第7話

「いやはや、大変な商談であった。長いことお待たせしてしまい申し訳ない」

 仕立ての良さそうな亜麻色のスリーピーススーツのジャケットをカーディガンのように羽織り口髭を蓄えたスマートな男性が少し長めの黒髪をたなびかせながら、ドアの向こう側から颯爽と現れた。この飄々とした感じ、成功者が醸し出す自信、そして、隠しても隠し切れないあざとさと横暴さ。間違いなくこの男が九賀野家三代目当主、九賀野 牡丹くがの ぼたん氏であることを零は確信した。零のことを警戒していた様子の七菊が牡丹氏に似た人物をさも本物のように仕立て上げて零に会わせるといった小賢しい策を打ってくるかもしれないと案じていたが、研究・実験で解明することが困難なオカルティックな力を持つ零のことを恐れたのか、きちんと契約を履行してきたことに零は満足した。牡丹氏はテーブルを挟んで丁度零の真正面を見据えることができるアームソファに腰掛けると、前屈みの姿勢をとり両肘をテーブルに置き、零の顔をまじまじと観察し、


「七菊からきいたよ。『零くん』だっけ? 君が女児ではなく男児だと。俄かには信じられないな。陶磁器のようにすべすべで雪のように白い肌。ビスクドールのように整った目鼻立ち。琥珀色の艶やかなボブヘアがとてもよく似合っている。美しい! まさに芸術品だ!」


 興奮した牡丹氏が勢い良く立ち上がった所為で、薔薇の花の彫刻が施されたドローリーフテーブルの上のティーカップの中の紅茶がゆらゆらと波打った。


「君の存在自体がまさにモルモ……いや、神秘だ。本当に君が男児なのかどうか私に確認させてはくれまいか? 決していやらしい意味ではない。飽くまで、モルモ……いや、神秘を解き明かすために!」


 九賀野家現当主の九賀野 牡丹氏は、類稀なる優秀な研究者であると同時にちょっとした変人であるという噂は耳にしたことがあったが、どうやら本当らしいと零は思った。


「あ……はい。牡丹様の探究心を満たす手助けとなることができるのであれば、僕のことは牡丹様のお好きなようになさってください」


 そう言いながら、零はズロースを脱ぎ千鳥格子柄のスカートの裾をたくし上げた。牡丹氏は、零の下に寝転び零のあれをあらゆる角度から観察した後で、むんずと掴んだ。思わず、零の口から「あっ」という声が零れた。


「おいおい、それは反則だぞ。今のところ、おじさんはノーマルだからね。これ以上誘惑されると、おじさん、ちょっとおかしくなってしまいそうだ。まあ、それを穿いて腰掛けなさい」

 牡丹氏は、幾何学模様の青を基調とした絨毯の上に晒しもののように脱ぎ捨てられた純白のズロースを指さしながら言った。


「あ! 申し訳ございません。こんな綺麗な絨毯の上に汚い僕の下着なんかを」

「気にすることはない。モルモ……君の美しさの神秘を解き明かすために、証拠を見せるように言ったのは私の方だからね」

 そう言って、牡丹氏は豪快に笑った。

「まあ、落ち着いたところで、本題に入ろうか?」

「はい」

 零は捲れたスカートの裾を直しながらソファに座った。牡丹氏の目は、先ほどまでの、新種の昆虫の構造に好奇心をくすぐられている少年のような無垢な目から、千時丸帝国という大国のトップと太いパイプを持ち特権階級をもぎ取った九賀野財閥当主の冷酷な目に変貌した。さすがに、長く修羅場をくぐってきただけあって、威勢だけは七菊の方が良いが、牡丹氏からは底知れぬ闇を感じるな、と零は思い、少しだけ震えた。

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