第98話 この国の支配者は

「ここの人、皆幸せそうですね」


 ご飯屋さんに入って、3人でテーブルを囲みながら私。

 そう。


 ここ、理想形な気がする。


 てっきり、従順で勤勉な人間だけ集めて、機能的で効率的で無駄のない社会。

 民に支配者を神のように崇めさせる、支配者に都合のいい自由の無い社会を想像していたのに。


 皆笑ってるし、魔族も人間も協力し合って暮らしてるんだよね。


 ……ここ、侵略された国の跡地なのに。


 すると


「誤解があるようだが、ヘルブレイズ魔国でも決して人間がゴミのように扱われているわけではないぞ」


 クロリスがそこに口を挟む。


「あくまで召使として扱っている。召使だから、所有者に召使を養う義務が発生する。そういう扱いなのだ」


 うん。

 まあ別に聞いてないし気にしてないけど。


 自分たちに冤罪が掛けられるかもしれないと思ったんだね。

 そんなことをする気は無いんだけどな。


 そんな話をしていたら


「おまちどうさまでした」


 白と黒の布のひらひらした衣装。

 そんな姿の人間のウエイトレスが、お盆に料理を持って配膳にやってきた。

 ここの料理は……


 白い平べったいパンと、緑色のスープ。

 あと、野菜の炒め物。


 パンとスープが特徴的。


「……パンはナンに似ているな。スープはグリーンカレーっぽいな」


 そう、兄さんは呟いた。

 兄さんの故郷にも似た料理があるんだ。


 厨房を見ると、料理しているのが魔族で、店の全体の指示をしているのが人間みたい。


 ……こりゃホンマもんだ。


 私は、考える。

 顎に手を当てながら。


 で


 顔を上げて、言った。


「……あの」


 2人の視線が私に集まる。


 私は思い切った。


「ここの四天王、倒さなくても良いんじゃないでしょうか?」


 ……だって、誰も困ってないし。




 すると


「……そう思うのは早計だと思うぞ」


 意外にもクロリスから駄目だしが出た。

 クロリスは言う。


 あの魔王に選ばれた四天王なんだから、油断はできない。

 もう少し調べてみるべきだ。


 ……呼び捨て。

 まあ、魔王の素性が分かってしまったら、もう魔王様とは呼べないかもしれないね。

 あんなクズ中のクズに「様」はつけたくないと思う。口が汚れる。


 で、兄さんは


「……俺もクロリスの意見にやや同感だ」


 もう少し、様子を見よう。


 そう言ってきた。

 うむむ……


 甘いのか? 私はやっぱり甘いのか?


 そのとき。


 外からワーッっという歓声が聞こえてきて


「魔王妃様!」


「ユリ様!」


 という声が聞こえてきた。


 ……え?

 魔王妃が外に居るの?




 店の人に断って、私は慌てて外に出た。

 問題の人物が見れるなら、自分の目で確かめないと。


 店を飛び出して、群衆の後ろに並ぶ。


 すると……


 この国の固有生物である、灰色の皮膚を持ち、高さ2メートルを超える巨体で、長い鼻と大きな耳を持つ哺乳類……象に引っ張られた巨大な車。

 象車って言えばいいのかな?


 まるでお祭りの山車みたいな。


 そこの上に、煌びやかな衣装に身を包んだ魔族の女性が乗っていて。

 群衆に笑顔で手を振っていた。


 ……すごく綺麗な魔族女性。

 それが私が彼女を最初に見た印象。


 長い黒髪で、前髪はぱっつんと切っている。


 ほっそりしてるけど、スタイルは美の一言で。

 決して痩せっぽちじゃない。

 そして丸くもないし細くもない。どっちかといえば切れ長な、美人の目の典型例。


「うお」


 思わず変な声が出る。


 ……あれがここの国の支配者。

 そら支持されるわ……


 私はそんなことを考え、見惚れてしまった。


 だけど


「……姉さん?」


 一気に現実に引き戻された。


 兄さんがそんな言葉を口走ったのが聞こえたからだ。


 振り向く。


 すると……


 ケイジ兄さんが、彼女を見て硬直していた……。

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