第52話 勇者に何があったのか
「アカイ様が倒された!」
「そんな!」
「俺たちはどうなってしまうんだ!?」
……コロシアムの観客たちが騒めき、悲鳴をあげていた。
この人たち、アカイが倒されたことを歓迎していない。
まあ、そうだよね。
この人たちは、アカイの支配を泳ぎ切っていた人たちだ。
だからこの国が再び人間の国になることが嬉しくもなんともないんだ。
分かっていたことだけど……正直、情けなくなる。
自分たちの上位種族として、魔族がいる。
そんな社会で良いんだ?
ヘルブレイズ魔国の属国で良いんだ?
屈辱とか、無いんだ?
頭の中に罵倒の言葉、非難の言葉が湧いてくる。
けど
ここで感情を爆発させるのは、おそらく私の使命のためにならない。
私は元のように、この国を人間の国にしなきゃならない。
そのために色々託されて、ここに来たんだから。
だから
「あなたたちは!」
声を張り上げた。
この場の全員に聞こえるように
「ただの被害者ですから! アスラ武闘国の武王陛下が守り切れなかった民ですから!」
その私の大音量に、観客席の民衆の騒ぎが、止まる。
私は続けて
「だからヘブンロード王国の支援が来る日まで、アスラ武闘国の民の誇りを忘れないで生きてください!」
そして
ひょっとしたら私のことを知らない人がいるかもしれない。
ただの小娘にこんなことを言われても、普通はきっと響かない。
誰が言ったのかが重要だ。
だから私は
「私はタンザナイト・トリストー! ヘブンロード王国の宮廷魔術師です!」
静まり返ったコロシアムで、私は精一杯の名乗りを上げた。
「……アカイ様が倒されたのは悲しいが、非の打ちどころの無い闘争の結果だ」
私の名乗りを聞いた後。
クロリスと交戦していた魔軍騎士・ルシエルが戦闘を中断する。
構えていた長剣の切っ先を下げ、その魔鎧着装を解除した。
全てが頭上の魔法陣に吸い込まれ、消えていく。
そしてこう言った。
「……やめよう。無益だ」
それを受けてクロリスも
「承知した」
彼女も大鎌を刃を下げ、魔鎧を解除した。
それを見届け、倒れ伏した仲間のライファーに歩み寄り、彼にはまだ息があったのか
「創造神よ。この者に癒しを」
……回復魔法を掛け、起き上がらせた。
そして何かを彼に告げ、コロシアムを出ていく。
こう言い残して
「我々はこれよりアスラ武闘国より出ていく。邪魔はするな」
ルシエルに癒され、その場に残されたもうひとりの魔軍騎士・ライファーは立ち上がり。
アカイの死体に近づき、抱き上げる。
そしてコロシアムを出ていく。
「どこに行く?」
クロリスのそんな問い。
彼は彼女のそんな言葉にこう返した。
「アカイ様の亡骸を葬る。人知れない山の奥に。それが残された我が使命」
そして同じく「邪魔はするな」と言い残し。
彼はこの場を去っていった。
「次の国、グラト帝国は学者が重用される、法律の厳しい国だったんですよ」
そして私は。
私たちは。
魔軍騎士たちの国外退去を見届けて。
次の国への旅を開始する。
アカイに仕えていた魔軍騎士たちは、アカイの仇討ちをしようとはせず。
大人しく国外に出て行った。
その行列はなかなか見ごたえがあり。
正直少し楽しかった。
……この国の首都では楽しいことなんてほぼ無かったけど。
そして、アスラ武闘国の解放をヘブンロード王国に亡命している王子様たちに知らせるために。
その伝令を、ヤマナさん一家にお願いした。
宝石1つを経費として渡して、私のサインが入った「アスラ武闘国解放」の報せを書いた紙を届けてもらえるように。
ヤマナさんは「任せてください」って言ってたけど。
負い目があるせいだと思うんだけど。
奥さんが、無理をし過ぎて身体を壊さないかだけが少し心配。
「そのせいで、思想家が沢山出現した国でもあるんです。歴史もそれなりに古くて、500年以上」
……ほぼ一方的にしゃべり倒す私。
キリサキさんがなんだか心配だったから。
あの、コロシアムで見せた青い顔。
ずっと強く、動揺なんて無用の顔で戦ってきたキリサキさんが。
何であんな顔をしたのか。
ものすごく気になったけど……
ああいうのは、本人がその気になったときに、自発的に話してもらうのを待つべきなんじゃないのかな。
どうしてもそんな気がして、私はやめといた。
その代わり、ほんの少しでいいから、キリサキさんが苦しまなくても済むように。
グラトの知識を披露して、少しでも明るい気持ちになってもらいたい。
そう思ったんだけど……。
これで私、キリサキさんを支えていることになるんだろうか……?
それが本当に、気がかりだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます