第80話 日常の崩壊

 俺は進学先は県内で3番手の進学校にした。

 ギリギリの進学校。ここから下は進学校に数えられていない。

 そんな学校。

 それでも、必死で勉強しないと合格圏に入れないんだ。


 姉さんの通ってる1番の学校は、公立校での1番手だけど。

 それでも中学で1桁台の順位の常連でないと狙えない学校で。

 そういう人間は頭の性能が違うなと。


 前々から思ってた。


 俺は姉さんに神経衰弱で勝負を挑んで勝ったことが無かったし。

 リバーシで勝負を挑んでも勝ったことが無い。

 かるたも同様。上の句の1語の発声で向こうはもうあたりつけてて。

 歌が特定される言葉が出た瞬間、もう取ってる。


 勝負にならん。


 今思うと、弟に花を持たせるプレイをしてやろうという発想は無かったのかと言いたい気分になるけど。

 向こうは「手加減するのは失礼よ」と言いそうな予感がする。


 ……今は確認しようがないけどな。




 その日は、俺の高校受験が終わった日のことだった。

 俺は必死で勉強し、志望校の受験に挑んだ。


 自慢じゃないが、俺は中学では部活で部長を務めたし。

 生徒会に参加したこともある。


 内申点は多分良かったと思うんだ。


 試験は試験で、手ごたえはあったし。


 これはもう……勝ったな。


 その予感があった。



「姉さん! これはもう俺、合格だよ!」


 家に帰ってリビングに飛び込んでそう報告しようと思ったら


 いなくて。


 そこで気づく。


「あ、そっか。まだ4時台か」


 姉さんの通う学校は、電車で20分かかる。

 6時間目の終了時間を考えると、今帰ってくるのは考えにくい。


 いつも先に帰ってるから、つい思い込んで行動してしまった。


「早く帰ってこないかなぁ」


 とりあえずコーヒーを入れて。


 テーブルでそれを飲みながら。

 俺は将棋の本を読み始めた。


 姉さんにゲームで勝つには、もう将棋くらいしか無いんじゃないかな。

 一応、事実としてプロ棋士には男性しか存在しないという話を聞いて。

 もう、脳のつくりで勝負しないと勝てないんじゃないのかと思い始めて。


 卑怯かもしれないが、勉強をしはじめたんだ。


 ……正直、勉強すればするほど、分からなくなってきて絶望的な気分になるんだけど。

 でも、1回くらい勝ちたいし。


 そして30分くらい読書していただろうか


「飛車角をどうやって落とせばいいのか書いて無いのか」


 記述が分からなくて、本をぺらぺら捲っていたら。


 俺の携帯が着信を告げた。

 ……なんだろうか?


 画面に表示された名前を見ると。


『天野賢吾』


 ……賢吾にぃ。


 何だろう?

 何か姉さんがやらかしたから、俺の協力でも仰ぎたいのかな?


 それとも何か俺にお誘いか?

 受験が今日終わりなの、賢吾にぃも知ってるはずだし。


 色々思いながら、俺は電話を取った。


「もしもし」


 回線を繋ぐと


「啓ちゃんすまない!」


 聞こえてきた賢吾にぃの声は涙声で。

 俺は困惑し


「……賢吾にぃ?」


 そう訊くと

 賢吾にぃは俺の言葉を無視するように、一方的に言ったんだ。


 こんなことを。


「百合を殺されてしまった!」


 ……え?


 その言葉を、俺は受け止めきれなかった。

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