第79話 俺と姉さんの日常

「ただいま」


 俺は帰宅した。

 部活の後だから、夜7時を回っていたけど。


 自宅の玄関ドアに鍵を掛け、タイルの三和土で靴を脱いで洋風の玄関に上がっていると。


「おかえり!」


 先に帰宅していて。

 私服のセーターとスカートの上下に着替えた姉さんが出迎えてくれた。


 よく手入れされた黒髪を長く伸ばし、戦国時代のお姫様のような切り方で前髪を整えている。

 アーモンドのような目が綺麗で、この辺が母さんとよく似ていた。


 俺は父親譲りの四白眼で、たまに「目が怖い。冷たい」って言われるのと対照的だ。


 姉さんは部活は特にやっていなくて。

 家でよく絵を描いていた。


 良く分からない水彩の絵だ。

 前に「落書き?」って言ったらブチ切れられたので、気を付けるようにはしてるんだけど。

 本当に良く分からない絵。


 美術史ってやつは良く分からないんだけど

 ピカソの絵に近い気がする。


 なので「パクってんの?」と訊いたら、そのときもまたブチ切れられた。

 これはオリジナルだ! と言い張る。


 そんなこんなで。

 賢吾にぃとの共通認識で、百合姉さんの絵を弄るのはやめとこうという話になったことがある。


「ただいま」


 そう挨拶を返し。

 俺は自室に向かった。

 鞄やら制服のガクランやらを置いたり脱いだりするために。


 その後、家の洗濯機に汗まみれの道着を放り込み、水洗いし、部屋干しする準備をした。

 袴は洗濯たまにでいいけど。道着は嫌だから。

 面倒だけどしょうがないよな。




「体育館駐車場に車がさ、いっぱい停まっていたじゃない」


 俺も部屋着のスウェットに着替え、前日に両親が用意してくれていた夕食を冷蔵庫から取り出しながら姉さんと会話をした。


 何でも姉さんは、通学路の途中にある体育館の駐車場に車がいっぱい停まってて。

 その停車中の車の中に、左ハンドル……つまり外車を発見し、興奮しているようだった。


 正直、そんなもん共感してくれと言われても困るんだけど。

 大体、俺も体育館の前は行き帰り通っているけどさ。


 駐車場の自動車の数なんて、いちいち見てないし、覚えてもいない。

 だってそんなもん、俺の生活と関係ないだろ。


 道中の体育館の車の数に俺が気づいているの前提で話を進めないで欲しい。


 そうは思うんだけど


「こんな田舎でも、外車買う人居るんだな」


 そんな返事をしつつ、俺はレンジにハンバーグの入った器を入れた。


 俺たちの両親は夫婦共働き。

 同じ会社の人間で、社内恋愛でそのまま結婚したクチだ。


 そのせいで姉さんも、将来は賢吾にぃと共働きで家庭を築きそうな勢いだった。


 姉さんが目指していたのは医者。

 賢吾にぃもだったけど。


 このときの俺は、そういう未来がいつか絶対に来る。


 そう、疑いもなく信じていた。


 俺の人生で最も平和で、幸せだった時間。

 それが崩れたのは、姉さんが県内の一番の進学校に進学し、高校生になって。


 丸1年が経過したときのことだった。


 今でも思うよ。

 姉さんがもう少し頭が悪ければ。


 あんな悪魔に出会わなくて済んだのに、って。

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