第85話 初陣と童貞喪失
俺の傭兵としての師匠の、退役自衛官の越前さんは
「戦場では理性を外せ。それを忘れるな」
そう何度も、口を酸っぱくするように言っていた。
そんなことは当然だ。
そうは思っていたけれど……
俺の初陣は散々だった。
アフリカの紛争地帯で、現地の政府に雇われた。
確か、そういう話だった気がする。
自衛隊では俺は、優秀な成績を自負していたから。
もっとやれると思っていたけど。
実際に、銃弾が飛び交う、死が身近にある環境に立たされたとき。
俺は恐怖で動けなくなった。
自衛隊でも訓練されたと思っていたのに。
俺は全然だったようだ。
そんな俺に
「オイオイ、キリサキ。キミはここに観光に来たのかい?」
同じ部隊に配属された黒人の男のグレッグが、俺にそう呆れたような言葉を掛けてくる。
彼のこんな言葉は、別に嫌がらせじゃないんだ。
それぐらい、俺だって分かる。
役に立たない戦闘員は、この部隊に要らない。
いくら重要度の低いフリーの傭兵に与えられるような任務でも、それはテキトーにやっていいってことじゃない。
そんなことをすれば、次から仕事がなくなるし。
それに、次が無いかもしれない。
死体になってしまってさ。
だったら言わざるを得ないだろ。
しっかりしろ、って意味合いで。
そんなグレッグの発言に応えて
「グレッグ、所詮ジャパニーズだよ。彼らは戦争に慣れてない。我々とは違う」
白人のダニエルが、フォローするように言う。
実際はフォローじゃなくて、半ば諦めているんだろうけど。
ああ、おそらくこいつはダメだ、みたいな。
自分の情けなさに死にたくなった。
仲間たちが突撃小銃を撃ち、進行方向の安全を確保したら突き進む。
その繰り返し。
それについていく俺は……まさにお客さんだった。
情けない……
とはいえ、こんな精神状態で前に出ても、的になるだけ。
その思いがあり、積極性を掴めない。
どうすればいいんだ……?
俺は悩み、周囲を見回した。
そのときだった。
仲間たちが安全を確保したと思われる建物の陰に、敵兵が1人、居たんだ。
小柄な兵士で。
前方の敵に集中している仲間たちは、気づいていない。
そいつはこちらをライフルで狙っている。
まずい。
多分気づいたのは俺だけだ。
ここでやらないと仲間に被害が出る。
俺は手に持った自分の突撃小銃を握りしめ……
構えた。
ここで、越前さんの言葉「戦場では理性を外せ」を思い出し。
引き金に指を掛け
思い出したんだ。
奮い立たせるために。
「彼女が僕を警察に売ったのが許せなかった」
「彼女に目を覚ましてもらいたかった」
「ロードワークに行きたい」
……あいつの言葉を。
すると一瞬、向こうの建物の陰でライフルを構えている敵兵が須藤加成であるような気になった。
その瞬間。
俺の引き金に掛けた指の重さが、まるで羽根のように軽くなった。
発砲音。
弾は、1発で命中した。
倒れ伏す敵兵。
俺は射撃には自信があったからな。
自衛隊でも1番の成績だったんだ。
俺のそんな射撃を、仲間たちが気づき。
俺が何をしたのかのにも気づいた。
そして
「キリサキ! やりやがったな!」
グレッグが1発、俺の背中を叩いてくれた。
彼なりの賞賛。
仲間を守った、自分の仲間への。
……そしてこれが、俺の殺人の童貞喪失だった。
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