第8話

 牡丹氏は、

「七菊から、君は、『六郷財閥ろくごうざいばつの現当主である六郷航太ろくごう こうたの愛玩動物』だときいたのだが、それは、君がどこぞやのスパイであるということを意味するのか?」

 と、睨めつけるようにして零に訊いた。

「いえ、それは否です。断じてありません」

「まあ、言葉ではなんとでも言えることだな。君は見た目こそ、可憐な少女、いや、少年だが、其処いらの新聞記者が知らないような九賀野内部のことも知っていたと七菊からきいた。その情報源はどこから得ているのだ? 君にご執心らしい六郷 航太から得ているのか?」

 牡丹氏の目が獲物を狙う鷹のようにぎらりと鋭く光った。

「いえ、ご当主様は、ビジネスとプライベートをきっちり分けてらっしゃる御方ですから、僕のような下賤の者に、ビジネスや政治の話など決していたしません」

「ほう……では、君はどこから九賀野家内部の極秘情報を得たというのだ?」

 零は逡巡する振りをした。

「そうですよね。こんな得体の知れない子どもの言うことを信じろと言われて『はいそうですか』と信じるようでは、九賀野財閥の当主など務まりませんよね。あまり気乗りしないのですが、牡丹様の信頼を得るために、僕の持つ奇怪な力を御覧入れましょう」

 そう言って、零は、琥珀色の目をかっと見開き牡丹氏を見据えた。

「あのう……」

「何だ?」

「牡丹様のプライベートに土足で踏み込むようで、すごく気が引けるのですが」

「構わん。遠慮なく言ってみなさい」

「わかりました。では遠慮なく」

 零はごほんと咳払いをしてから、

「『セルリアン・カフェー』の女給の千代子ちよこさん、『二葉総合病院』内科勤務の看護婦の桜子さくらこさん、『千時丸音楽学校せんじまるおんがくがっこう』ピアノ科の雪乃ゆきのさん……なんなら、牡丹様の性的嗜好なども申し上げましょうか?」

 そこまで零が言ったところで、先ほどまでの威厳に充ちた牡丹氏はどこぞに消えてしまったのか、萎んだ風船みたいにへにゃへにゃになって慌てふためいた。

「わ、わかった……わかったから! 君が奇怪な力を持っているということは信じよう! だから、その、私の女性関係のことは妻には絶対に言わないでくれ!」

「ええ、わかっておりますとも。牡丹様の奥様の蘭(らん)様はとてもプライドが高い御方。牡丹様の華やかな女性遍歴を決して御許しにはならないでしょう。このことが奥様に知れてしまえば九賀野財閥の存亡にも少なからず関わってまいりましょう。牡丹様が僕のことを信じてくださる限り、僕は、牡丹様を裏切るようなことは決していたしません」

「ああ、信じる。信じる! 誓おう!」

「ありがたきお言葉、心より感謝いたします。念のための確認なのですが、僕が牡丹様の秘密を握っていると同時に僕も牡丹様にこの奇怪な力のことを知られてしまいました。聡明な牡丹様ならお分かりになると思いますが」

「何だ? 私は回りくどい物言いを好まぬ!」

「僕のことを実験動物モルモットとして『九賀野研究所』に収容しようなどとは思ってらっしゃいませんよね? 僕を敵に回すより味方につけた方が牡丹様、九賀野財閥にとってお得なことが多いかと思いますが、如何でしょうか?」

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