第11話

「おそらくですが、七菊様は、僕のような得体の知れない下賤の者と関りがあることが恥ずかしかったのだと思いますよ。因みに、僕が七菊様とお会いしたのは先日の大雪の日でした。僕は、牡丹様に頼まれた御使いを済ませて六郷のお屋敷に帰る道すがら、七菊様に偶然お逢いしたのです。七菊様のお顔は新聞で拝見しておりましたので七菊様御本人で間違いないと確信いたしましたが、七菊様ほどの御方がこんな大雪の中を送迎の車を使わずひとりで歩いていることが不思議でなりませんでした」

「ああ、あの日は、七菊が『二葉総合病院』に慈善活動、要するに、我々のような金やら権力を持つ者はその利益を社会に還元し国を豊かにするために、寄付やら教育機関の設立などに尽力せよという活動だ。その打ち合わせに行っていた日だな。あの日はたまたま車の調子が悪くてな、修理が終わるまで待つように連絡を入れたのだが、あれはせっかちな性格でな、私の言うことなど無視して徒歩で帰ると言ってきかなかった」

「そうでしたか……それで」

「何か合点がいったのか?」

「はい。七菊様は、慣れない雪道で転倒してしまったようでして、脚に怪我をしてらっしゃったのです」

「そういえば、少し右脚を庇うような歩き方をしていたな」

「七菊様が通った後の雪道の上に赤いものが点々と続いていたものですから、思い切って声を掛けさせて頂きました。先ほどお話したとおり、僕の育ての親は医者でしたから、僕はいつも薬やら包帯を持ち歩く習性があるのです」

「なるほど。それで、君が七菊の怪我の応急処置をしてくれたというわけか」

「はい。最初は拒否されましたが、僕はけっこう強引で図々しいところがあるようで、七菊様が僕のしつこさに根負けした形になりました」

「それで、怪我の手当の礼として七菊がうちに君を招いたのか? それとも、君が強引に図々しく、しつこく頼み込んだのか?」

 そう言って、牡丹氏は顔をくしゃくしゃにして笑った。

「無論、後者です」

「であろうな。その若い身空で、三大財閥の一角を担う『九賀野財閥』の当主と対等に話す度胸があるのだからな」

「揶揄わないでくださいよ。本当は心臓が破裂しそうなほど緊張しているのですから」

「とても、そうは見えないがな」

 そう言って、牡丹氏はお腹を抱えて笑った。

「それで、君の夢というのは何なのだ? まあ、察しがつくが、君の口からきいた方がよかろう」

「お気遣いいただきありがとうございます。おそらく、牡丹様のお察しのとおり、僕の夢は育ての父のような医者になることです。今もずっと父から譲り受けた医学書や薬学書などで航太様や六郷家の皆様にばれないように勉強をしておりますが、『医学開業試験』の廃止が決まってしまった以上、独学では医師になることが叶わなくなってしまいます」

「ふむ。そういうことか。それならば、暫くの間、六郷の目を搔い潜ってたまにこの屋敷に通うことは可能か? 君とさしで話した感じ、頭の出来は悪くなさそうだ。私が特別に講師をしてやろう。医師になる素養や資質が足りないと私が判断を下した時点で君は医師になるという夢を諦めなさい。できるか?」

「はいっ! まさか、牡丹様直々にご教授いただけるとは! ありがとうございます! ありがとうございます!」


 こうして、零は、九賀野財閥の現当主である九賀野牡丹氏に魅入られたのである。

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