第6話

 千時丸帝国せんじまるていこくの帝都の一等地に聳え立つ九賀野邸は、その権力と富と名声とを顕示する化け物のようだった。純和風の庭園と洋風の芝庭が絶妙なバランスで併置され、先日の大雪で降り積もった雪が白粉のように木々や池を艶っぽく彩っている。欧羅巴の建築様式を取り入れた豪華絢爛な洋館は邸宅というよりは城と呼んだ方がしっくりくる。黒いスーツを身に纏った執事は九賀野財閥の名に相応しい聡明そうな御方で来客の対応も熟れていて、零のような得体の知れない子どもに対しても侮るでも敬うでもない心地の良い応対をしてくる。二階建ての洋館の一階にある客室のうちの一室に零を通した執事は、

「旦那様はお仕事が立て込んでおり零様とのお約束のお時間を少し過ぎてしまうとのご伝言を承りました。大変申し訳ありませんが、こちらで少しお待ちいただいてもよろしいでしょうか?」

 と言った。

「はい。大丈夫です。僕のことはお気になさらず。お気遣いありがとうございます」

 そう答えると、

「ありがとうございます。それでは、少しお待ちくださいませ」

 そう言って、執事は、左手を胸部のあたりに当て右手は後ろに回し丁寧にお辞儀をしその場を後にした。

 零は、執事が出してくれた香り高い紅茶を味わいながら、このティーカップ陶器一客にしたって其処いらの庶民がいくら精を出して働いたところで手に入れることができない高価な物なのだろうと思い溜息を吐いた。無駄に意匠を凝らした金色の壁紙やら、革張りのソファやら、マホガニー材のテーブルやら……いったい、どれだけの人間を踏台にし壊してきたら手に入れることができるのだろう? はてさて、神に選ばれし九賀野家の人間とやらが、使用人たちを含めたモノも含めて所有する価値がある人間なのか、この目でしかと確かめたいという思いが零の華奢な躰の中でふつふつと沸き上がってきた。

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