第48話 初級を侮るなかれ

 このライファーという魔軍騎士。

 真言魔法は初級魔法しか使えないみたい。

 暗黒魔法も使えるかもしれないけど、そこは良く分からない。


 けど


 前も言ったけど、初級魔法だけしか使えないから楽ってわけじゃないんだ。


「闇よ!」


 ライファーが杖で指した空間が球形の闇に包まれる。

 直径5メートルくらいの闇の空間だ。


 当たり前だけど。

 初級魔法は真言の詠唱時間が短いんだよね。


 なので連発が利くんだよ。



 闇の空間は私には見通せない。


 けれどもライファーたち魔族は額の目で魂を視認できるので、闇の中でも大まかな私の位置は感じ取れる。

 そしてヘルハウンドたちは、そもそも最初から暗視能力を持っている。


 ……闇の魔法、彼らにはデメリットがほぼ無いんだ。


 中級位階に一応、暗視の魔法があるけど。

 中級だから真言の詠唱時間が初級より長い。


 ……唱える隙を与えてもらえない。


 結構辛い。


「小娘! 蠅みたいにブンブン飛んでるだけか!?」


「得意の魔法はどうした!?」


「諦めて降参しろ! 許してもらえるかもだぞ!?」


 観客のヤジに嫌な気分になる私。

 

 そんな嫌な気分を振り払うため、私は目の前の敵を賞賛することにした。


 この人、初級魔法の達人って言い方、ちょっと変かもだけど。

 それが一番しっくりくるタイプの人だと思う。


 初級魔法は習得が容易で、詠唱時間が短いから使いやすい。

 そこを浮き彫りにする使い方を分かってる。


 すごい人だ。

 魔族に人って言い方するべきかどうか迷うけど。


「火炎の矢よ!」


 彼の掛け声に反応し、その掲げた魔法の杖の先端から、大量に生み出される燃え盛る炎の矢。


 魔族は人間より魔力の量が多い傾向にあるのだけど。

 彼の場合は特に多いみたい。


 私が火炎の矢の魔法を使った場合の、倍近くの炎の矢が出現している。


 ……敵の視界を暗闇の魔法で奪い、その後自身の優れた魔力量に裏打ちされた火炎の矢の魔法で、一気に大量の炎の矢を撃ち出して攻めてくる。

 隙が無いよ。


 チョイスも良いよね。

 火炎の矢なら、ヘルハウンドに誤射してもダメージ無いから気軽に撃てる。


 ホント、素晴らしいと思う。


 けど


 それならそれで、やりようはあるかな。


 私は火炎の矢を避け終えた後、すかさず真言の詠唱に入った。


 自身の攻撃を避けられたと察知したライファーはそれを見逃さず


「タロウザ! ジロウザ! ファイアブレス!」


 2頭の飼い犬に攻撃を命じた。


 私の方はそれを受け、効果持続中の飛翔の魔法でライファーに接近する。

 その手に持った魔術士の杖を振り上げながら。


 私が殴り掛かってくるのかと思ったのか、彼の視線が私の杖に集中する。


 私の後ろからヘルハウンド2頭。

 きっとその口腔内には、火炎の吐息が溢れ返っているはずだ。


 もう、あと数舜もすれば吐き出される。

 私に向けて。


 そうなれば私は火達磨。

 深刻なダメージを負う。


 そうなったなら。


 しかしそのとき、私がさっき仕込んでおいた魔法が炸裂したんだ。


「ファイアブレス待て!」


 ライファーの声。

 聞いたライファーの目が驚愕に見開かれた。


 ……自分が発したわけでもないのに、自分が発した言葉が響けば当然だよね。


 実はさっき、真言魔法の初級位階の魔法「偽りの音」を仕込んでおいたんだ。

 偽りの音は、任意の音を響かせる魔法。

 この状況では、とても有用な使い方が出来る。こんな風に。


 ちょうど良いタイミングで、ライファーの命令する声が再生されるようにセットして。

 私は彼に接近した。


 前とは逆に、ヘルハウンドのブレスの射線に、彼が含まれないように注意して。


 彼の目が、私の杖から外れ、ヘルハウンドたちの方に向く。

 本当に攻撃中止をしてしまったかが不安になり、思わず見てしまったのか。


 ……その瞬間を待っていたんだ。


 私は杖を振り下ろした。

 神聖魔法の初級位階「神の槌」を使いながら。


 神の槌は、半径7メートル圏内にいる任意の相手の頭上に神の鉄槌を出現させ、殴りつける魔法。

 鎧を着ている彼にとってみれば、一番効くのはこの魔法だろう。


 彼は思わず余所見をしてしまい、その隙に神の鉄槌の一撃を脳天に食らった。

 そのまま、倒れ伏す。


 ……これで彼が死んだかどうかは分からない。

 けれど、これは言えると思う。


 この戦い、私の勝ちだ。

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