第10話

「ちょっと引っ掛かるな」

 牡丹氏が首を傾げながら言った。

「どのへんがでしょう?」

「君は、人間の内面を見抜く能力があるのだろう? 六郷 航太が君を『愛玩動物』として見ていることは見抜くことができなかったのか?」

「なるほど。牡丹様が疑問にお思いになるのも当然ですね。僕と出逢った時の航太様は、川沿いを思いつめた表情で歩いていた僕が川に飛び込んでしまいそうに見えたらしく、純粋に助けてあげようという気持ちが伝わってきましたから。それからしばらくの間は六郷のお屋敷で航太様のお供や掃除などの雑用をしていました。僕もやっと居場所を見つけることができたと安心しかけていたある日の夜、かなりお酒に酔ったご様子の航太様の寝室に呼ばれました」

「ほう……話を続けなさい」

 牡丹氏はふすふすと鼻息を荒げながら言った。

「航太様は、六郷家のご長女である愛育あいく様が幼少期に着ていたワンピースを僕に手渡し着替えるように命じました。着替えが済むと、今度は黒髪ロングのウィッグを被るようにと命じられました。航太様は僕の頭の天辺から足の爪先まで舐めまわすように見ていやらしい笑みを零しました。その後どうなったかはご想像にお任せいたします」

「ほう、ほう……あの、筋骨隆々で豪放磊落な漢を絵に描いたような漢にそのような性的嗜好があったとはなあ、ははっ、これは愉快、愉快」

 牡丹氏の下卑た笑いが高級絨毯の上に零れ落ちてぬるぬると這いずり回った。

「あのう……このことは、絶対に他言しないでいただけますか?」

「わかっておる。そんなことをしたら、九賀野が六郷に潰されるわ。『三大財閥』などと呼ばれてはいるが、六郷財閥の力がいちばん強いのは、うちも三界みかいも重々承知しているからな。しかし、君は、そんな辱めによく耐えられるな」

「ええ。実を言うと、このような辱めを受けるのは初めてではなくて……孤児院時代にもありましたし、慣れてしまったのかもしれませんね。たまにご当主様のお相手をするだけで内緒でお小遣いも頂けますし、お休みも、ある程度自由にいただけますので居心地は悪くないですよ」

「それならば、九賀野に何の用がある? このまま、六郷航太のお気に入りでいれば、それなりに出世できるかもしれないのに。解せないな」

 牡丹氏は、両手を頭の後ろで組みながら言った。

「ええ。牡丹様が仰るとおりだと思います。ですが、僕には夢がありまして、それを叶えるには九賀野家の御方と親交を深めた方が効率的に叶えることができると思ったのです」

「ほう……それで、七菊に近付いたのか? 君との関係を問い詰めてみたのだが、頑として答えないのだよ」

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