第50話 嘘吐き勇者
「嘘吐きはあなたでしょう! 少なくともこの戦場は全部吹き飛び、客席の一部も巻き込まれ、ひょっとするとその全部に破片が飛んで被害が出ますよ!」
アカイは嘘吐き呼ばわりされて、必死で反論してきた。
手榴弾をここで爆発させたら、何が起きるか。
だけどそんなアカイの言葉を受けてもキリサキさんの態度は変わらない。
「俺の仲間にそんな出鱈目を吹き込んで揺さぶろうとしても無駄だ。……その鎧でも呼吸する隙間はあるはず。ガスなら防げないよな」
キリサキさんはあくまで手榴弾は催涙手榴弾だと言い張る。
しかも、内容だけ見たら筋が通っているように思える非常に厄介な嘘だ。
……私はキリサキさんに自分の使える魔法について一通り説明したとき、この手榴弾の他に、スタングレネードを。
そしてその「催涙手榴弾」ってやつも見せてもらった。
形が全然違うから。
もっと細長いんだ。見せてもらった催涙手榴弾ってやつは。
だから嘘もいいとこ。
知識があれば誰も騙せない。
でも、ここにいる人で、知識があるのは私とキリサキさんと、アカイだけだからなぁ。
会場の人間は混乱していた。
尊敬するアカイ様の言うことだから信じたいんだろうけど。
アカイ様の言うことを信じると、自分たちは絶体絶命の危機に立たされていることを認めることになるわけで。
それを認めるのはあまりに恐ろしい。逃げ出したい。
そこにこのキリサキさんの嘘。
この嘘が本当なら、自分たちは安全だから
……ついつい、尊敬するアカイ様よりも、この正義面をした勇者野郎を信じちゃう。
……なんというか。
卑しい気がした。
悲しいけど。
騒然とする戦いの場。
見守っている人間は、そこから目が離せなかった。
「食らうがいい。避けられるものなら避けてみせるんだな」
キリサキさんはそんな言葉を発しながら。
勇者の剣を持ったまま、器用にその安全ピンというやつを抜いてしまう。
……これで数秒後に起爆するんだよね?
怖かった。
普通に行くと、すぐに逃げないと私の命も危ない。
だけどそれをすれば、おそらくキリサキさんの考えていることの邪魔になる。
だからここは……
耐えて、見届ける!
これから何が起きるのかを。
キリサキさんは手榴弾を投げた。
アカイに向かって。
「ふざけるなああああああ!!」
それを受けるアカイの叫び声が心に響いた。
信じられないという思いと、困惑の色。
本気でキリサキさんの意図が不明なんだろう。
だけどちょっと遅れたけど、本当に催涙手榴弾だった場合に備えたのか
大きく横方向に飛び込むように飛んだ。
拡大された身体能力。
数メートル跳躍し、転がりながら身を起こす。
そこで彼は見た。
そして気づいた。
キリサキさんの投げた手榴弾の爆発が無いことと。
前回り受け身をとった自分に、キリサキさんが突っ込んで来ていること。
そのキリサキさんが、大上段で勇者の剣を構えていることに。
キリサキさんの投げた手榴弾は、アカイが回避行動をとった直後に消滅した。
多分自分で消したんだ。キリサキさんが呼び出す道具は、呼び出すときは常に自分に接触する形で召喚されるけど。
消すときは自由にできるからね。
キリサキさんは本物の手榴弾の爆殺攻撃を、フェイントに使った。
私たちに事前に打ち合わせなんて全くしないで。
それは私たちに対する信頼があるってことなんだろうか?
もしそうなのであれば、私は少し嬉しいかもしれなかった。
追撃を受けているアカイ。
彼はその斬撃を雷の槍で受けようとするけど。
姿勢が不味かった。
勇者の剣と魔導器による攻撃は、その性質上受け止めることが出来ない。
受け流すことはできるけど。
何故って、双方重さ数千トンから数万トンに達する武具による一撃だから。
人間の力でどうにかできるわけがない。
アカイはそんな武具による大上段の一撃を、槍の柄で咄嗟に受け止めようとしたんだ。
途中でそれの不味さに気づいたのか、身を捩るけど
結果は……雷の槍を叩き落され、加えて勇者の剣の斬撃で魔鎧ごと上半身をざっくり斬られた。
そういうものだった。
「……嘘は何重にも吐いておき、説得力のある真実の味も混ぜておく……やはりあなたは嘘吐きですね」
ドクドクと出血しながら、ゆらりとアカイが立ち上がる。
魔鎧の上からでも分かる。
即死はしていないけど、これはきっと致命傷なんだ、って。
そしてアカイは認めた。
自分の敗北を。
「あなたの勝ちですよ……勇者の霧崎啓司さん」
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