第51話 魔王の名前

 ふらつきながらアカイ。

 彼はキリサキさんの方を向き。


 そこで魔鎧の兜の着装だけ解除した。


 素顔を晒す。


 ……総督府の中で使い魔越しに。

 そしてあの、公開処刑の広場でも見たけど。


 穏やかそうで、優しそうで、知的で、上品な初老の男性。

 おおよそ、人を恐怖で支配することを計画する人間には見えなかった。


 彼は話し始めた。


「……敗北を認めたら、心が何だか軽くなりました。これなら心穏やかに逝けそうな気がします」


 なんで魔王に従っていたのか理解できなくなりました。

 立場に酔っていたんですかね? 恥ずかしい。


 そう言って、彼は笑う。

 自嘲の笑顔だった。


 そんな彼にキリサキさんは


「魔王の名前は?」


 そう、冷めた様子で訊ねる。


 ……実は私たちは、魔王の名前を知らない。

 元々、私たちは3000年もの間、魔族と断絶して生きてきた。

 ほとんど魔族は伝説の存在だったんだ。


 私たちが奴隷だったときの、ご主人様。

 とても残虐で、強さだけを追い求める危険で強大な種族。


 それが私たちの認識だった。


 そんな存在が、いきなり攻めてきた。

 しかも交渉も降伏勧告もなしでだ。


 メチャクチャだ。


 そんなこんなで、全く交渉なしで戦争がはじまったので、私たちはヘルブレイズ魔国の国家元首である魔王の名前は知らない。


 そこに今更ながら気づいたというか……興味を持った。


 魔王は一体、なんていう名前なんだろう?


 キリサキさんの言葉を受けて。

 アカイは頷き。


「ええ。あなたの予想通りですよ」


 薄笑いを浮かべて……こう、ハッキリと発言する。


「魔王の名前は……須藤加成すとうかなるです」




 ストウカナル?

 変な名前。


 クロリス、ライファー、ルシエル。

 この辺の名前は、私たち人間族でもある名前だから全然変には感じなかったのに。


 魔王はずいぶん変な名前なんだな。


 そう思い、何気なく私はキリサキさんの顔を見たら……。


 真っ青になって、震えていた。


 えっ、と思った。

 何? 何なの?


「……フフ。そういう顔が見たくて、わざと名前を口に出してみたんですが、大成功ですね」


 自嘲する笑みのまま、彼はそう言う。

 夢の中で浸っていた私を、引きずり出してくれた仕返しです。

 そう言って笑う。


「……魔王は日本人の転生者のようですよ。自分でそう言いましたからね。それに須藤なんて苗字、珍しいですが2つとない程では無いのに……」


 にもかかわらず特定できるなんて……あなたはその人物の死を知っていて、かつ反射的に出るくらい、いや……思い込んでしまうくらい関係が深い人物ということでしょうか?


 そんな人物とこの世界で再会できて……嬉しくはないみたいですね。その顔を見ると。


 そこまで弱弱しく、なんとか言葉を続けるアカイ。

 彼は大きくふらつき、膝をつく。


 そして


「……ああ、もう限界です。最後にもう1つだけ教えてあげます……次の国を支配している四天王の名前は……荘田洋司しょうだようじ。有名ですよね……その代わり」


 ぐらり、と揺らぐアカイの身体。

 横倒しになりながら


「私の部下たちに帰国の猶予と……帰国命令を……」


 そう言い残し。


 次の瞬間、アカイの身体を覆っていた深紅の魔鎧が全て外れ、空中に出現した魔法陣に吸い込まれ、消えてしまった。


 今、アカイは死んだんだ。

 だから魔鎧との契約が解除され、魔鎧は帰還かえってしまったんだ。


 元々死刑囚だったらしいから、当然の結果なのかもしれないけど。


 ……この人、もっと別の人生があったはずだよね。

 そこを思い、何とも言えない気持ちになる。


 そして私は……


 キリサキさんに視線を向けた。


 キリサキさんは無言だった。

 今の言葉の説明をして欲しかったけど……



 とても訊ける雰囲気じゃ無かった。

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