第36話 変則的密告社会

 キリサキさんが走っていく。

 追わなきゃ。


 ……でも、追いつけるかな?

 少し迷って、真言魔法の高速飛行魔法「飛翔」の魔法を使おうかと思ったんだけど。


 その前にクロリスがギョッとした顔をして一心不乱に駆け出した。

 何事、と私は一瞬思ったんだけど。


 地面に転がっている、緑色の円筒形の道具を目撃し、即座に自力で走ることを決断。

 耳を塞ぎながら


 ……あれ、スタングレネードじゃねええかあああ!


 いつぞやの、クロリスとの戦いのときに、キリサキさんが使ったという道具。

 屋内の敵の目と耳を潰して、無力化させるための道具らしいんですけど。


 あのときのクロリスの様子を知ってるから、目にした瞬間に即断即決する他なくなりました。


 一瞬後、背後で物凄い音と、直接見てはいないけど、光を感じて。


 あれをまともに浴びていたらどうなっていたんだと思いつつ、必死で走る。

 これは流石に後で文句を言わないと!


 ……あ、でも。


 スタングレネードを投げるぞなんて、言ったら相手に伝わる可能性あるし。

 多分相手も分かるだろうから言えなかったのかもしれないな……。


 けど、これは酷過ぎるよ!




「無警告でスタングレネード投げるのは酷過ぎます!」


 散々走って、人気の無い長屋の陰に避難して。

 ぜーぜー言いながら、私は小さい声で抗議した。


「流石にケイジ様、あれは仲間に対する行為では無いのではありませんか?」


 クロリスも便乗。

 彼女の場合は身をもってスタグレの威力を浴びているから、言いたいことはあるだろうさ。


 するとキリサキさんは


「屋外のスタングレネードは、屋内使用よりは威力が落ちて効果的ではないから大丈夫だ」


 あ、そうなんだ。

 面白いですね。


 って。


 いやいやいやいや!


「そういう問題じゃなくありませんか!?」


 知らない知識を話されて、一瞬誤魔化されそうになったけど。

 私には通じない!


 私がそうやって抗議を続けたら


「娘さん、勇者様を許してあげて欲しい」


 ……処刑現場から救い出した家族のお父さんが、私の剣幕を見かねたのか。

 本当に申し訳なさそうにそう言ってきて


「きっと私たち家族を救うために、あんたたちを信じてやったことなんだ」


 そんなことを言われて。

 ……そんな言い方されたら黙るしかないじゃない。




 落ち着いた後、街外れ。


 元々夜鷹がたむろしていた橋の下まで逃げてきて。

 そこで色々話をしてもらった。

 救い出した家族……ヤマナさん家のお父さんに。


「アスラ武闘国が滅ぼされたとき、まず最初に行われたのは武王陛下その他武族の処刑でした」


 そのときの話は、とても悔しそうだった。

 お父さんは続ける


「ですが、次に粛清したのはヘルブレイズ魔国に従わない人間では無かったんです」


 数も思ったよりも少なくて。

 30人くらいで。


 処刑人の魔族が読み上げた口上は


「彼らは犯罪の常習者である。もしくは、我々が独自に調べ探り当てた多重債務者である」


 そして何故彼らが殺されなければならないのかを滔々と語ったらしい。

 彼らは社会を腐らせる元凶である。新しいアスラにこのような人間は不要である。


 よって粛清する。


 ……酷い話かもしれないが、誰も声をあげなかった。

 内心、皆が迷惑な人間だと思っていたから。


 そして全員の公開処刑を終えた後。

 処刑人はこう言ったらしい


「今日、粛清した人間の同類……人を人とも思わない、社会に寄生するだけのどうしようもないクズ……を見つけた者は、今後は総督府に報告すれば多少の賞金を出す」


 そこまで聞いて、キリサキさんは


「総督府に反抗的な人間ではなく、社会不適合者を密告させるというのが実に嫌らしいな」


 そう小さく呟いた。

 反抗的な人間の粛清を直接すると、総督府に反感が溜まっていくが、社会不適合者の粛清だと、総督府も社会のノイズが減って嬉しいし、かつ遠回しに「総督府に逆らったら殺す」ということも不文律で刷り込める。

 あと、自分たちにも益があるし、社会貢献をした錯覚で承認欲求が満たされる。

 考えた奴の性格の悪さとずる賢さが浮き彫りになってるよ。


 言ってる顔は淡々としていたけど。

 なんだかキリサキさんは


 やっぱり少しだけ、何故か辛そうだった。

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