第86話 火車

「キリサキ、2キロ近くあるのに、この距離で当てられるのか?」


 中国人傭兵の王が、狙撃銃を構えている俺にそんなことを言ってくる。

 狙撃に集中したい俺はスコープを覗きながら


「悪い。集中させてくれ」


 そう一言返して。

 引き金を引いた。


 スコープの中には、腑抜けた顔で見張りをしている須藤加成が捉えられていて。

 そいつの頭を、銃弾が撃ち抜いて1発で沈黙させた。

 敵は全て須藤加成。

 そう思うと、俺は呆れるほどあっさり人を殺せた。


 そのおかげで俺は、傭兵の世界で名前が売れてきて。

 フリーの傭兵だが、キリサキに任せれば難しい狙撃も全て成功させてくれる。

 近接でも縦横無尽の働きをしてくれる。


 そんな評判が立ち。


 是非、ウチの会社にお迎えしたい。

 そういうスカウトが数件、舞い込んだけど。


 俺は戦闘経験を積みたい。

 防衛任務はしたくないんだ。


 その一言で、全部蹴った。

 おかげさんで、自衛隊時代の貯金を全て使い果たし。


 たまに日本に帰って、バイトをしないといけなくなってきた。

 ……正直、避けたい状況だ。


 実入りが良くて、期間の短いバイト。

 無いかな?


 その日の作戦が終わり、俺は食事を取るために街に出た。

 行きつけの飯屋に行き、注文。


 テーブルについて料理を待っていると、運ばれてくる。


 今日の昼飯は羊肉の鍋とナン。

 ここの名物料理だ。


 正直、口には合う。


 ただ。

 ナンを使って鍋を食う。

 日本じゃあまりやらんよなぁ。


 素手で鍋を食べるとか。

 ナンを食器じゃなく食べ物として見るならば、という前提条件がつくけど。


 右手だけしか使ってはいけないって制限があるが、ナンを千切るときは使ってしまうのだが。


 他の人、どうやってんのかな?

 何回見ても、どうも良く分からない。


 そして悪戦苦闘する俺。


 そこに


「……霧崎啓司さんですね?」


 久々に。

 日本語の言葉を聞いた。


 それは少女の声で。


 顔を上げると。


 そこには、金髪の美しい少女がいたんだ。




 その少女は肌の色からすると黄色人種のようで。

 言葉からすると、日本人なんだろうなと予想はつく。

 結構少女にしては背が高くて、目が大きかった。


 ただ……


 ここ、イスラム教だからこの格好はまずいんじゃないか?

 そう思わざるを得ない。


 ヒジャブだっけ?

 黒い布。


 この子、素顔なんだ。

 素顔で、こげ茶色のマントを着ている。


 でもまあ、ヒジャブ無しで不利益被るのは彼女だし。

 覚悟あってしてるのなら勝手にすればいい。


「……アンタは?」


 そう訊くと


火車かしゃ、という組織のスカウトマンです」


 少女はにっこりと微笑んで、そう答えてきた。

 ……火車?

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