぎえは青汁のパックを手で破ると、グラスに入れ水で溶きはじめる。


 青月せいげつの夜に青汁を飲んだ男女はあの世で結ばれる……そんな迷信を盲目的に受け入れているに違いなかった。麦絵はそういう文学的思考をする古風極まりない女だ。


 たしかに、今夜の月は、暗い川面に浮かんだ提灯の明かりは、幻影に呑み込まれそうな勢いの二人に、ならば背中を押すぞと言いたげなムードを醸していた。


「ちょ、ちょい待て」よしかずは内心、冷や汗を流す。このタイプの男はちょっとやそっとのことでは勇気を携行してはくれない。


「おれは、こないだの傷が癒えてないんだわ。この前も話したと思うけど──」

「傷? 任せて」


 麦絵はグラスの青汁をぐいっと口にあけると、よしかずに向けて「ブフーッ!」と勢いよく噴いた。


「おわっ! なにしてんだよ」慌ててハンカチで顔を拭うよしかず。

「消毒よ」

「傷って心の、だよ。なに考えてんだ!」


 麦絵はよしかずのシャツの胸の辺りをぐっと掴んだ。「心の傷だって癒せるに決まってるわ! 決まってるじゃない。青汁よ?」

「わかったから、落ち着いてくれよ」


 よしかずはハンカチを裏返して、麦絵の口元を拭いてやった。

 本当言って、よしかずは何もわかっていなかった。

 青汁にまつわる言い伝えも女心も。

 一切を知らない方が、人生は身軽に渡っていける。

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