6章:最後の魔王軍四天王 ビストピア教国
第95話 義兄妹
私たちはキリサキさんの向こうの世界での人生を聞いた。
……ありきたりで、平凡な言葉だけど。
酷過ぎると思った。
キリサキさんのお姉さんは、何も悪いことをしていない。
ただ、大好きな恋人を守ろうとしただけだ。
それなのに、それで殺された。
勝手に見初めて、すでに相手がいるお姉さんに言い寄るような頭のおかしい奴に。
前にキリサキさんは「キリサキさんの世界では、頭がおかしいと認められると何をやっても許される」ルールがあるって言ってた。
こいつもそうなのかと思ったけど、こいつの場合は「大人と認められない人間は、罪を犯しても軽くしてもらえる」ルールがあるせいらしい。
なんなのそれ!
メチャクチャじゃない!
そのせいで、すぐさま処刑されるべき人間が許されて。
大人になってお金持ちになって。
一方的に酷い目に遭わされたキリサキさんの家は、何もしていないのに地獄の底に沈む。
誰もそんな状況がおかしいと思わないなんて、絶対に変よ!
だから
キリサキさんは全く悪くないです!
おかしいのはキリサキさんの世界です!
そう言おうとした。
だけど……
寸前で、思い留まった。
それは……
他ならないキリサキさんが、自分が被害者だとか。
俺は正義を行ったんだとか。
そういうこと、一言も言ってない。
そこに気づいてしまったせいだ。
もしキリサキさんがそんなことを言っていたら、私はきっとそのままキリサキさんを完全肯定し
この世界に転生しても、全く反省しないで変わらず悪の権化のままで。
魔王にまで即位して、この世界を地獄に変えようとしている。
……その、ストウカナルとかいう化け物を糾弾していただろう。
魔王ストウカナルの即位は、人間にとっても不幸だけど。
魔族にだって不幸だったはずだ。
元々、厳しくも高潔な世界で、自己研鑽に努めながら、ヘルブレイズ魔国から一歩も出ずに、創造神が望む世界の実現に邁進してただけの種族なのに。
魔王の命令で意に沿わない侵略行為に駆り出されている。
最低の悪鬼。
何でそんな奴がこの世界に転生してきたのよ……!
地獄に行けば良かったのに!
それが私の正直な気持ち。
キリサキさんが復讐を遂げたせいで、こっちに地獄の元凶が転生してきたんだなんて、責める気持ちは少しも無かった。
でも、キリサキさんはそんな言葉はきっと望んでないよ。
だから……
「前の世界のことなんて今はどうでもいいです。キリサキさん」
私はそう言った。
どうでもいい、って言葉を言うとき、心臓を掴まれそうになったけど。
そしてこう続けた。
「私、一人っ子ですけど……お姉さんかお兄さんがいたらよかったのに、って思ったことがあります」
俯いていたキリサキさんが顔を上げた。
私はさらにこう続けたんだ。
「今更ですけど、お義兄さんになってもらえますか? ……多分、年の離れた妹ポジはいけると思うんですけど」
笑顔を作りながら。
キリサキさんと義兄妹の関係を結べば、キリサキさんが背負っているものをいくらか背負うことが出来ると思う。
どうなんだろう……私の考え、ぶっ飛んでるんだろうか?
でも、今思いついた最良の言葉がこれなんだ。
拙速は巧遅に勝る、って言うよね。
そして私は手を差し伸べた。
その手を……キリサキさんは握ってくれた。
そして
「いや、ギリギリ親子でも行けると思うんだが。多分この世界では」
そんなことを言って、キリサキさんがそのとき薄く笑ってくれた。
私はそれが嬉しかったので、今度は本当に笑顔になる。
「……魔族には、友情と忠誠心しか絆の概念が無く、男女愛、家族愛という概念が無いので、知識でしか理解できないのですが」
クロリスがそんな私たちを見つめて、言ってくれたんだ。
「おそらく最良の選択がそれであると愚考致します。ケイジ様」
そして彼女はそう言って、その場に膝を折った。
……この日から、私にとってキリサキさんはケイジ兄さんになったんだ。
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