第9話

 零と牡丹氏の立場は完全に逆転した。

「わ……わかっている。君を実験動物になどしない! 約束する!」

 そう言いながら、牡丹氏は研究者として、この得体の知れない少年のオカルティックな力に魅了されていた。

「そのお言葉をきいて安心いたしました」

 そう言って、零は不敵な笑みを浮かべた。

「しかし、君は六郷財閥の当主とも関わりを持っている身ではないか? なぜ、九賀野とも関わろうとするのだ? 何か欲しいモノでもあるのか? そもそも、どうやって、うちの七菊と知り合ったのだ? あれは女の身ではあるが九賀野の次期当主になる予定の選ばれし者よ。君は、その奇怪な能力でこちらの事情やら何やらは丸見えなのだろうが、私たちは、君のことを何も知らない。少しくらい君のことを教えてくれても良いではないか?」

「それもそうですね。確かに、これでは公正さを欠きますね。あまりに不平等だと牡丹様に研究所に閉じ込められてしまうかもしれませんからね」

「そ、それは、絶対しないと約束したではないか? 私のことが信用できないのなら正式に誓約書を交わそうか?」

「いえ、冗談です。牡丹様は絶対に僕のことを裏切ったりしません、絶対に」

 零の視線が、狙いを定めた獲物に突進する鷹のような獰猛さでもって牡丹を射抜いた。

「其処いら辺にゴロゴロ転がっているありきたりな不幸話で退屈かと思いますが、私の身の上などを少々」

「ああ、是非、聞きたいね」

 牡丹氏の目は零に釘付けになっていた。

「僕は、孤児です。残念ながら両親のことは憶えておりません。僕は私設の孤児院で育ちました。院長先生は、医師と兼業で孤児院を経営されていらっしゃったので、僕たちは先生の奥様であるお母さんと過ごす時間の方が多かったと記憶しています。皆優しくて居心地の良い家でした。しかし、僕が成長するにつれて、この外見が悪目立ちし、僕を巡って仲間たちが仲違いをするようになってしまったのです。僕は、自分の所為で家の空気が悪くなっていくことに耐え兼ねて孤児院をそっと抜け出しました。施設からなるたけ遠くへ行こうと思いました。田舎では僕の風貌は目立ってしまう。僕は人が多い帝都へと向かいました。帝都なら上手く紛れることができるだろうと思ったのです」

「君は、誰にも告げずに孤児院を抜け出したのか?」

「院長先生にだけは伝えました。勿論止められましたが僕の意思の強さが勝ち院長先生は、僕に餞別までくださったのです。本当に院長先生やお母さんにはいくら感謝しても足りません」

「しかし、君の年齢……見た感じ十にも満たないように見えるが、どこぞの田舎から帝都までの旅路は危険ではなかったのか?」

「そうですね。少々実年齢より若く見られがちですが僕は今十二歳です。施設を出たのが十歳の時でした。それでも、まあ、人を見抜く能力と言ったら良いでしょうか、この能力のおかげで何とか人攫いのような悪党どもに捕まることなくやり過ごすことができました。帝都に辿り着いてから数ヶ月間は商店に住み込みで働かせてもらったりしていたのですが、この外見が災いしてどうにも上手くいかず、はてさて、この先どうやって生きていったら良いものかと思案に暮れながらふらふら歩いていたところを、六郷 航太様に声を掛けられ今に至るといった感じです」

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